楪を重ねるが如く 05
政宗様が御手製の夕餉が膳に並ぶ。
俺は神妙な面持ちにて舌鼓を打った。
下手な賛辞は地雷を踏みそうで、一挙手毎に気が抜けない。
そして、少量だが酒を用意して添えさせた。
食事には特に厳しく注文を入れる御方だ。
美酒と美食を好み、自らが調理までをこなしてしまう。
それ故に、接待す側も細部まで気を使うのだ。
淡々と箸を勧める二人に挟まれた人。
嗜む程度に、チビチビと酒と格闘していた渦中の佳人。
雛姫は非常に酒に弱いため、矢張り早々と出来上がってしまった。
揺れる頭部に手元、頬染めニコニコと微笑む。
何やら上機嫌と身体まで傾がせ、頻りに「ヨカッタ~」を口に出す。
慌てて成実は、雛姫の手から杯を取り膳上へと乗せた。
随分と酔いが廻ってしまった様子に呆れ、上座の当主を仰いだ。
無言の視線を受けて政宗様の口角は上がる。
「もう酔払ってオネンネかよ、雛姫?」
「スミマセン、眠くて眠くてスミマセン」
「お酒に弱いんだから、止めとけば良いのに……」
「……ったく、大人しくソコで寝てろ」
座布団に沈んだ酔っぱらい。
その姿眺め、政宗様は失笑を浮かべた。
三度見る酒の弱さに笑い、俺も頷き眺める。
了承と当主の言葉一つで安堵したのか、彼女は即寝入っていた。
眠ってしまった雛姫へ、当然とばかかりに着ていた羽織を掛ける政宗様。
自慢げにひけらかされた所作、仲睦まじい御姿に成実が抱いた感想は純美であった。
何気ない二人、飾り気が無い自然な好一対の美しさだと。
政宗様が見せた慈しむ眼差しと、彼女を気遣う様には裏など無い。
片時も離さず雛姫を側に望むのだと、今し方、政景様から伝え聞いた所でもあった。
目尻を下げ心から賛辞と口端を上げて安堵した。
「……御二方、大変仲が宜しくて心弛みました」
御姿を拝して心和ませた賞賛である。
雛姫の無防備な姿を愛で眺めていた政宗様が、突と俺へと振り返りて呟く。
「なぁ……成実、今から来宅目的をキッチリと果すから聞いてくれ」
「改まって今更何を言い出されるのです?」
何事かと対面状に座る俺は声を上げた。
御膳を両手で脇へと退け、政宗様が唐突に口を開く。
事を改め、姿勢を正す御姿に続く衣擦れ。
微かな所作で灯台の明りが揺れ影を波打たせた。
訝しげに思い構え待つ、揺れ波打つ陰影が二人の面を照らす。
鼓膜が拾ったのは、政宗様が独白とも取れる呟き。
「他愛の無い意地を張った、俺が悪かった……申し訳ない」
「……あーって、ナニが何だか判りません」
過分と思い、成実は話変えようとした。
けれども、背が斜めに傾く先は間違いなく此方に向っているのだ。
目を見張る目を疑うは、伊達家当主が一家臣へ頭下げる異例。
その異常さに目を見張り呆然として只々、言葉無くて惑う口だった。
我が目を疑う光景に驚愕と声荒げ、驚き露とやっと俺は叫んだ。
「お、御止め下さい政宗様!!」
「人が真面目に謝罪するのを何故止める……」
幼き頃から側に付き深きを理解する存在。
今や刀を振る姿を拝しただけで、認めた筆の運びを見ただけで……。
俺は彼の内面を、心情を知り悟ってしまう。
ふと、心の奥深くにて共感してしまった。
違和感とも云える背景に確信を抱き。
俺は乾いた笑いを浮べる。
「其れでは、片倉殿の御言葉そのままかと……?」
狼狽を見事に貌に浮かべた政宗様。
矢張りそうか、二重に御手を煩わせてしまったのか。
我が屋敷へ差し向ける切欠を作り、差向けたは片倉殿に違いない。
流石は深きを担う智将だと、微苦笑を浮かべ喉笛を震わせ独りごちった。
当主が謝罪する椿事の姿など全くの異例。
屋敷へ訪れ下さるだけで十分であった、咎を正す殊勝な志は過分であり。
片倉殿にも随分と心配って頂いたのだと、今更に立場を思い知る。
「常日頃から抱くべき志が私には足らないと、今改めて悟り知りました」
「へぇ、珍しく成実が俺に謎をかけるか?」
「嫌味の賞賛ならば嬉しく有りません、けれども……」
政宗様が示されたのだ。
照れながらも謝罪と頭を下げ、慢心たる驕り無い心を。
汲取って感涙と項垂れた、申し訳なくと政宗様へと項垂れた体。
自らを軽蔑し自嘲のため身震わし深々と。
眦に流れ落ちそうな雫を溜め、心新たと叩頭していた。
「けれども有難く、御言葉と心を過分と頂戴いたしました」
此処に居るのは当主であって知音の人。
近くて遠い血、計ろうとも数え切れない距離。
貴方は手を伸ばしても、決して届かない御存在だ。
どれ程足掻いても、心から求めても掴む事が出来ない。
岸から見上げる頂の様に遥か遠く、高くて掴めない高みの人。
緩やかに面を上げ、言葉と表情繕うに躊躇した。
久々に眉寄せた困り顔で、成実は伊達家当主を眺めて時を止めたのだった。
* *
俺の側でボテッと丸まり、寝入る姿を評してみた。
座布団を枕にして安穏と眠る風体に、疑問と沸き立つのは悩み事が無いのかと……。
拍車を掛ける幼稚な姿に所作である。
嗚呼、眺め呟いたのは彼女の色気の無さ。
「子狸が丸まって寝てる……」
「た、狸はないでしょー狸はさぁ……。
せめて猫にしておいてよ、狐には程遠いでしょうから」
「なんだ、我が新妻を女狐と揶揄し言いたいのか?
意外に口さがないのは成実の方だったのか、此れは政景に告げ口でも……」
慌てて声を荒げた成実の動きに反応し、寝入った雛姫の目蓋が痙攣を興す。
可哀相な事を言ってるのは成実だろう、掛けた羽織を引っ張り上げ雛姫の顔を隠す。
血族とは言え、他所の男に可愛らしい寝顔を曝す心算はない。
「寝た子狸が起きるだろう、大声出さずとも十分聞こえる」
同年代の女と比べて小柄であろう。
抱き心地も今一つと肉感的に物足りないが、自分好みに育てれば良いだけの事。
女狐には程遠く媚など見当たりしい。
譬えるならば狸、小賢しい策と機転の才が目を引く。
寝た子を眺めて突と思い出す。
邪魔者居ない折角の機会と乗じ、問いたい事。
如何しても真意を知りたいと、俺は徐に視線を成実へ這わせる。
抱いた蟠りは根雪の如く解けずに残っていた。
「一つ聞きたかった事があったんだ、成実」
「……何です?」
配膳され向かう席上。
手酌で煽る杯を止め、成実が俺を見つめた。
それを業と待って口を開く。
然りと見据えた眼孔と顔色、俺は逃すまいと凝らし。
「なぜ、お前は雛姫を抱かなかった」
「…っぇ?!」
瞳を見開き絶句していた。
一瞬にして消えた感情、俺は追って問いただす。
聞きたかった、確かめたかったのだ。
何故だと問いただし、訳を確認したかった。
仲睦まじく寄り添う姿は、城内で鴛鴦と評された二人である。
一族家中が認めて賞賛する程。
時間も機会も十分、親公認と二つの屋敷を行き来していた。
雛姫は成実に抱かれていて当然と、そう思っていた。
嬉しいハズの誤算は、濃厚な疑問と蟠りが生じた陰り。
「仲睦まじいお前と雛姫の姿を見知っていた。故に未だ疑問に……」
言い難いのか躊躇して唸る。
苦味潰しの様相にて、赤銅の頭髪を揺らす成実。
黙って姿を見据えれば逸らされる視線。
俺は逃がすツモリは無く、サッサと捉え追跡の言葉で迫る。
静寂と黙秘を咎め、深淵へ追い詰める尋問を続けた。
「来春には婚儀を挙げる予定と聞かされた。
故に俺は焦って無理矢理に雛姫を奪った。何故だ、答えろ」
「それは……とても、雛姫が大切だったから…の、一言かな」
空回る成実の感情が見て取れた。
纏まらない心情と視線の果てが虚空を凪ぐ。
一瞬首竦め、独白の意と哀色を捨てた姿を眺めた。
見据えた成実の瞳は穏やかと澄んでいた。
諭すような眼差し、透明と零れた情景。
俺を咎めるでもない姿は静かに、穏やかな面持ちにて意を語った。
「病で先妻は一年とせず亡くなったでしょ、俺の……。
雛姫ってね食が細いし神経も細いし、身体が心配ってかさぁー」
「お前、お前は大馬鹿だな!」
間を入れずに俺は怒鳴っていた。
親心を抱いて眺めていたのか、随分と間抜なヤツだ。
縁側で日光浴しながら、今から茶でも飲み合う心境であったか。
「従兄妹だろうが其の前に御前も男だろ……。
保護者気取りで雛姫を眺めて満足してるから、俺から寝取られるんだよ!!」
「ぃ、いきなり怒鳴らないで下さいよ。
婚約者略奪ってか寝取っておいて、俺に不甲斐無い男って説教ですか?
言ってる事自体が矛盾してるし、全てに於いて理不尽な立場じゃないですか……」
お人よしにも程がある。
此れほどの美人と親密に過ごし、欲情を抱かぬ筈無い。
東国一の美貌と称され、持て囃された容貌を持つ雛姫だ。
祝言まで我慢せず、早々に手を付けても親とて咎めはしなかったろう。
其れを何だ、親心構えて我慢し堪えていたなど……。
本当に馬鹿正直の大馬鹿者だ、呆れくらいの阿呆だと思うぞ。
成実、オマエは全くと誉められないお人よしだ。
「御前の理性に感謝すべきか、非常に悩むな……」
現に俺は我慢など出来なかったぞ。
何せ欲望を堪えるには限度ってモノがある。
俺は常に飢えを抱え、欲望を探し求める性質なんだよ。
「俺の従兄妹殿は揃いも揃って大馬鹿だな」
「……馬鹿って言う人が“馬鹿”なんですよ」
怒り立つ俺を物珍しげに見上げる成実。
微苦笑を浮かべ、面前の酒を杯へと移して俺に向けた。
嗚呼、神経を逆撫でする言葉が憎らしい。
若くして人生悟った感が殊更な温顔を構え。
「あーと、保護者欲って言うか親心の延長です。
風邪引かないように、雛姫を布団に寝かせてあげたら……」
「黙れ!気が利かぬのはお前だ、早く手配しろ」
「あーはぃはぃ、直ぐ用意を致します」
席上から立ち上がる成実の姿を眉間に皺寄せて見つめる。
幼き頃からコイツ、時宗丸は酷く物分りの良いヤツだった。
誰よりも臣下の情と心が強く、時として豪胆に俺へと進言し振る舞う。
それでいて、嫉妬に恨みを無理に忘れた様な言動。
直ぐ側で眠る従妹も同じ気質と言える。
類似点、二人に重なる事柄に政宗は疑問を抱く。
何故お前達は無欲なのだ?
俺と一門に殉じるため、なぜ安易と己が欲を容易く手放す。
何を欲して此処に、今に執着して生きているのだ。
言い表せぬ不安を今さらに抱いた。




