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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
集章
37/51

楪を重ねるが如く 05

 政宗様が御手製の夕餉が膳に並ぶ。

俺は神妙な面持ちにて舌鼓を打った。

下手な賛辞は地雷を踏みそうで、一挙手毎に気が抜けない。

そして、少量だが酒を用意して添えさせた。

 食事には特に厳しく注文を入れる御方だ。 

美酒と美食を好み、自らが調理までをこなしてしまう。

それ故に、接待す側も細部まで気を使うのだ。

 淡々と箸を勧める二人に挟まれた人。

嗜む程度に、チビチビと酒と格闘していた渦中の佳人。

雛姫は非常に酒に弱いため、矢張り早々と出来上がってしまった。

揺れる頭部に手元、頬染めニコニコと微笑む。

何やら上機嫌と身体まで傾がせ、頻りに「ヨカッタ~」を口に出す。

 慌てて成実は、雛姫の手から杯を取り膳上へと乗せた。

随分と酔いが廻ってしまった様子に呆れ、上座の当主を仰いだ。

無言の視線を受けて政宗様の口角は上がる。


「もう酔払ってオネンネかよ、雛姫?」


「スミマセン、眠くて眠くてスミマセン」


「お酒に弱いんだから、止めとけば良いのに……」


「……ったく、大人しくソコで寝てろ」


 座布団に沈んだ酔っぱらい。

その姿眺め、政宗様は失笑を浮かべた。

三度見る酒の弱さに笑い、俺も頷き眺める。

了承と当主の言葉一つで安堵したのか、彼女は即寝入っていた。

眠ってしまった雛姫へ、当然とばかかりに着ていた羽織を掛ける政宗様。

自慢げにひけらかされた所作、仲睦まじい御姿に成実が抱いた感想は純美であった。

何気ない二人、飾り気が無い自然な好一対の美しさだと。

政宗様が見せた慈しむ眼差しと、彼女を気遣う様には裏など無い。

片時も離さず雛姫を側に望むのだと、今し方、政景様から伝え聞いた所でもあった。

目尻を下げ心から賛辞と口端を上げて安堵した。


「……御二方、大変仲が宜しくて心弛みました」


 御姿を拝して心和ませた賞賛である。

雛姫の無防備な姿を愛で眺めていた政宗様が、突と俺へと振り返りて呟く。


「なぁ……成実、今から来宅目的をキッチリと果すから聞いてくれ」


「改まって今更何を言い出されるのです?」


 何事かと対面状に座る俺は声を上げた。

御膳を両手で脇へと退け、政宗様が唐突に口を開く。

事を改め、姿勢を正す御姿に続く衣擦れ。

微かな所作で灯台の明りが揺れ影を波打たせた。

訝しげに思い構え待つ、揺れ波打つ陰影が二人の面を照らす。

鼓膜が拾ったのは、政宗様が独白とも取れる呟き。


「他愛の無い意地を張った、俺が悪かった……申し訳ない」


「……あーって、ナニが何だか判りません」


 過分と思い、成実は話変えようとした。

けれども、背が斜めに傾く先は間違いなく此方に向っているのだ。

目を見張る目を疑うは、伊達家当主が一家臣へ頭下げる異例。

その異常さに目を見張り呆然として只々、言葉無くて惑う口だった。

我が目を疑う光景に驚愕と声荒げ、驚き露とやっと俺は叫んだ。


「お、御止め下さい政宗様!!」


「人が真面目に謝罪するのを何故止める……」


 幼き頃から側に付き深きを理解する存在。

今や刀を振る姿を拝しただけで、認めた筆の運びを見ただけで……。

俺は彼の内面を、心情を知り悟ってしまう。

ふと、心の奥深くにて共感してしまった。

違和感とも云える背景に確信を抱き。

俺は乾いた笑いを浮べる。


「其れでは、片倉殿の御言葉そのままかと……?」


 狼狽を見事に貌に浮かべた政宗様。

矢張りそうか、二重に御手を煩わせてしまったのか。

我が屋敷へ差し向ける切欠を作り、差向けたは片倉殿に違いない。

流石は深きを担う智将だと、微苦笑を浮かべ喉笛を震わせ独りごちった。

 当主が謝罪する椿事の姿など全くの異例。

屋敷へ訪れ下さるだけで十分であった、咎を正す殊勝な志は過分であり。

片倉殿にも随分と心配って頂いたのだと、今更に立場を思い知る。


「常日頃から抱くべき志が私には足らないと、今改めて悟り知りました」


「へぇ、珍しく成実が俺に謎をかけるか?」


「嫌味の賞賛ならば嬉しく有りません、けれども……」


 政宗様が示されたのだ。

照れながらも謝罪と頭を下げ、慢心たる驕り無い心を。

汲取って感涙と項垂れた、申し訳なくと政宗様へと項垂れた体。

自らを軽蔑し自嘲のため身震わし深々と。

眦に流れ落ちそうな雫を溜め、心新たと叩頭していた。


「けれども有難く、御言葉と心を過分と頂戴いたしました」


 此処に居るのは当主であって知音の人。

近くて遠い血、計ろうとも数え切れない距離。

貴方は手を伸ばしても、決して届かない御存在だ。

どれ程足掻いても、心から求めても掴む事が出来ない。

岸から見上げる頂の様に遥か遠く、高くて掴めない高みの人。

 緩やかに面を上げ、言葉と表情繕うに躊躇した。

久々に眉寄せた困り顔で、成実は伊達家当主を眺めて時を止めたのだった。


 * *


 俺の側でボテッと丸まり、寝入る姿を評してみた。

座布団を枕にして安穏と眠る風体に、疑問と沸き立つのは悩み事が無いのかと……。

拍車を掛ける幼稚な姿に所作である。

嗚呼、眺め呟いたのは彼女の色気の無さ。


「子狸が丸まって寝てる……」


「た、狸はないでしょー狸はさぁ……。

 せめて猫にしておいてよ、狐には程遠いでしょうから」


「なんだ、我が新妻を女狐と揶揄し言いたいのか?

 意外に口さがないのは成実の方だったのか、此れは政景に告げ口でも……」


 慌てて声を荒げた成実の動きに反応し、寝入った雛姫の目蓋が痙攣を興す。

可哀相な事を言ってるのは成実だろう、掛けた羽織を引っ張り上げ雛姫の顔を隠す。

血族とは言え、他所の男に可愛らしい寝顔を曝す心算はない。


「寝た子狸が起きるだろう、大声出さずとも十分聞こえる」


 同年代の女と比べて小柄であろう。

抱き心地も今一つと肉感的に物足りないが、自分好みに育てれば良いだけの事。

女狐には程遠く媚など見当たりしい。

譬えるならば狸、小賢しい策と機転の才が目を引く。

 寝た子を眺めて突と思い出す。

邪魔者居ない折角の機会と乗じ、問いたい事。

如何しても真意を知りたいと、俺は徐に視線を成実へ這わせる。

抱いた蟠りは根雪の如く解けずに残っていた。


「一つ聞きたかった事があったんだ、成実」


「……何です?」


 配膳され向かう席上。

手酌で煽る杯を止め、成実が俺を見つめた。

それを業と待って口を開く。

然りと見据えた眼孔と顔色、俺は逃すまいと凝らし。


「なぜ、お前は雛姫を抱かなかった」


「…っぇ?!」


 瞳を見開き絶句していた。

一瞬にして消えた感情、俺は追って問いただす。

聞きたかった、確かめたかったのだ。

何故だと問いただし、訳を確認したかった。

仲睦まじく寄り添う姿は、城内で鴛鴦と評された二人である。

一族家中が認めて賞賛する程。

時間も機会も十分、親公認と二つの屋敷を行き来していた。

 雛姫は成実に抱かれていて当然と、そう思っていた。

嬉しいハズの誤算は、濃厚な疑問と蟠りが生じた陰り。


「仲睦まじいお前と雛姫の姿を見知っていた。故に未だ疑問に……」


 言い難いのか躊躇して唸る。

苦味潰しの様相にて、赤銅の頭髪を揺らす成実。

黙って姿を見据えれば逸らされる視線。

 俺は逃がすツモリは無く、サッサと捉え追跡の言葉で迫る。

静寂と黙秘を咎め、深淵へ追い詰める尋問を続けた。


「来春には婚儀を挙げる予定と聞かされた。

 故に俺は焦って無理矢理に雛姫を奪った。何故だ、答えろ」


「それは……とても、雛姫が大切だったから…の、一言かな」


 空回る成実の感情が見て取れた。

纏まらない心情と視線の果てが虚空を凪ぐ。

一瞬首竦め、独白の意と哀色を捨てた姿を眺めた。

 見据えた成実の瞳は穏やかと澄んでいた。

諭すような眼差し、透明と零れた情景。

俺を咎めるでもない姿は静かに、穏やかな面持ちにて意を語った。


「病で先妻は一年とせず亡くなったでしょ、俺の……。

 雛姫ってね食が細いし神経も細いし、身体が心配ってかさぁー」


「お前、お前は大馬鹿だな!」


 間を入れずに俺は怒鳴っていた。

親心を抱いて眺めていたのか、随分と間抜なヤツだ。

縁側で日光浴しながら、今から茶でも飲み合う心境であったか。


「従兄妹だろうが其の前に御前も男だろ……。

 保護者気取りで雛姫を眺めて満足してるから、俺から寝取られるんだよ!!」


「ぃ、いきなり怒鳴らないで下さいよ。 

 婚約者略奪ってか寝取っておいて、俺に不甲斐無い男って説教ですか?

 言ってる事自体が矛盾してるし、全てに於いて理不尽な立場じゃないですか……」


 お人よしにも程がある。

此れほどの美人と親密に過ごし、欲情を抱かぬ筈無い。

東国一の美貌と称され、持て囃された容貌を持つ雛姫だ。

祝言まで我慢せず、早々に手を付けても親とて咎めはしなかったろう。

其れを何だ、親心構えて我慢し堪えていたなど……。

本当に馬鹿正直の大馬鹿者だ、呆れくらいの阿呆だと思うぞ。

成実、オマエは全くと誉められないお人よしだ。


「御前の理性に感謝すべきか、非常に悩むな……」


 現に俺は我慢など出来なかったぞ。

何せ欲望を堪えるには限度ってモノがある。

俺は常に飢えを抱え、欲望を探し求める性質なんだよ。


「俺の従兄妹殿は揃いも揃って大馬鹿だな」


「……馬鹿って言う人が“馬鹿”なんですよ」


 怒り立つ俺を物珍しげに見上げる成実。

微苦笑を浮かべ、面前の酒を杯へと移して俺に向けた。

 嗚呼、神経を逆撫でする言葉が憎らしい。

若くして人生悟った感が殊更な温顔を構え。


「あーと、保護者欲って言うか親心の延長です。

 風邪引かないように、雛姫を布団に寝かせてあげたら……」


「黙れ!気が利かぬのはお前だ、早く手配しろ」


「あーはぃはぃ、直ぐ用意を致します」


 席上から立ち上がる成実の姿を眉間に皺寄せて見つめる。

幼き頃からコイツ、時宗丸は酷く物分りの良いヤツだった。

誰よりも臣下の情と心が強く、時として豪胆に俺へと進言し振る舞う。

それでいて、嫉妬に恨みを無理に忘れた様な言動。

直ぐ側で眠る従妹も同じ気質と言える。

類似点、二人に重なる事柄に政宗は疑問を抱く。

何故お前達は無欲なのだ?

俺と一門に殉じるため、なぜ安易と己が欲を容易く手放す。

何を欲して此処に、今に執着して生きているのだ。

言い表せぬ不安を今さらに抱いた。



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