楪を重ねるが如く 04
政宗様が突然の御来訪に、屋敷が俄かと騒ぎ出す。
なにも驚いたのは成実様御一人ではなく、偶然と居合わせた我が父上も同様だった。
知らせを受けて先ず現れたのは、舘主の主たる成実様。
酸っぱくて眉間に渋い皺を作ったお顔で、指先で米神を押さえての出迎えである。
蟄居騒ぎの発端であり、原因である御当主と私を至極丁寧に出迎えるため……。
「……せめて先触れ役を遣わしてくださいよ」
「成実を驚かすための突撃訪問だ、先触れなんぞ必要ないだろう?」
我が物顔で成実様の御屋敷へ上がり込む。
出迎えた主には早々と背を向け、奥の部屋を目指して歩き出す。
上がる静止の耳も貸さず勝手気ままな行動である。
迷いなく廊下を進みながら、背後を歩く成実様へ向けて断り一つ。
「ちょっと厨(台所)を借りるが、構わないだろう?」
「あーもう、どうぞ御自由にお使いください」
不敵な口調と表情は常日頃。
早々と諦め了承示す成実様、挨拶も省くのは従兄弟の気安さですか。
背後から拝見して二人の会話に肩を落とした。
仲直りにも順序や交わすべき言葉、親しき仲にも礼儀ありと申しますでしょうに……。
深い溜息一つ、気分的にも見事に取り残されてしまいました。
「いらっしゃい、雛姫」
「お、お邪魔いたします……」
政宗様の背を一緒に見送った成実様。
そんな私の心中を窺い悟ってか、優しい御心遣いを示してくれた。
御互いが幽かと戸惑い距離を図って微苦笑にて挨拶交わす。
先頃交わした庭先での願いと言葉綴り、別れた道を誤る事無く歩むため。
御互いに“主従は三世”だと、深く頷き確認しての微笑である。
穏やかな心構えが互いに沸き立つ。
所作と気配に馴染む気配、成実様の案内に続き私は屋敷の敷居を跨いだ。
* *
政宗様が采配にて山菜の調理開始と為った。
やっぱりっと言うか、案の定な想定内の事だが……。
厨(くりや・台所)は彼の人が叱咤に怒声が飛び交う戦場に化けた。
政宗様が騒ぎの主軸だが、当の本人は御気付きにならない。
荒っぽい単語で指図され命令されては、普通は怯えが先立って二の足踏みますよ。
戦々恐々とする侍女、台所番は右往左往と政宗様に手出しが出来ず可哀相でなりません。
「第一声が“厨を貸せ”って何ですソレ?
他人の家に上がって物を頼む言葉ですかね、まったく……!!」
「小さい事は気にするな、終わり良ければ全て良しって言うだろ」
二方は口滑らに手元までもが進んでいる。
饒舌な会話の応戦劇と鮮やかな手並みに目を見張る。
私とて資福寺での自給自足を体験したが、まぁ此の時代の常識から人並みの腕前だ。
立場と育ちが重なって、今では人への指図に采配は大分慣れたが。
しかし、政宗様に成実様は御誕生から“嫡男”として御育ちのはず。
野戦でのサバイバル要素も含まれるのか、貫禄に経験が蓄積されているでしょうか?
台所でも見事な采配振りと手順にて、下処理を終えて料理をなさっている。
心底関心し、私は溜息雑じりと呟いた。
「政宗様は、本当に手先が御器用ですね」
「まぁ、趣味の一つとしてある程度の料理は作れるぞ」
「もしかしなくとも、御菓子って作れます?」
「……嗚呼、もちろん作れる。
今度、食材にも拘って色々と作ってやろうか?」
私は唸ってしまった。
優れた技能と才覚、プラスして恵まれた御容姿。
更に本姓は藤原氏であり、高貴な血筋と奥州覇者の御身分ですよ。
「趣味の一貫で始めたが、意外に面白くてな」
「……趣味が高じて、料理まで本格的に」
「政宗様の趣味って……香道に能楽でしょ、あと御茶?
太鼓は趣味の域を超えてるし……うん、多趣味ってか多芸だよね」
政宗様の多趣味振りを指折り数えた成実様。
智勇を兼ね備えた将は、嫌味なほど博学で多才の御仁なのである。
「連歌に書道も含んでよろしいですよね、確か?」
伊達家は中世より学芸を嗜むことを家風としている。
一流の師を呼び付いて習うのは、文化人として一門の武士として必須の教養として。
御当主が嫡子と教育されたならば、幼少の頃より時代の一門が筆頭と真摯に、芸能や歌舞を嗜みと習得するのは常となっていた。
そして、御追従ではなく政宗様は天賦の才があるのだ。
事を裏付ける実績に実際が有る。
「平伏なさり“教え請いたい”と、申したらしいですね」
「人目を憚らずにね、太鼓の御師匠様がね……」
楽曲を全てを会得果したと聞きました。
師が政宗様へ請い願ったのは、真髄と心の域だったとか。
それ故に噂を呼び、謙遜なさって腕前を滅多に御披露ならぬ政宗様。
事情知らず悟れぬ輩は、所詮は御追従と陰口した者が大勢居たが……何処吹く風と聞き流していた。
全く、東北屈指の伊達家が文化水準を侮るなかれ、である。
台所にて天麩羅を揚げる伊達家当主の背中へ、私は心からの賛辞を贈った。
「もう、趣味や手習いの域を超えていますよ」
「雛姫の意見と感想に俺も賛成」
御趣味の惑を越えた見事な芸事の技。
そう、片倉様が笛に合わせ片手間に政宗様が見せた舞がある。
幽玄と舞われる華麗な御姿に、私も思わず感嘆の声を上げてしまった。
芸能優れた伊達一門、流石本姓が藤原氏と頷ける見事な姿。
因果な事に私へ篠笛の御教授下さるのは、名手として名高い片倉様である。
申し訳なく思い、必死に練習を重ねるのだが、現状は並み以下と行った所だ。
挫折感に才能の無さを痛感し、日々精進を重ねているツモリだが心苦しい現状に胸が痛む。
それ故に、私が政宗様へ抱く感情は尊敬込めた畏怖でもある。
近くて遠い存在、そう思えてならない。
政宗様は太鼓の名手でした。
現代風に言えば太鼓の達人だ(笑)
片倉様は笛の名手で、携えていた名笛“潮風”の存在に萌ます。
*通りすがり様 「意外」との誤字指摘有難うございます。




