表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
集章
36/51

楪を重ねるが如く 04

 政宗様が突然の御来訪に、屋敷が俄かと騒ぎ出す。

なにも驚いたのは成実様御一人ではなく、偶然と居合わせた我が父上も同様だった。

知らせを受けて先ず現れたのは、舘主の主たる成実様。

酸っぱくて眉間に渋い皺を作ったお顔で、指先で米神を押さえての出迎えである。

蟄居騒ぎの発端であり、原因である御当主と私を至極丁寧に出迎えるため……。


「……せめて先触れ役を遣わしてくださいよ」


「成実を驚かすための突撃訪問だ、先触れなんぞ必要ないだろう?」


 我が物顔で成実様の御屋敷へ上がり込む。

出迎えた主には早々と背を向け、奥の部屋を目指して歩き出す。

上がる静止の耳も貸さず勝手気ままな行動である。

迷いなく廊下を進みながら、背後を歩く成実様へ向けて断り一つ。


「ちょっと厨(台所)を借りるが、構わないだろう?」


「あーもう、どうぞ御自由にお使いください」


 不敵な口調と表情は常日頃。

早々と諦め了承示す成実様、挨拶も省くのは従兄弟の気安さですか。

背後から拝見して二人の会話に肩を落とした。

 仲直りにも順序や交わすべき言葉、親しき仲にも礼儀ありと申しますでしょうに……。

深い溜息一つ、気分的にも見事に取り残されてしまいました。


「いらっしゃい、雛姫」


「お、お邪魔いたします……」


 政宗様の背を一緒に見送った成実様。

そんな私の心中を窺い悟ってか、優しい御心遣いを示してくれた。

御互いが幽かと戸惑い距離を図って微苦笑にて挨拶交わす。

先頃交わした庭先での願いと言葉綴り、別れた道を誤る事無く歩むため。

御互いに“主従は三世”だと、深く頷き確認しての微笑である。

 穏やかな心構えが互いに沸き立つ。

所作と気配に馴染む気配、成実様の案内に続き私は屋敷の敷居を跨いだ。


 * *


 政宗様が采配にて山菜の調理開始と為った。

やっぱりっと言うか、案の定な想定内の事だが……。

厨(くりや・台所)は彼の人が叱咤に怒声が飛び交う戦場に化けた。

政宗様が騒ぎの主軸だが、当の本人は御気付きにならない。

荒っぽい単語で指図され命令されては、普通は怯えが先立って二の足踏みますよ。

戦々恐々とする侍女、台所番は右往左往と政宗様に手出しが出来ず可哀相でなりません。


「第一声が“厨を貸せ”って何ですソレ?

 他人の家に上がって物を頼む言葉ですかね、まったく……!!」


「小さい事は気にするな、終わり良ければ全て良しって言うだろ」


 二方は口滑らに手元までもが進んでいる。

饒舌な会話の応戦劇と鮮やかな手並みに目を見張る。

私とて資福寺での自給自足を体験したが、まぁ此の時代の常識から人並みの腕前だ。

立場と育ちが重なって、今では人への指図に采配は大分慣れたが。

しかし、政宗様に成実様は御誕生から“嫡男”として御育ちのはず。

野戦でのサバイバル要素も含まれるのか、貫禄に経験が蓄積されているでしょうか?

台所でも見事な采配振りと手順にて、下処理を終えて料理をなさっている。

心底関心し、私は溜息雑じりと呟いた。


「政宗様は、本当に手先が御器用ですね」


「まぁ、趣味の一つとしてある程度の料理は作れるぞ」


「もしかしなくとも、御菓子って作れます?」


「……嗚呼、もちろん作れる。

 今度、食材にも拘って色々と作ってやろうか?」


 私は唸ってしまった。

優れた技能と才覚、プラスして恵まれた御容姿。

更に本姓は藤原氏であり、高貴な血筋と奥州覇者の御身分ですよ。


「趣味の一貫で始めたが、意外に面白くてな」


「……趣味が高じて、料理まで本格的に」


「政宗様の趣味って……香道に能楽でしょ、あと御茶?

 太鼓は趣味の域を超えてるし……うん、多趣味ってか多芸だよね」


 政宗様の多趣味振りを指折り数えた成実様。

智勇を兼ね備えた将は、嫌味なほど博学で多才の御仁なのである。


「連歌に書道も含んでよろしいですよね、確か?」

 

 伊達家は中世より学芸を嗜むことを家風としている。

一流の師を呼び付いて習うのは、文化人として一門の武士として必須の教養として。

御当主が嫡子と教育されたならば、幼少の頃より時代の一門が筆頭と真摯に、芸能や歌舞を嗜みと習得するのは常となっていた。

そして、御追従ではなく政宗様は天賦の才があるのだ。

事を裏付ける実績に実際が有る。


「平伏なさり“教え請いたい”と、申したらしいですね」


「人目を憚らずにね、太鼓の御師匠様がね……」


 楽曲を全てを会得果したと聞きました。

師が政宗様へ請い願ったのは、真髄と心の域だったとか。

それ故に噂を呼び、謙遜なさって腕前を滅多に御披露ならぬ政宗様。

事情知らず悟れぬ輩は、所詮は御追従と陰口した者が大勢居たが……何処吹く風と聞き流していた。

全く、東北屈指の伊達家が文化水準を侮るなかれ、である。

台所にて天麩羅を揚げる伊達家当主の背中へ、私は心からの賛辞を贈った。


「もう、趣味や手習いの域を超えていますよ」


「雛姫の意見と感想に俺も賛成」


 御趣味の惑を越えた見事な芸事の技。

そう、片倉様が笛に合わせ片手間に政宗様が見せた舞がある。

幽玄と舞われる華麗な御姿に、私も思わず感嘆の声を上げてしまった。

芸能優れた伊達一門、流石本姓が藤原氏と頷ける見事な姿。

 因果な事に私へ篠笛の御教授下さるのは、名手として名高い片倉様である。

申し訳なく思い、必死に練習を重ねるのだが、現状は並み以下と行った所だ。

挫折感に才能の無さを痛感し、日々精進を重ねているツモリだが心苦しい現状に胸が痛む。

それ故に、私が政宗様へ抱く感情は尊敬込めた畏怖でもある。

近くて遠い存在、そう思えてならない。




 政宗様は太鼓の名手でした。

現代風に言えば太鼓の達人だ(笑)

片倉様は笛の名手で、携えていた名笛“潮風”の存在に萌ます。

 

*通りすがり様 「意外」との誤字指摘有難うございます。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ