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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
集章
35/51

楪を重ねるが如く 03

 柔らかな陽気に満たされる城内。

四月朔日を過ぎれば、米沢の地でも綿入れの衣は抜き脱いで仕舞われる。

綿を貫く季節は、新緑の葉が競って空へと伸ばす。春先ならば当然の光景だ。

山際から呼子鳥の声と芽吹く薫る風、共に訪れれば空を凪ぐ。

当主の執務室では、重なる書物が数枚と捲れあがった。


「政宗様、此方は最上殿と成実殿からの報告書です」


「後で目を通すから、其処へ積み置いてくれ」


 顔を上げれば、待ち構えた様に差し出される紙の束。

何時にもまして締まった気配に俺は眉を顰めた。

傍らに重なる書類へ視線を投げ意を告げるが、一時と小十郎は躊躇する。

春らしい色目の衣を纏っても、眉間の皺に視線は冷たく一層と深い。


「そう急かすな、限度ってモンがあるだろう。

 一寸は休憩を促す誘いあっても良い頃合だろうに……」


「ですが、あまり悠長に御構えしていては」


「嗚呼、はいはい……了解しましたよ 」


 文机へ片肘を突き、今し方受け取った書にザット目を通しながら俺は呟いた。

眠気誘う午後の陽気、休憩も入れず仕事を急かされる。

大して急ぐ必要性はない事柄、変わるわけでない政策に状勢。

承知しているが、追われる職務に苛立っては明け暮れる。

強張る筋肉と背は同じ姿勢を続けたがため。

ウンザリと一つ溜息を吐く。


「……で、成実の様子はどうだ、元気だったか?」


「帰還の挨拶は不要と、目通りすらも政宗様は御許しなさらない。

 成実様は意を汲み取られ、御自宅にて謹慎蟄居と数日前より登城を控えて居りますが……」


「きっ……謹慎蟄居って、どういった事だ?!

 成実が何故そうなる、可怪しいんじゃないのか……おい!!」 

 

「君主の御機嫌を損ねた当事者になるのですよ。

 自覚に見識有る御方なれば尚更、当然の配慮と納得で御座いましょう?」


 見開かれた隻眼の虹彩が驚愕の色を映していた。

主君へ求めた面会を退ければ当然の行い。

家臣ならば推して移す体裁であろう、何を改めて驚かれているのだ。

 目通りを許される、その様な勘気を被ったなれば当然の行為。

許し得るまでの謹慎、当主が蟄居を解く以外に覆す手立ては無い。


「今更と御気付き為られましたか、政宗様。

 成実殿は誰よりも、思慮深く聡明な御方で御座いましょう。

 主君の心情を窺い人一倍に御配慮なされ、優劣の分を内外へ示される」


「そっ、そんな心算で断った訳じゃない。 

 俺が奪ったのは疑いも無い事実、それ故に成実と顔を会わせ難いと断った。

 後ろめたいと、批難されるは俺だ……だからだ、他意はなかった」


 誰に非が有るのでも、双方に落ち度がある筈も無い。

軽率だったと我が主君は認められたのか?

沙汰に待遇を誤ったと、ようやく意図の裏側を御気付きになれたか。

 近しい血筋だからこそ一層と相手を気遣い、指し図り恐れて一歩下がる。

成実殿は一門二席に居られる故に、尚更と人一倍に聡く謙虚な心根を持つ。

立ち振る舞いに言動は伺うまでもなく、漂わせる気配に所作、表情に溢れている。

心情を深く察して、政宗様と同様に先見の目をお持ちなのだ。


「私は幼き日より傅役とし、御二方が御側に仕えて参りました」


「嗚呼、幼名で叱咤され声高に呼ばれる頃からな」


「ですから、尚更と申し上げたい。

 家臣と従兄弟の立場、境界線を図るならば早めの御決断を……」


 己が傅役は真っ直ぐな助言をくれた。

蟠りを見事に暴き繕う方法、心の陰りまで解いてくれた。


「臣下と示すならば、身の引き様を“潔し”と褒めて差上げなさいませ。

 従兄弟で幼馴染……と、今でも御思いならば……素直に、素直に御謝罪を下さい。

 “他愛の無い意地を張った”と、政宗様が自ら御出向きになり、謝罪をなさいませ」


 蟠りの心が解れる様な言葉の代弁であった。

恐縮と畳みに深く叩頭した、我が懐刀は“差し出がましい事を申し上げました”と詫びる。

蟠っていた胸内が澄み晴渡る思い。

己の動揺を悟り、道標に一歩を誘い示す手腕に脱帽する思い。


「なぁ……小十郎、ちょっとばかり我侭を聞いてくれ。

 休暇が欲しい、雛姫を連れて一泊二日で城下へ出かける手筈を整えたい……」


 助言は幼い過ちを諭された導。

己が微苦笑は、自らの非を認めたが故の足掻き。

安堵の様に溜息が傅役の口から漏れる。


「無論反対に異論は申し上げません、承知し致しましたよ。

 無茶な行動に騒ぎを控えられると御約束下さるのならば、決して御止めもしません。

 御二方、お気を付けて行ってらっしゃいませ」


「互い臍曲がり同士だからな?

 事の采配には、通訳と審判役を伴うってな手筈になるんだよ」


 今更ながら英邁な思考たる成実の心中をあぐねえた。

頭を下げるのは俺が道理だ、酷い仕打ちを重ねてたと詫びたい。

 一人よりも二人、ならば公平たる調停者が良いだろう。

成実から無理と引き離した雛姫の心情、それを今更に推し量っていた。

 重ねた想いを咎める筋に理は無いのかもしれない。

心は自由であり、縛る術に実は全く無意味なのだから。

近しい存在を認め、己が寛容と容認しなければならないのだと……。


 * *

 

 御当主を見事に、御諌め諭した片倉様の手腕など知らず、私達は新緑の山野に出向いていた。

行き先告げて御誘い下さった政宗様は、平常と変わらぬ風体。

誘い集った参加者に彼是と指図し、散らばらせて山菜取りに精を出す。

山際近い地形ならば、そう遠出せずとも条件が揃う。

日当たり良く、拓けた場所は丈の短い草花に新芽が生えている。

夢中で隠れる足元を探し、汗ばむ陽気に我を忘れて必死と。


「本当に随分な収穫量、此れで夕食は山菜尽くしで決まりですね」


「定番は天麩羅に胡麻和え、蕎麦に乗せても良いな……」


 一抱え程に腕に乗せた山菜の束、青臭い春の香り。

地に置いた三つの竹篭に納めたのは、皆が摘んだ本日の収穫品。

蕨にタラの芽などの新芽が束となって入っている。

十分な量に満足し一籠を手に持ち上げ含む笑い。


「さて雛姫殿、此れを手土産に成実の家で夕食とは如何かな?」


 傍らから政宗様が私を覗き込む。

その発案は成実様を落す策略、溝を埋める仲直りが目的か。

肩肘張って篭った心情の打破、窮屈な鎧を脱する手筈。

御互いが心底から欲していると暗に。


「突撃、隣の晩御飯って事でしょうか?

 当主が自ら出向く成実様のお屋敷編、此れは随分と思い切った……」


「いじらしいくヒッソリと蟄居し、何日も室内に閉じ籠って居るらしい。

 採り立ての春の味覚ならば、成実も食欲唆られ舌鼓を打ってくれると思って、だな……」


 歓喜と揶揄を含んだ言葉端。

驚きと嬉しさ、心指しが底から笑みとなり零れ出た。

 政宗様が策略を賞賛と褒めたが故の喜色。

面映いほど御当主は純粋、友と臣を兼ねる幼馴染を案じていらっしゃる。


「急な来訪に驚くこそすれ、当主の来訪を追い返しはしなだろう?」


「……積もる話も沢山と有りましょうな。

 なれば、酒の肴は多いに越した事は有りませんか?」


「少しは料理の支度位は手伝えよな。

 なにせ“働かざるもの食うべからず”が幼少時からの教えだろ」


 声を出して私は久方ぶりに笑った。

心軽く助長したは、政宗様の御心に優しさを感じて。

先程まで素振りに露略も気取らせぬ様、心中隠し山菜を取られて居たのか?

此れからの段取りを脳内にて組み立て一人悶悶と……。

何と不器用で可愛らしい御方なのだ。

傍らに立つ政宗様を見上げた。


「……参りましょう、喜んでお供致します」


 心朗らかと私は微笑み答えた。

訝しげな表情を露わとする御当主に、真っ直ぐな感情を向け。

幽かな動揺に羞恥を隠す憮然としたお姿は、御側に挙がって窺い知った合図。

内情を悟って心覚えた符牒だった。



 

 

 ウダウダ感が続いてますよね。

読むのも気怠いですよね、飽きてきますよね……。

後五話で本編、視点を変え四話×2二人分で完結させます。

日数を積めてサッサと手早く終わらせますから、もうしばらく茶番にお付き合い下さい。

お時間取らせて申し訳ありません。

読んで下さり有難う御座います。


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