表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
集章
34/51

楪を重ねるが如く 02

 

 城奥西殿にて一際に漂う芳香。

俺の鼻腔を擽るは春告げる梅の香。

雛姫の部屋に優しく漂い、確りと其の存在を主張していた。

花弁へと切な気に頬を寄せ、佳人は咲き始めた梅の一枝を抱く。

愛しげに触れ寄せる紅い口唇、俺が胸に抱く苛立ちには気付かぬ様相。

俯き加減の顔にて雛姫は密やかに呟いた。


「八重咲きの梅を頂いたのです、とても良い香り……」


「ほぅ、其れは誰に貰ったのだ?」


 儚い喜びを抱いていると、鋭敏な感が内面を読み取る。

有り得ない程の感情を込めた言葉遣りだと、雛姫は気付いているのだろうか。

俺をゆるりと見上げ尚更と柔らかく名を告げる。


「成実様が帰還の挨拶に贈って下さったのですよ、綺麗で御座いましょう」 


 成実が贈ったとされる花枝。

自ら庭園を探し周り手折ったのだろう、想人の喜びを得るために。

思い通りに雛姫は愁い浮べて懐中に抱く。

春の知らせ、花兄たる梅を胸にして艶やかに。


 * *


 黒脛巾から事の知らせ受けて訪問した。

成実と交わした言葉を疑い、雛姫の前に仁王立つ。

 俺の怜悧な思考と観察力が汲み取ったのは、秘めた隠し事。

滲み出る所作と隠蔽出来ない感情、未練がましい雛姫の想いを直感した。 

忘れえぬ思慕、側室に献されて尚も求め彷徨う視線の先を見出す。

 成実もまた同様と、彼女の幻を城内に探すのだ。

影に残香を求め彷徨い、雛姫の残像を追い求める。

託す様に互いを慕い祈るだけで満ちた二人の幸せ。

遠くから眺めて眼福と重ねる思慕。

馬鹿げた想いだと、心の繋がりだと俺は嘲り笑う。

眺望だけで足りる純愛など、何処が嬉しい……?


「よく覚えておけ、俺が絶対に頷かぬ事を。

 御前の下賜を成実が願ったとしても、絶対に許さぬ事を確りと理解しろ!」


 交わる視線と四肢を強引に拘束する。

己が力で姿を香りを、全てを被い隠し通そう。

俺だけの存在、所有物だと主張し皆の面前から隠蔽するのだ。

声も姿も、気配も体も皆全てが己が所有物だと宣言し脅す、醜い程の独占欲。

 自由を奪った籠の鳥。

緩めぬ拘束は純粋な願望、我侭と言う名の稚拙な切望。


「……雛姫、心に記憶に然りと刻み込めろ」


 腕中に捕らえた存在へ強く聞かせる。

俺の心は今や醜く燻り歪みきった偏愛だろうな。

奥底から彷徨い出る飢餓、乾きに空腹を満たしてくれ。


「安らぎと情、オマエの心全てを俺に向け与えろ。

 命尽きる最期の時まで、オマエは俺の我侭に耳を傾けて叶える義務がある」


 略奪した花に容認してもらいたかった。

俺が求めるのは純粋な愛情と、真直ぐ向ける思慕を知ってもらい。


「なあ、雛姫……」


 望むのは無償の愛。

生母に似た雛姫の面差し。

伊達の血と最上の末席故に齎された縁の果て。

近しい存在ならば尚の事、幼き日に失った愛情を得たいと望むのだ。

傍らにて微笑み親愛を与えて欲しいと。

幾久しく永き年月、偕老同穴たる其の日まで……。

此れが我が望みだ。


「私は政宗様が側にて終生を御仕えいたします。

 約束違えるなど決して、決して致しません……誓約を此所に致しましょう」


 強張る体に怯え映す虹彩。

しかし、己が視線を然りと絡め彼女は誓約を口にする。

胸元から俺を見上げ、真直ぐに紡いた誓約に満足と頷く。

紅を刷いた口唇が告げた玉章。

俺は安堵を覚え吐息を放つ。


「嗚呼、確かに聴いたぞ……その言葉、決して忘れるな」


 染入る誓約に気を緩め、肩の力を抜く。

ふと、腕中から幽かに芳香が鼻腔を掠めた。

成実の愛用する“梅香”を。

移り香に危惧をし、腕中の佳人を強く抱きしめる。

己が身を挺して力と体にて被い隠す。

決して渡さぬと含み笑いて。


「何時まで俺の心を煩わす積もりだ……」


 悪足掻きは止めて貰おうか、花兄が香よ。

苛立つ嫉妬の念に、彼女が抱く枝を無理矢理に取り上げた。

見せしめと雛姫の面前にて、八重の梅枝を足蹴りする。

虚空へ潜む幻影と、香しい臭気に嘲り呟く。

憤る声音は低く静かに、室内へと響き霧散し消え入る芳香への脅し。

 自らが好み焚き染めて纏うは“伽羅”の香。

富と地位、権力の象徴たる名香の名は一木四銘が柴舟。

雛姫の生涯を包み纏わせるは伽羅。

高貴な芳香を身に纏い侍らせる印。

そう、己が側にて生涯を共に、花の兄たる梅へ告げた。





花の兄(花兄)=梅の花。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ