表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
集章
33/51

楪を重ねるが如く 01

 既に季節は春を迎えていた。

政宗様から頂いた命とは、建前なのだと……薄々感づいていた。

最上殿の腹を探り、思惑悟っての職務と心残しての旅立ち。

真意を窺って隠された意図を知り、敢えて張り巡らされた画策に業と捕まり長引かせ。

事は政宗様が望む定石通りと運び、成実は遅れ馳せながらも、米沢への帰還を果たした。

 そう、既に季節は花兄たる梅花が咲く頃となり……。

五ヶ月振りに米沢城へと戻ったのだ。


「職務の遂行と無事の御帰還、何よりで御座います。

 暫く休暇を御取りになられて、お体を御休め下さいませ」


「片倉殿、御言葉は嬉しいのですが、報告を先に済ませたく……」


 労わる様な片倉殿の面差しは、己が口を遮った。

鋭い眼孔と耽る表情が俺を直視し、すっと瞳を逸らし緩々と頭を振る。

同情の念が降るとは思っても居なかった。


「成実殿、報告は後日で結構です。

 御手数をおかけしますが、私宛に御書き下さいませ」


「……判り、ました。

 政宗様は御多忙でいらっしゃるのですね」


 探り窺う言葉と挨拶。

迂回する帰還の報告は、何処か余所余所しく噛み合わない。

柔らかな日差しとは裏腹と、冷たい沈黙が部屋へと流れた。

 溜息とも了承とも付かずな素振りで意を示す。

人を逸らせぬ物言いは、態と冷たく片倉殿へ一線を引くため。


「しばらくは自宅謹慎、いえ……蟄居の心算で屋敷に居ります。

 何か御用ありましたら、どうか遠慮なく城へ御呼び付けて下さい」


 己には強い自負があった。

縁戚であり幼馴染、大叔父として信が在ると……。

もしや、俺は奢っていたのか?

後見役であり、敬愛する叔父である政景殿より尚も情は厚いと見誤っていたのか?

頭を振って負の思索を逃す。 

此処は一時であれ、身内を遠ざける心が正解と己が思考を納得させ。

片倉殿を重要とする政宗様に非など無い。

嫉妬、恨みなど持っては駄目だ、既に捨てた感情であろうに。


「……成実殿、真に申訳御座いません」


「い、いいえ。片倉殿に御一任いたしましょう」


 帰還を果せば家中に一門が揃っていた。

皆が一様に同情の眼差しを成実へと向けるのだ、心底辟易としていた。

 “婚約者の略奪”は無言の枷。

漠然とした覚悟が俺には有ったのだ、城を立つ際に心構えと予感を孕んで。

 今更と寂しく独り笑う。

傍流との劣等感に苛まれつも、秘めて従い尽くし。

恨みや妬みなど……決して、決して抱いては為らぬと、再度己へ言い聞かせ。

忠義と主従、素志を貫く心は誠実たる務め。

その矜持で城へ登城し、挨拶に無事を伝え振る舞う。

十分に覚悟と予感を抱き、俺は雛姫を政宗様が元へ御預けしたのだ。

 しかし、譲れぬ願いがある。

決して曲げれぬ思いが……この懐中にあるのだ。

彼女へ直と伝えたい、耐え忍んび抱き続けた願いが。


 * *

 


 気配を探る様に城内を忍び歩く、漂い彷徨う姿にて回廊を一人。

政宗様が咎めを危惧し、それを抱きつつも足を止められず。

影を求め進む足先、勝手知ったる城内にて密やかに探すなど造作も無い。


「……雛姫」


 城の最奥に四季を映す庭が在る。

そこで、成実が心底求めた姿は即目に入った。

池を囲む飛び石、老松に護られた白い梅へと視線を絡めて微笑む口元。

 春を謳う庭園にて鮮やかな打掛を纏う佳人は佇む。

俺は気配を消して彼女へと歩み寄った、風雅な景色に庭石を滑りひっそりと。

 彼女が望む先へ景色と眺望を移せば、奥に白梅と手前に紅梅の花枝が目に付いた。

天を仰ぎ地に這う見事な八重咲きの臥龍梅。

俺は空へ腕伸ばし、彼女が望んだ花枝を掴む。


「採ってあげる、この枝で好いのかな?」


「し、成実…様……?」


 雛姫の眼差しに捕らわれるを怖れ、一度瞳を逸らす。

震える感情を押し流して障りの無い挨拶。

滑らかと口上を述べた、無難に差障りなく。


「嗚呼、先ずは挨拶か。“ただいま”だね、雛姫」


 成実が城を立ったのは、晩秋の頃。

錦秋に彩られた樹木が池に掛かる景色、金木犀の香が漂う庭であった。

阻まれた五ヶ月の長きを、離れていた時を悔やむ瞬間。

一人自嘲気味に花枝を手折っていた、もう梅の開花時期かと。

胸の内を悟られまいと、己が面前の従妹君に微笑して距離を縮める。

精一杯の虚言を披露しよう。

意地を張った己が拙い演技に騙されてくれ。


「お、お帰りなさい…ま、せ……」


「綺麗だね、花兄たる立派な八重咲きの梅だ」


 息潜め戸惑う佳人が振り返る。

着物の裾が乱れるも気にせず、近寄り止めて項垂れた。

俺は頬緩め愁色を重ねて挨拶を送る。

彼女が望む花枝を持ち、柔らかく虚ろにて小首傾げて……。


「成実…様っ……。

 無事の御帰還、何よりの御朗報と……申し……」


「有難う、随分と長引いた任務だった…よ」


 彼女は突と唇に四肢を震わせた。

見えない壁、拒絶を含む距離は己が立場を理解し隔てている。

震える声音に波紋を映す瞳、嗚呼なんと可憐な姿なのだ。

柳眉に瞳を曇らせ口元を覆い隠し、今更と怯え戸惑う表情は悲愴の色か。

飛び石の上を雛姫の草履が擦り後退した。

小さな体が深々と俺へ頭を垂れ嗚咽を漏らす。


「申訳御座いません、私が……」


「飛び梅の如く、雛姫の元へ向かいたかった……本当、直ぐでもね」


 この言葉は飾らぬ本心だ。

頭を振って罪を誇張した、互いに非力を強調して詫びる。

誰に非が有るのか?

何もかもが虚しいと立場に想いは明らかだ。

雛姫を見つめる政宗様の眼差し、其の思い悟り弁えて退いた。


「泣かないで、雛姫が過ち事では無いんだ。

 だから、もう泣かないで謝らないで欲しい……」


 意思が萎えてしまう。

全身で律していた戒めは、彼女の前では脆く虚弱で。

彼女へ腕を伸ばし夢中で胸に抱き留めたくなる。

お互いが戒めて理解もしていた。

これ以上は近付いては駄目だと。


「頼む……よ、御願いだ……謝らないでくれ」


「……申しわけ有りません」


 最後に一言、耐え忍び想い伝えたかった、別れの言葉。

お互いが必要と思いを重ね、交わして託す願い事。

彼女への思いに誓いを直接と示したかった。

此れからは、過去の存在を想い純粋に慕ってくれるだろうか?

俺が思いを理解してくれるだろうか、恨まずとくれようか?

新たな道を進む為の贈答を口から紡ぐ。

彼女へ深い謝罪と願いを込めて。


「……我思う、君の心ぞ離れつる」


 一途な思慕を突き放す。

悲観と憤り遺恨に苛まれる胸中を秘めて。

古い古い離縁のまじないに想いを託して拒絶した。

 政宗様が臣下故の最良の判断だと反芻して。

雛姫の想い、俺の思いが離れるのが苦しく寂しかった。


「君も……思わじ、我も思わじ……」


 言葉と共に差し出す花信は、俺の手から彼女への託し事。

白の花枝をそっと渡せば、交互と行き来する雛姫の視線が震えていた。

花を顔を見つめ潤む眼差し驚愕の顔、美しい柳眉が崩れる。

項垂れて彼女は啼いた。

長い睫毛に深い陰影を落として秘めやかに。

花濡れる様は儚げと己が心が酷く疼いてしまう。

思慕を断ち切っての願い、遺恨を未練を映しては駄目なのだ。


「御言葉、承りま…した……っ」


 梅の花枝を腕に抱き、雛姫は深く項垂れて深く後退する。

去り往く姿を窺う資格など既に失った……故に俺は、此処に留まった。

言葉終わらず、間を置かずに踵返す様を目端に捕らえて。

走り出した雛姫の気配と影を脳裏に刻む。

一人残された庭先で、愁色隠すため遙か高い蒼穹を見上げ啼いた。

春風は彼女の声を、己が想いを吹き消す様に柔らかく頬を凪ぐ。

紅色の花弁が庭石へ散りて、道理を覆い隠していた。

震える唇に隠蔽の想いを載せて微かに紡ぐ詩。


「満開の桃花は晴れに笑い、項垂れて李花は雨に啼く……か」


 虚しく一人残ってしまった。

何もかもが只煩わしいと自棄となって。

潰えた未来に失った思慕、己が手元を離れ佳人は主君へと亙った。

残った残夢の殻は空蝉と相成り、俺は項垂れ想い暮れる。



-我思う君の心そ離れる、君も思わじ我も思わじ-離縁のまじない。

-楪(譲葉)-新葉が開き姿整うと古い葉は自然と後を譲る事から、父子相続・子孫繁栄を願うに適った草木。雪兎の耳だったり、鏡餅の飾りになっていたりする葉です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ