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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
参章
30/51

夕菅は待宵を愁い 06

 政宗様からの許し得て、愛馬が居る厩舎を訪れた。 

前後左右に控える数人の侍女は、暗に監視と護衛の意味を含む。

 微かに胸に苛立ちと戸惑い覚える現状。

だが、周囲の評価に見識は得て妙なものであった。

当主が形振り構わずに、側室に迎えた故の過保護振りだと。

一門家中には概ね好意的な批評を頂いて。

立った反感は微々たる小言。


「足元を御気を付けて御進み下さいませ。

 もし、転ばれて御怪我をなされては一大事で御座います」


 間も無く真冬を迎える米沢の地。

日々積もる雪により一面が雪に覆われる。

私の不慣れな足取は、控える皆に要らぬ心配をされていた。


「皆は本当に心配性だね、私は案外と丈夫な体だけれども」


「私どもが政宗様に叱られてしまいます。

 御願いで御座いますから、軽はずみな行動は御控え下さいませ」


「雛姫様は御当主の寵愛深い只一人の御方様。

 皆が心配するのは当然の事、御自覚をお持ち下さいね」

 

 喜多が付けた新たな侍女。

彼女達の諫め咎める口調に私は苦笑う。

恩師の詞が脳裏を過ぎる、へそ曲りの哲学が……。

それならば、角が立たぬように振舞えば良いだけの事。

家中に認められ、望まれ続ける存在で居る為の人格者、皆の理想を演じてやる。

 女は愛嬌、気立ての良さ。

奢らず控えめに、気性が素直な奥ゆかしい才女がお望みか?

聡い女で誠実謙虚、身分に奢らぬ女主人が好ましいだろうか。

家臣の信頼を最重要と最も怠れない要素に据えてみる。

 人の振り見て我が振り治せ。

見習うべき賢女ならば、我が身近に存在する。

烈婦とも才女とも評される政宗様の御生母、保春院様。

純真無垢、嫋やかに麗しい御正室、田村の愛姫様。

大河ドラマでは、真摯に誠実と心より当主に仕えた猫御前。

確か、彼女は二人の女性を合わせて創作した人物だったか……。

兎も角、早くに政宗様の御側室となり、嫡子を授けた女性になるな。


「肝に銘じるよ、忠告してくれて有難う。

 親身に仕えてくれる皆の為にも、今後は要らぬ心配事は極力減らそう。

 私に至らぬ処があれば、皆は遠慮無く注意してくれないか」


「……雛姫さま」


 感極まったと云うべきか?

集った侍女が一様に私の言動に注目していた。

元々小賢しく計算高い女なのだ、表面を偽るなど容易い事。

しかし、それは当然の装いにすぎぬ。

なぜなら外見と中身の年齢、約十歳も違うのだから。

 政宗様の側室へと加わった現実、その我が身を演じてあげよう。

役割と存在意義、皆が望みを十分に果して御覧に入れよう。

 居合わせた侍女も含め、殊勝な物言いに目を見張る。

助言求める側室の姿など意外なのか?

傲慢な姫を想像し、遠巻きに接しようとしていたか?

何かしら言いたげな姿に、私は穏やかに笑う。

そして、皆に伺うよう緩やかに先を促した。


「日が暮れては益々足元が危うくなる。

 早く青墨に挨拶を済ませ、屋敷内に戻ろう?」


「…はい、御案内致します」


 従者の案内で向かった先。

軍馬が十数頭が区切られた環境下に、青墨が寛いでいた。

清潔で手入れが行き届いた厩舎は、馬番に調教師が確りと世話していると判る環境だった。

馬の体温で暖めれた室温には、嘶きと蹄の音が溢れていた。

愛馬の姿に安堵すれば、感謝と礼の言葉が自然と口を突く。


「元気であったか?

 不甲斐無い飼主で申訳ないな、青墨……」


 愛馬の目の前立ち私は手を伸ばす。

黒々とした知性を秘めた瞳が一巡して近寄ってきた。

俄か飼主の顔を忘れずにいてくれた事に、私は笑みを深くする。

円やかで温かい青墨が頬をゆっくりと撫でた。

好物の黒砂糖を手ずから与えれば、嬉しげに鼻面を押し付けてくる。


「慣れない厩舎に見知らぬ面々ばかりだね。

 御当主様から許しを得たら、気晴らしに雪原の野へ駆け出そう」


 元は父上の愛馬であった青墨。

雄雄しい姿と賢さに憧れ、私は政宗様へ請い願いて拝領の許しえた名馬だ。

歴戦の軍馬として名を上げ、休みなく政宗様や父上と供に各地を転戦していた栄光の果。

気性は穏やかだが過ごす環境には退屈だと、外へ出たいと足踏みして嘶く。


「許してくれ、私の一存では駄目なのだよ……」


 自嘲気味に小さく呟き、鼻面撫でる。

謝罪にも似た言分、己が心境とを重ねた愛馬への呟きは同胞への語り。

手入れ行き届いた彼の毛並み撫でて、私は切なく眉を寄せた。

 私の立場は主の許し無くては何も出来ない。

当主の付属品。

いや、側室ならば嗜好品として評価されるのか。


 * *

 

 冬至が迫る冬の日暮れ。

西日指す館にも、室内へと吹き込む冷気で身震いを起こす。

初雪は瞬く間に降り積り、根雪として米沢の領地を覆い隠した。 

高森とは違う豪雪地帯の凄まじさ、雪と寒さに日々闘う生活環境。

慣れぬ環境と背負った気苦労に、閉塞感を強く覚えて溜息が募る。

遙か昔にテレビ中継で見た映像と記憶で、今更に此所が雪国なのだと知らしめられた。


「美津、火鉢に少し多めに炭を足してくれないか。

 手足が冷たくて堪らない、指の感覚が既に無くて痛い……」 


 設えた火鉢にかじり付き両手を擦り合わせる。

足袋を履いてはいるが、女性の冷性の苦しみは侮ってはならぬ。

外気で熱を奪われる現実に、鬱屈とした心境に悴む手足。

華美な打掛はハッキリ言って防寒着にならない、全くならない。

形振り構わず、モフモフした綿入れの衣に包まれたいな。


「そう…ですね……確かに。

 姫さまが余りに冷たくては、政宗様を御迎えするに失礼ですものね。

 早速、寝室の火鉢にも炭を足して参ります」


「……は、は?」

 

 得と頷き、美津が炭壷を手に持って立ち上がる。

侍女の鶴が美津と一緒に襖を開け、続く寝室へと向かい歩くのを呆然と見送った。

 私は固る、火鉢に手を翳し襖向こうの寝所へ向かう二人を捕らえて。

顔には表れていないだろうが、コレでも驚愕の状況なのだ……。

凝視して疑い、見識新たに再度確認したソレに目を見張る。

それは…何だ……ろうな。

平行に並べられた真新しい布団、対の組とか枕とか。

ちょっと、ソレはないだろう。

今更なんだが、全く聞いてないんだが。

目を瞬かせて、外界からの日の差し込み具合を確認する。

今は…夕刻、夕餉の前であり……。

震える冷たい指先を額へ押し付け、目前の現状に頭痛を感じる。


「聞くのも難有りだが……。

 もしかしなくとも、政宗様が御渡りになる予定?」


「まぁ、雛姫さま……政宗様の御心を御察し上げて下さいませ。

 今まで姫様のお心を慮られ、お渡りを控えられていたのですよ」


 説明してくれたのは、友人である弘子様。

上座に纏う温度差など気にせず、口元押さえ頬染めて語っている。

当人として恐ろしくて口に出せない失態であった。

数日前、いや前回は未遂に留まってはくれた、無い既成事実を盾に据えられたアレだ。

つまりは……手がつく、御手付き。

実質的に、今度こそ側室へ迎えるって事ですね。


「い、今更改められても……」


 御正室様との差、その扱いは全く異なる。

新たに側室へと迎えても、城内の披露に婚儀を執り行う必要性がない存在。

そして、人選は政宗様の御趣味に器量が如実に現れる女性の事だ。

第一に求められるのは、田村夫人との別居によって最も危惧されてた世継ぎ問題。

心の拠として、恋慕を深く受ける必要性があり……。


「本当に御寵愛の程が伺えます。

 雛姫さまの心を察し、今まで自粛なされていたとは……」


 了承との返答が届いて直ぐの夕刻。

性急では無かろうか?

父上と黒川の祖父、成実様からの文が届いて間も無い時刻であるのに。

 部屋に仕える侍女の声が遠くに聞こえる。

嫌な汗、酷い緊張感が背に走り、正直言って逃出したく思った。

成実様への思慕の念を未だ治められず、心整わずにして今日の今だ。

沈む日の光に深い溜息を送った。


「草々に御支度なさいませ、雛姫様。

 冬は日暮れが早う御座いますから、殿を待たせしてはなりませんよ」


 当日、先ほど文が届いて直ぐ。

時期に猶予のあった成実様との婚約とは全く異なる。

往く宵は待ってはくれぬ……と、数人の侍女が迫ってくる。

梳られて着替えさせられ、薄い夕化粧を促された。

酷い動悸と眩暈に、我が身は襲われた。


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