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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
参章
27/51

夕菅は待宵を愁い 03

 晩秋の早朝、未だ昇りきらない朝の光が城内を照らす。

一晩を過ごした雛姫の寝室、二人横たわる褥に射し込む。

 眠る彼女を俺は静かに見入っていた。

腕を伸ばし、そっと触れてみる。

 『あどけなく愛しい』と、素直な賞賛を述べ。

頬は蜜蝋のように白く滑らかで、細い項と繋がる姿態。

傍らに横たわる華奢な手足、指先から伝わる体温。

柔らかな黒髪は、頬と額に陰影付ける見事な対比。

粗末に扱えば脆く砕け散ってしまうかの様。

美しく生まれ育った女の運命は、波乱と相場は決まっている。

権力者や好事家は目敏い。

為らば奥州の覇者である『俺』が手を出して何が悪い?

自問自答は、自己完結と満足に落ちた答を導き出す。

 隻眼の竜、獲物を捕食する本能が疼く。

潜在する意識か、獣の性か……。

鋭く虹彩を尖らせ、胸元に蹲り眠り落ちる佳人を辿る。

含む吐息、溜まらず漏れ出た皮肉。

雛姫の耳元に囁く。


「おはよう、そろそろ起床しては如何かな?

 可愛らしい寝顔、何時までも独占していたいが……な」


 壊れ物を触るかの様に、雛姫を正面から抱き寄せる。

廻した腕に力を込めて再度囁くのだ。

緩やかに切々と、甘く苦い心情露にし。


「聞こえているかな 、親愛なる我が姫君」


 人形めいた美貌が歪んだ。

顔色と上下する胸元が、酷く心許無い存在に見える。

睫毛が映す長い影が微かに震えた。

早く瞳が放つ凛とした美しさが見たいと。

目覚めを促す接吻を彼女の額に一つ落す。


「我慢が限界に達しそうだ。このままでは誤解が真実を招く」


 密着した姿勢、お互いの睫毛まで数える至近距離。 

此処に横たわる「可憐な蕾姫」は、武器も無く抵抗すら出来ない。

逆らう術など己を護る事ですら不十分。

含む思い、情欲塗れた溜息が言葉となって漏れた。


 * *


 途切れた意識、まどろむ其れは浮上する。

覚醒を促したのは、心地よい加重と掛かる温もり。

緩やかに波打つ心音が耳に届く。

衣の擦れる音に続いたのは、頬を撫でる感触と額の温もり。

助長する額の前髪を掬い掃うのは……指先か。

面映さに眉を寄せ、私は俯き熱元に体を寄せ衣を掴む。


「……美津、もう少し寝かせて」


 久しぶりに感じる背中を愛撫する優しい腕。

嗚呼と、思い出す。

私は幼い形で、見ず知らずの資福寺で目が覚めたと。

 不安で心細くて部屋で泣き出した私。

落ち着かせようと、励ます美津の腕と頼もしい叱咤。

包み込む温かさに髪の毛を梳く優しい指先は今も同じ。 

 私は子供扱いされるのを酷く苦手とした。

恥ずかしさから逃れようと、腕から抜け出し遠慮し困らせ。

大人気ない(?)子供らしからぬ姿と映ったか。

 “急いぎ大人に成る必要はない”と、言を垂れた虎哉宗乙禅師。

美津に乳兄妹である喜助、父上に母上も其れは同意と。

思い出して笑みを浮べ、私は呟く。


「もう、少しだけ」


「好い加減に起きてはどう、かな……?」


 指先を動かし愚図り掴んだ衣、右手に巻き込み頬を摺り寄せた。 

そして、疑問が浮かぶ。

背中から移動し、腰に廻され触れる温もりに。

 耳に届いた声音は?

美津。いや、母上……まさか、成実様?

いや、違う。そんな筈は無い。

 生まれた疑問が、急激な意識の覚醒を促す。

強張った体は状況を知ろうと加速した。

 私は目蓋を押し上げ、瞬きを繰り返す。

そして、目に飛び込んできたのは蒼色の着物。

小袖と羽織、上掛けの布団。

見上げる視線の先を認識し、驚愕で染まる愁色。


「ま、政宗様? うそ……!!」


「お目覚めですか、我が姫君。

 寝起きは随分と……可愛らしいな?」

 

 震える私の唇、固まった四肢と思考。

揺れる視線、重なった眼差し。

その先に居るは見間違いでは無い御当主の姿。

ただ、黙って見つ返す隻眼の瞳と見開いて強張る私。

交差する視線不安と疑惑。

唇から放たれたのは擦れた声。


「わっ、私…まさか……嘘?」


 その廻された腕先、驚きで払い跳ね起きる。

掛け布団を掴んで勢い良く。

胸元を押さえ、先ず確信したのは打掛を着込んで寝入っていた事実。

振り返り、同じく羽織を着込んむ政宗様に視線映す。

御互いが就寝直前の姿を捉え、一反は安堵する。

枕を交わすような疚しい行為は無いのだと。


「ッ……ぅ」


「定番の反応と受け答えだ、お約束だね。

 今更、後悔して恥じる事は無いんじゃないか?

 控えの侍女も、宿直の家臣も既に俺が此処で一夜を過ごしたと知っている」


 交錯する言葉と感情は怒りすら覚える。

薄々感じていた政宗様の思惑と心根。

 自ら招いた昨晩の過ち、自己嫌悪と罪悪感で吐き気がした。

今更ながら遅すぎる警鐘を鳴らす肢体、眩暈が重なる。

重く掠れ口を吐いたのは、恨む怨色。


「……軽率だったと、後悔するのも遅いと仰られるのですか?

 浅はかだったと、私に恥じる暇もお与え下さらないのか」


「今更だ、恥じても遅いと言っている」


「政宗様は……ただ、蔑むように御笑いになられるのですね」

 

 あれ程警戒し、自ら律した立場と素行。

全てが無駄に終わってしまったと、緩々と頭を振る幾度も力無く。

 この醜聞を招いたのは私、全てに非在るのは私。

父上に申し訳なくて成実様に顔向け出来なくて、悔しくて涙が流れ出た。


「優越感に浸り、得た好機で驚喜した俺を厭うか?

 恋慕う女を傍らに一晩を添い寝で我慢した俺を……。

 本当なら、自我を保ったと感謝してもらいたい位だがな、雛姫殿」


「なぜ……何故、私なのです。

 私は成実様に嫁すのを喜び、其れを信じて疑わなかった。

 只一人の正室として側に在りたいと、彼に添いたいと、そう願い思った。

 側室になどと、考えても無いと……。」

 

 褥の上に力無く上掛け握り締める私。

緩々と頭振って否定し、泣き崩れる様。 

侍女や政宗様付きの家臣だけでなく、家中に知れ亘るのも時間の問題。

当主との醜聞は、瞬く間に父上や成実様の耳に入るだろう。

罵声を浴びるか軽蔑されるか……。

嫌悪感を露に蔑みの言葉を投げられるに相違ない。


「俺は力尽くで雛姫を手に入れたかった。

 どう足掻いても逃げ出せない様に捕らえると、待ち構えた。

 昨晩がその好機と、お前の失態に便乗して……」


 衣擦れの音、足踏む其れが一際大きく部屋に渡る。

近付いた気配は、俯く私に突然に密着する体温となった。

逆らう術無くして、膝に置かれた力無き腕を捕らえられた。

政宗様に掴まれた右腕、攣られ体ごと強く引き寄せる。

私の体は力なく前方に凭れ倒れ入った。

 視界を埋め尽くす蒼。

頭部に廻された政宗様の右腕が、頭髪を掴み上げる。

抵抗は無駄に終わり、強く抱きしめ絡め捕られた。

 項に感じる政宗様の頬。

交差する頤、耳元で呟く彼の意志。


「政景や成実には俺が直接、伝える。

 雛姫は何も、何も恥じ入る必要など無い。

 ただ、黙って側に居てくれ……」


 謝罪にも似た、政宗様の諭す言葉に抵抗漏れた。

掴まれた右腕から伝わる鋼打つ心臓。

其れは私の心音なのか、政宗様のモノなのか。

 揺れ動く心情と悲痛の面差し。

停まり掛けの意識、留まるのを恐れる自我。

 悲しみ沈む心。

私の心は何処に有る。

なぜ、望まれるのです。 

血族と揉めると知していて、何故……。


 

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