表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
参章
26/51

夕菅は待宵を愁い 02

 思わぬ好機と言うべきか、温かく保たれた雛姫の寝室に招かれた。

単に寒い私室では申し訳ないと思った、彼女なりの優しい気配り。

俺は火鉢に凭れ寝話の如く語りかける。

殊更優しく低く響かせ、彼女の耳元に届けと。

 褥の上に座す彼女はただ静かに聞き入っていた。

目蓋を閉じ黙って、文を読み上げるのに耳を傾けて。

その姿を見れば判る。

彼女に二心など聞くも意味無いとは重々承知。

しかし、これでは無防備にも程がある。

 俺は成実ほど紳士ではないし我慢強くもない。

従兄弟同士で比べるのは尺に触るが、コイツの前では関係ない。

 温かな室内は眠気を誘う、雛姫でなくても同様に睡魔が訪れる。

まどろむ様な気温と気配。

落ち着いた室内に仄かに薫香漂う。

傾きかけた雛姫の体を受け止め、優しく語りかけた。


「眠いなら、眠って構わない。

 続きは明日にでも聞かせてやる……」


 夢うつつの心境か、頤を揺らして頷き一気に弛緩させた雛姫の体。

抱き止めれば腕と肩に久方ぶりに感じる柔らかい体温。

笑いが生れる。

頼り切られて信用を裏切れないと。

 雛姫の着る朱色の打掛、前を引き合わせて抱き込み静かに褥へ崩れる。

足元に畳まれた夜具を引き上げて包み、その隙間に俺は入る。

風邪でもひかれては、政景や成実に何を言われるかと。


 * *


 背後から抱きしめ腕を廻した雛姫の体。

寝首を掻かれる心配もなければ、媚びる痴態を見ることも無い。

愛しいと慕う女を抱きしめ、添い寝に留まる俺の理性を称賛してやりたい。

 穏やかに睡魔が襲い始めた意識。

廻した腕先と、絡めた指が雛姫の心音を微かに拾う。

自分の心音より波打つ速度は速く、年下の従妹君の体温は幾ばかりか高い。

大人に為りきれない幼稚さが残っていると、今更ながら思う。

艶めいた色は確かに足りないが、危うい儚さと幼さが絶妙の配合。


「御互い服を着たままだが、このまま朝を迎えればどうなるか……。

 お前や周囲の侍女達が驚く顔が容易に想像できる。

 感が鋭い者は、これで俺が望む此の関係を理解し納得するだろうよ」


 片肘を突いて身を起す。

眠る雛姫の顔を覗き込み、柔らかな頬を撫でて口付一つを其処に贈る。 

白の項に視線を移し首元の黒髪を避け朱印を一つ鮮やかに残した。

此れくらいは真実味を帯びて欲しい物と、ほくそ笑む。

気付いた雛姫の反応。

指摘した周囲の動揺振りを想像して。


「さて、雛姫殿。

 可愛らしい寝顔と起抜けの顔、明朝の俺にじっくり鑑賞されてくれ」


 天井に視線を流し、常駐させている黒脛巾に言伝命じ要る。

明日は早朝の侍女の足止め、俺が何処で一夜を過ごしたが心配無用と家臣に伝えよと。

忘れず雛姫付きの紅脛巾にも申し伝え、起しに来る侍女を遅らせろと意向を伝えた。

 遅かれ早かれこの事柄は、政景や成実に伝わるだろう。

噂は思わぬ速さで広がり耳に入るが、真実とは別の脚色が加わるものだ。

今まで俺は周囲を憚らず雛姫を連日訪問し、親密なまでの遣り取りをしていた。

既に、御当主としての過剰な行為は知れ渡っている。

成実との祝言を挙げぬ内に成った、雛姫と当主との醜聞。

従弟の婚約者を奪って室に迎えたと、事情知らぬ者に無体を騒がれるか…。

だが其れでいい、彼女自ら招いた失態。

それを悔やむであろうが、俺は否定せず逆に好機と便乗しよう。


「自ら摘めと言わんばかりの花、逃して為るものか…。諦めるんだな?」


 優しく雛姫の耳元で呟いてやる。

久々に腕に抱く女の、柔らかな体温を背後から抱きしめて……。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ