梅桃の佳人を待て 08
城での生活を始めて思うことが在る。
美津は兎も角、四六時中侍女が側近く侍って居心地が悪いと。
常に見張られて、寛げず気が滅入る。
部屋から出るも億劫、緊張で食欲も湧かない。
様子見兼ねた成実様が、気晴らしに外へと御誘い下さるが……。
御自分の仕事を蔑ろとされては、私が居た堪れなくなる。
此所はきっちりと、美津が成実様に注意と御断り申し上げてくれた。
昨日より、部屋にて大人しく文を書いている。
八房は一羽なのだから、母上や虎哉禅師へ文を届けるにも頻度がある。
運ぶ距離をも考えれば、休憩が必要と判っているが…。
一日の大半を文机で過すために、手紙が延々と溜まっていた。
「本当に見惚れてしまう程、流麗な御手でございますね。
駒姫様直筆の書は、城内の皆の憧でございますのよ」
「姫様が代筆しました恋文の顛末を御存知でしょうか?
文を貰った方々が成実様と姫様に肖りたいと、御守り代わりにしているとか」
「……あら、私が聞きましたのと違いますわ。
姫様の代筆と判っていても、頂いた恋文は嬉しい物と。
身分違いの懸想、叶わぬ恋に思い捨てきれず懐に忍ばせていると……」
賜った自室内にて、歳若い侍女三人が賑やかに興じている。
側脇に座る美津が苦笑いを浮べ、姦しい彼女等の噂話に相槌を打つ。
何時の時代も女性は、恋の話題に噂話が好きなようだ。
筆を持つ手を硯に向かわせて一息突き、左右に肩を鳴らす。
朝方に高森の母上宛に文を頼んだ、八房は昼までに届けてくれるだろう。
強張った体を解すべく文机から膝を移す。
鮮やかな紅色の打掛の袂を押さえて、皆に向き合う。
「少し気分転換がしたいな。
お鶴と御茶子に茶の用意を頼んで良いかな?
成実様が“時雨の松”を差し入れに下さったんだ、皆で休憩しよう」
甘味の乏しいこの時代、砂糖を使った菓子は大変に高価だ。
きな粉と砂糖を練り合わせた「時雨の松」も、同様の事である。
米沢で最も値が張る嗜好品であり、一般庶民の口には先ず入らない和菓子。
食欲不振と私の体調を気遣い、成実様が本日差し入れに下さった。
何時の時代も女性は甘い物が好きである。
茶に誘った侍女三人は、目を輝かせた皆一様に。
可愛らしい反応に笑みが零れ、袖端で隠し頷いて見せた。
* *
美津が給仕する茶の席、午後の一時を優雅に過ごしていた。
侍女三人は口に含んだ菓子に夢中になり、頬を弛ませている。
ほんのりとした甘さと、きな粉の香ばしい香りで幸せになる一品。
二層に色分けされた“時雨の松”の見目は職人技。
侍女が私に向ける視線が疎かだった。
静かに微笑んで眺めていたが、私は此れ幸いと、部屋を抜け出し庭伝いに行方を晦ませた。
席を立った理由、手水屋と軽く思ってもらいたい。
落ち葉の間を忍ぶように後退し、西殿の庭から南へ歩き出す。
鮮やかに色付いた紅葉。
趣味良く立ち並ぶ木々に紛れて進み行く。
庭石が点在する広い庭、水を湛えて泳ぐる錦鯉。
低く刈られた躑躅の裏に身を隠す。
「……此処は随分と静かだ」
瞳を閉じて秋の気配を感じ入る。
秋風が凪ぐ広葉樹の葉音。
風に乗り、何処からか金木犀の香りが運ばれてくる。
庭石に座り込んで見上げる空は、天高く澄んだ中に雲が伸びていた。
「高秋、馬肥健なり、矢を挟みて漢月を射る…か……」
天高く馬肥ゆる秋。
日本では実りや秋の食欲を表す言葉が口を吐く。
しかし、漢語で意味するのは食欲とは全く関係ない事。
-雲浄くして妖星は落ち、秋高くしては塞馬(北方を守る要塞にいる馬)肥ゆ-
つまりは、『秋高馬肥』である。
遙か北方の騎馬民族、匈奴は秋に侵略を開始する。
穀物が実り肥えた馬に乗り、外敵が攻めてくるから警戒せよ、と。
たしか、警告を促す意味合いだったと記憶している。
鎮圧に向かっている父上、伊達の一軍。
大崎の民からすれば、彼らは攻め入る騎馬民族だろうか。
けれども、人道に則り伊達軍配下では農作物の略奪など、横暴は厳しく律せられている。
「…外敵への警戒を書いたのは、杜甫の祖父だったか?
匈奴が攻め入る秋は漢民族にとって大きな脅威、って事だな」
「ま、政宗様……」
庭石の上に座った雛姫。
その背後に忍び寄り、話しかける。
素で驚き、肩先が跳ね上がる姿を目端に捕らた。
振り返った彼女に俺は口角を上げ、堪えた笑いで喉を鳴らす。
驚愕に見開かれた瞳が、零れ落ちそうだと。
「大崎鎮圧は奥州内部の揉め事に過ぎない、深く考えずとも良い。
民の蓄えを強奪するなど、伊達の指揮下には有り得ぬ事なのだから」
独り言に耳を傾ければ『秋高馬肥』とは随分と可愛げ無い。
しかし、戦を脅威とするならば彼女らしい憂い事だ。
色付く木々と紅葉に囲まれ、俺と雛姫は庭にて対する。
「残された侍女が血相を変えて城中を探し回っていた。
何でも、出された菓子に気を取られて雛姫を見逃したとか」
「も、申し訳御座いません。少し一人になりたかったのです。
政宗様にまで御足労を掛けさせてしまいました、戻りましたら皆にも謝ります」
「城の生活は息が詰まるか、雛姫。
判らない訳ではない、四六時中を侍女や家臣に見張られては、な……」
腕を組んで仁王立ちになり、一寸した説教を垂れる。
今し方、血相を変えた雛姫専属の紅脛巾が現れた。
居場所は特定したが、随分と物憂げな様子で声を掛けれずと。
指示を仰ぐ紅脛巾の報告を賛辞し、自ら足を運んだ。
酷く疲れた様相の雛姫を慰めるに良い機会と。
殊更優しく意中の従妹殿に語りかける。
「俺から皆に言って聞かせよう。
雛姫を束縛せず、少しは解放してやれ……と。
それならば、独りで過ごす自由を設けられるのではないか?」
しおらしく頷き、項垂れる雛姫の顔。
纏う華やかな精彩が欠けていた。
聞くに乳母が、台所番に食事の注文入れるほど。
余程体調が優れないらしい。
普段より食が細いと、心配していた政景。
輪を掛けて過保護な成実が案じて見舞いする。
そう言えば、保春院までもが矢鱈に雛姫を気遣い口を出してきた。
「申し訳ない程、皆が親身に仕えてくれます。
しかし、どうも人に囲まれ傅かれて生活するに慣れなく…て……」
緩やかに否定の意味を込め、雛姫は頭を振って庭石から立ち上がる。
俺の瞳を真直ぐに見つる彼女。
左手に纏めた打掛、淡い朱色の肩先と裾に見える濃い紅。
着こなす雛姫にとても良く栄えていた。
幼さを残すも脆く儚い美しさが其処には存在している。
「俺が一緒では、心寛げ無いだろうが……。
気晴らしと庭園の散策に付き合ってはくれないか。
何なら、今から野駆に連れ出してやっても良いのだが?」
憂いる佳人の弱気な隙間に、上手く滑り込むことが出来ようか。
雛姫と成実の仲の良さは城中でよく聞く。
しかし、生憎の婚約者殿は、明日から不在となるのだ。
俺の意を受けた、伯父の最上殿の用件で米沢を離れる事となる。
成実を適任と疎かに出来ぬ業務に選んだは、我が伯父上殿。
手間も時間も掛かる仕事を態と選び、先導役へと彼を据え選んでいた。
さり気無く割り振る、卒無い“奥羽の狐”こと虎将の手腕は見事。
当面は、雛姫を堂々と扱い構って何も障りないだろう。
「政宗様の御言葉に甘えて、庭の散策に参りたく思います。
野駆は次の機会に、是非お誘い下さいませ」
「……では、散策に参ろうか?」
ふっくらとした、彼女の唇は梅桃の様相。
赤く紅を刷いた其れは言葉を紡ぐ、相手を気遣う控えめな言葉端。
懐く欲望、俺の思いなど雛姫は知らない。
差し出した右手を見つめる瞳。
軽く乗せた彼女の指先は、細く頼りなく冷たかった。
包み込んで暖めたいと願う、儚げな佳人の体温が右側に。
待ち望む彼女を従えて歩みだす。
道を彩るのは、錦秋の色合い絢爛たる広葉樹。
趣美しい造形の庭。
落ちた紅葉が飛び石を華やかに隠していた。
最上氏の策で成実様が米沢不在となりますが、史実では豊臣配下の蒲生氏に人質として囚われた…が、正解です。
-時雨の松-米沢で最も古い銘菓。伊達の統治時代から変わらぬ製法と味。素朴で親しみやすい味は万人に好まれています。




