梅桃の佳人を待て 07
政宗様が整えて下さった部屋は、西殿の続き間。
美しく配置された庭園を臨む一室である。
そして、頭を下げる新たな侍女は五人。
次々と挨拶を述べる姿に私は驚く。
母上の方針で、美津以外の専属侍女は持てなかった。
今は屋敷より連れて来た三人を含めて、総勢八名と仰々しい。
戸惑う私を尻目に、手を打ち鳴らす成実様。
「雛姫は俺の従妹で婚約者です。
皆は伊達家の姫の名を汚さぬよう、心して仕えてね。
乳母の美津以外は…に……」
拝聴して頷く侍女達。
御声掛けなれる成実様の側脇で思ってた。
随分と私は好待遇、米沢の城に迎えてもらっていると。
御当主自らの配慮が有っての事なのだが……。
成実様が心砕きて、頻繁と様子見に訪れてくれる。
どんな箱入り娘と思って仕えてくれるのだろう、じゃじゃ馬評価は別にして。
「それと、政宗様から雛姫への伝言。
当面は祐筆の仕事を免除する、だってさ?」
「あの、御仕事を免除って言われても……。
一体何をして日中を此所で過せばよろしいのでしょうか?」
「あはは、雛姫は本当に真面目で勤勉だね。
城の生活に慣れるまで、好きに過して構わないーって事、鷹揚に構えなよ」
上座の脇息に凭れ成実様が優しく諭す。
通った鼻梁に指先掛かる頬杖で、右側に座る私に向ける視線。
銅色の柔らかな髪質が目元を優しく印象付ける。
優しげな微笑を浮べる成実様。
口角を両端に引き合う表情に、私も緊張が次第と緩む。
優しい言葉に甘え、早速思うものが出来た。
伺い尋ね聞く。
「成実様の秘密の菜園にお連れ下さいませんか?
父上が絶賛する梵天茄子と窪田茄子の現物を是非見てみたいのです」
「あー雛姫って、高森育ちだもんね。
梵天茄子と窪田茄子は漬物にすると美味しいんだよ。
ん……じゃあ、清菜とかヒョウは知ってる?」
「父上の好物なので、ヒョウは知っています。
高森では雑草だったと聞きました…が。
縁起の良い食べ物だと父上が広めてから、彼方でも一般的な食材です」
正月のお節料理が一品。
夏場に採って、干したヒョウを縁起担ぎで食べる。
父上は米沢で産まれ育って後、高森城主の留守顕宗殿に養嗣子に入られた。
味覚と食べ物の好み、味付けは未だに米沢風なのだそう。
意外にも、食に関しては口五月蝿いのだ。
高森や父が治める領地は、海に面した土地柄である。
それ故に、海産物を使った料理が多く、食べ慣れず苦手な物が多いらしい。
私もだが、父上はイクラも筋子も駄目である。
政宗様の好物である、“腹子飯”の美味しさが今一判らない。
母上が私達の味覚を笑っていた。
物思いに耽る私を覚醒させたは、成実様の明るい御声。
「今日は時間も無いから城内の名所巡りに行こうか?
元服前から入り浸っていたから、俺は政宗様並みに城内に詳しいよ」
悪戯好きの面差し残す成実様。
その申し出に私は頷き、差出下さった御手に掴り立つ。
頂いた朱色の打掛を裾を裁いて優雅で淑やかに、と。
何も知らず高森に居付いて四年。
この時代の知識と教養を身につけようと夢中だった。
育ててくれる父上と母上に褒められたいがため。
望んでも得られぬ“血”の不足を補うべく真摯に。
淑女の嗜みに一般教養、書と乗馬に護身用の武術と上げたら切りが無い。
努力で習得出来るなら苦労とは思わなかった。
不安を打つ消すべく真摯に打ち込んで。
「姫様は本当に可愛らしい御方ですね。
成実様が大切に為さるのも頷けます、本当に仲睦まじくていらっしゃる」
「見ている此方が恥ずかしくなる程ですね」
集う部屋には女性の華やかな雰囲気が漂う。
弾む声音と侍女達が口々に上げるは、俺と雛姫へ賛美の言葉。
近寄った雛姫にコッソリ耳打ちし教えてみる。
付かせた侍女内二人は、身分偽った紅脛巾なのだと。
目を見開く彼女の顔に肩を竦めて覗くと、はにかむ笑顔を返してくれた。
「私は酷い方向音痴なのです。
成実様を見失ってしまわぬよう、此処から御手を貸しください」
小首を傾げて強請った願い事。
俺は今まで雛姫から感じた事のない、華が綻ぶ様な艶やかさを見つける。
危うく脆い幼さが残す、特有の美しさ。
妙齢の乙女が持ちうる媚態。
不自然に同居する彼女の美貌と典雅さ。
俺は、酷く心が沸き立つのを感じていた。
* *
沈む夕日に秋茜。
眼下の庭園に秋風と舞う蜻蛉が群れを成す。
「……報告って、一体なに事だ」
「大崎鎮圧の先方に誰が立つかで、泉田重光殿と八幡景継殿との対立だそうです。
仲裁に入った月舟斎殿に重光殿が暴言を吐いたとか。
陣内で一触即発の事態とまでなったそうで、御二方には手を焼かれている様子……」
「確か、八幡景継は政景の直属が配下だったろう。
先ずは聞き分けのある、そっちを黙らせておけば良い。
泉田重光は武装弾圧の推進派……。
景継は事穏便の慎重派では、対立するは目に見える。
大崎鎮圧前に政景も岳父たる月舟斎も、内輪の諫め役とは大変だ」
小十郎からの報告に耳を傾け反射的に答える。
だが、今は気漫ろとなっていた。
原因は眼下に伸びる影、その人物。
「随分と仲が宜しい事で……」
高楼から眺める雛姫と成実の姿に、俺は眉を顰めて呟く。
数人の侍女を従えて進む廊下の先。
視野に入れて、辿る経路を弾き出す。
背後に控える小十郎が聞き耳立てて振り返った。
「政宗様、職務に集中できませんのなら本日は此処までにしましょうか?」
「そうしてくれると助かる。
今から、チョッとばかり裏工作に勤しみたいんでなぁ」
雛姫へ与えた部屋は、秋の庭園を望むに適している。
母が住んだ東殿と相対する位置、西殿の続き間。
無意識に決めていた場所だった。
俺的には、今更と思い出したくも無い“母”の存在。
本当に保春院が苦手で仕方ない、嫌悪すら抱く位に嫌いなのだ。
家臣一同までもが皆頷く事実だ。
顔を会わせれば鬼門の如く、今も些細な事で喧嘩する。
叔父達や成実に云わせば、親子母子似た者同士。
まぁ、自覚は多少は有る。
俺の気性、穏やかな父親よりも母に似ていると。
故にソレは自嘲気味の呟きとなった。
「まさか同意。いや、賛成得られるとは思わなかった……。
同じ斯波一族の出ならば、多少血が遠くても可愛いらしい」
「……政宗様?」
「何でもない、独り言だ」
窓枠から身を離して頭を振る。
小十郎の助言通りに外堀を埋めるべく、先ずは叔父達を手懐けているのだ。
狙った獲物、追い込んで絡め奪ってやる。
既に稀代の謀略家、最上の伯父上から賛成との協力も取り付けた。
手放しで喜んだ奸雄、曉将たる異名“奥羽の狐”その手腕に此処は期待したい。
葛西・大崎一揆(合戦)言い争いの事実は、泉田重光氏が暴言を吐いたのは伊達政景様に対して。最上氏に汲みした黒川氏の行動について暴言を吐いたらしいです。
-梵天茄子・窪田茄子-
梵天茄子の名の由来は政宗様の幼名と同じ。
窪田茄子は上杉氏が伝えた茄子。どちらも漬物用の丸茄子。
-清菜-
辛味のある肉厚の葉が特徴、冬場漬物にして食べる。
-ヒョウ-
サクランボ王国で、夏場の食卓に上る野菜。
他県では雑草に分類されるらしく、食べないそうだ。
「スベリヒユ」と呼ばれる。知ったとき凄いショックを受けたよ。スーパーで普通に売ってるしな。(注)庄内域ではヒョウ⇒スベラン草。




