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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
弐章
20/51

梅桃の佳人を待て 04

 史実改変での創作が入っています。

嫌悪感を懐かれる御方、作風に納得出来ない方もいらっしゃると思います。

速やかに御退出をお願い申し上げます。

(天正十年と天正十八年の出来事)



 涼やかな音色を奏でるのは、葉裏に隠れた鈴虫。 

日が翳った屋敷に蜩の鳴声が聞こえ、目を向けた先に届くは障子の茜色。

畳座敷に広げられた関東域の勢力分布図。

点在し散らばるのは敵将に見立てた将棋の“駒”。


「織田が本能寺にて討たれ、勢力の均衡が崩れました。

 黒脛巾からの情報では、豊臣が逸早く天下取りに名乗りをあげたとか」


 片倉様の扇が指し示すのは、尾張・岐阜と近江周辺。

それは、奥州の遙か遠方。

京の都では、戦の火種が拡散したと伝えている。

方膝を突いた政宗様の御手先、打ち付けた扇が音を立てた。

一瞬で御当主へと目線が切り替わる。


「越後の上杉は売られた戦は買うだろうが、自らは仕掛けない。

 既に同盟を交わした手前もある、寝た子を起こす必要性は無いだろう。

 ならば、此方は脇を気にする事無く戦いの矛先を絞れる、どうかな……?」


「戦を展開するに、関東域を足掛りと戦力を強化せねばなりません。

 地理や状勢に詳しい北条方の戦力は侮れませんし、また相馬や蘆名氏の協力も必須」


 途切れた言端を引継ぎ、片倉様は駒を並べ替える。

部屋角にて座した私は、只管静かに終わるを待つ。

集まられた方々と入れ違いに、部屋を退出しようとしたが、留められたのだ。

『端かに控えて待て』と、政宗様に命じられては頷く他あるまい。

部屋の中央、陣形を整える駒数を目端に捉え、ただ耳を欹てるしかない。

我が父上の声が上がった。


「織田の支配から離れた、東海道筋を狙う心積もりで?」


「さすがだな、政景。その通りだ」


 響めきに私は視線を上げた。

政宗様の狙いは三河の松平、勢力としては徳川方を標的にするか。

日本史の常識など役に立たないと知りながらも、僅かに一致する実情。

奥州から目指すに都も、三河に遠江・駿河も遠い所でしかない。

 上座左の成実様を拝して思う。

政宗様の左腕として武勲の誉れ高い彼の御人、彼の人も従軍するだろうと。

父上以上に成実様の御身を安じ憂い事は尽きなかった。


 * *


 父上や成実様に意見を仰ぐ、伊達の当主たる政宗様の足元。

畳に広がるは、地形と陣を成す将棋の駒達。

伊達の配下状勢と国力を示すは『成駒』だ。

主力に“竜王”と“竜馬”を並べ。


「此れならば、列席する重鎮も納得致しましょう」


「政景様の意見に賛成です、進軍経路と期間を考えれば十分と」


 今此処に集まられた重鎮方を例えるならば“飛車”に“角行”か。

嗜み程度に覚えた将棋が有らぬ所で援けとなった。

形成する陣を眺めれば多少は意を汲める。

会話端かから察するに軍議も一段落か、細かに書き付けた紙束を集める片倉様。


「政宗様、宜しいのではないでしょうか。

 政景殿からも賛同頂ければ、他の叔父方も納得なさりましょう」


「……嗚呼、そうだな」


 片倉様の御声に返答をするも、政宗様の視線は上がらなかった。

陣形を成す将棋、駒を一点と眼孔鋭く見つめる。

未だ何か思案されているのだろうか。

ふと、組んだ紺の袖元から手を伸ばし、政宗様が陣形の駒を一つ拾い上げた。


「角行を“成る”は竜馬か、な?」


 私は首を訝しみ首を傾けた。

敵陣にての「成駒」なら、動力範囲が広がると御言なのか。

納得し頷く様、次いで手に乗せた“駒”を、面前に座す父上へ手渡す。

口角を上げ、笑む政宗様の顔が垣間見えた。


「父上の頃より、長らく勢力の拡大貢献した功を認める。

 養子云々の枷より離れ一門へ戻れ、政景?」


 片倉様、上座左脇の成実様は知たり顔。

その御言葉に一番驚いているのは、他でもなく父上だろう。

現に両手で賜った“角行”を見つめ、動きを止めているのだから。


「生まれである伊達の姓に、戻るがいい……」


 仰ぎ見たる政宗様の御前下。

彼の君が口から出た御言葉に、私は目を見開いた。

駒を握り締め、感に咽るが如く深い礼を現した父上の姿。

眼下にて伏する背に政宗様が頷いた。


「これからも、俺を補佐し指南役となってくれ。

 名実供に伊達家の名代として、その働きを期待している 」


「……謹んで、拝命承ります」


 政宗様の視線が流れた。

部屋端の私へと、鋭い眼孔が直に射し込まれる。

上座から立ち上がった政宗様の御手下、扇が鳴った。


「早速で悪いが、大崎が不穏な動向と黒脛巾から報が在った。

 月舟斎と義康(黒川氏の養嗣子)を連れ、直ぐに鎮圧へ向かってくれ」


「政宗様は、同族の最上殿では治まらないと?」


「それは小十郎、石川の叔父が意見だ。

 俺としては、政景が赴く事で“伊達が直接粛正を下した”との、面目が相応しい」


 開かれた口元と潜められた声音。

足元の陣形は敵将を指す駒、全てを払い除け政宗様が進む戦場だ。

しかし、宙を彷徨う視線の先で告げられたのは、支配下の不穏。

畳に広げられた勢力図と将棋の駒。

思案成されて御顔を上げた成実様が皆に問う。


「大崎氏は義康殿の御実家ですよね。

 伊達の配下に属するを断り野に下った、名門足利の一族」


「以前の所領は全て没収となりましたが……。

 ですが、旧支配下の豪族等と手を組み反乱でも起こされれば、激しい戦が予想されます」


「それならば、火種は早めに摘み消すとの案。賛成です」


 隣に座す父上へと、静かに視線を流した成実様。

母上の御実家である黒川氏、政宗様の母上である最上殿は同族で有るが故に縁深い。

 気位高い奥州探題の元拝命者、大崎氏を屈服させるには大義名分が必要だ。

それならば、覇者として伊達家が直接と手を下すは正解。いや、正論になるのか。

史実と大河ドラマが一致すれば、続く戦いは葛西・大崎一揆となろう。

偽の書状、敵対する勢力からの助力と画策。

義康様の御実家、大崎氏の激しい抵抗が目に浮かぶ。


「成実も同意見とは、事が早く進むな……。

 ならば政景、急いで悪いが三・四日中には戦支度を整え大崎へ向かってくれ」


「了解致しまして……」


 一時、束の間の平穏だったか。

無事の帰還を願い、只管祈る事しか出来ぬ不遇。

秋の気配を感じさせる収穫間際の水田を思い浮かべる。

頭を垂れる実り多き稲穂、それに戦火が及ぶのか。

開け放たれた障子は外に続く宵闇に暮れ、部屋の明かりが漏れ出ている。

消沈と項垂れる私を一瞥し、政宗様が声高に告げた。


「政景、任に赴くに雛姫を残しては不安であろう。

 留守中は俺が預かる、祝言前に成実が預かっては拙かろうし、妙案ではないか?」


「……な、なに言ってるんですか政宗様!!

 雛姫の婚約者は俺ですよ、体面とか醜聞なんて関係有りません。

 身の安全を図るも、全て当然と俺の役目な筈ですよっ!!」


 いきり立つ成実様に耳を貸す風体ではない。

揚々と政宗様は室内を歩き出す。  

軍議で見せた難しげと、真剣たる御顔立が豹変していた。

今は悪含みを浮かべ楽しげに。


「政景様も驚いてないで何か言って下さい。

 米沢城内の方が危険がイッパイですよって、ねぇ……」


 話題渦中の私は蚊帳の外。

部屋角にて座したまま、成り行きを見守るしかない。

異を唱えた声音に振向き、政宗様は御手元の扇を雅に押し開いて風を仰いで。

成実様の憤りを仰ぐが如き様相。

唖然と片倉様と父上の溜息が漏れ出た。


「名実供に伊達の姓を持つ姫君だ。

 主不在の屋敷に、未婚の娘が留守役では無用心ってな?

 政景もそう思うだろうし、祖父たる黒川氏も心残りと心配するに違いない……」 


「……私は、家臣として政宗様の御采配、御配慮に従うまでで御座います」


「残念だったな、成実?」


 こうして政宗様に軍配が上がる。

伊達姓に復する恩賞を与え、その後に父上へ打診する。

此れでは断れまい。異を唱えるなど、我が父上は決して為さらない。

それを踏まえての策か。

何とまあ、感心せざるえない手腕と口振だ。

 将棋の駒を成らせる例え。

重ねて意味するは、自らの手駒と認識せよとは恐れ入る。

御当主の頭脳には御手上げだ。


「だからな政景、明日の夕刻に催される宴には雛姫も参席させろ。

 祝辞を受けるに手一杯なら成実に子守を頼め。

 それなら安心だろう、返事はどうだ……?」


「了解しまして……ございます」


「上々、ならば城内に雛姫の為に部屋を設えねばなるまい?

 身の安全図るに紅脛巾(黒脛巾組の女性版)からも、何人か付かせるか……」


 主の満面の笑みに、一同が戸惑っていた。

皆に踵を返し、政宗様は部屋端に座す私に歩み寄る。

私の面前で方膝を折る御当主の上背、御手元の扇は緩やかに仰ぐ。


「駒の書体は流麗で美しい、狙う輩も居るだろう」


 意味を捉えられずに首を傾げる。

私だけでは無い筈だ、祐筆として御仕えているのに何を今更。

書体と筆跡は手本である父上に似せている。

故に、女性としては雄雄しく力強い筆跡だ。

比べるならば、政宗様の御手こそ優雅で華美な書だろう。

上背高く、幽玄たる佇まいに纏う色気に捕らわれた。

含んだ政宗様の笑みが、私を見下ろす。


「言っていなかったなが、雛姫……ほ…な……」

 

「……え、ぇ?」


 今何と仰ったのだろう。

我が耳に拾うことが出来なかった。

辛うじて語尾を聞き取れた位で、困ってしまう。

困惑気味に眉を寄せ、私は面前の政宗様を見上げた。


「あの、聞こえません……で、申し訳ありません」


 据えられた眼力に、頭を下げて許しを願う。

秀麗な御顔立ちを揺れ隠す茶色の髪、炯炯たる眼と交わる線。

質素な服装ならば尚、政宗様の存在感を増長する。


「知らない為らば、此れから知れば良いだろう?」


 奥州の覇者が傍らにて優雅に笑った。


 




-成駒-将棋で相手陣に進むと裏返して駒を使う行為(例、角行→竜馬)難しい例えで御免なさい、主人公に政宗様が付けた愛称の事もありまして無理矢理です。


-紅脛巾-黒脛巾が男性の忍びなら「くの一」は紅かなと。

そしたら、某一般文芸の歴史小説で活躍してんだな……。


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