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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
弐章
18/51

梅桃の佳人を待て 02

 語り足りなく思ったが、弘子様とて業務途中。

後にゆっくり話そうと、互いが約束し手前の廊下でお別れした。

部屋に戻り、待ち構えていた鬼庭様に廊下での経緯を御話する。

 やはり、喜多に釘を刺された同文を述べられた。

御二人揃って同じ反応、流石は母親は違えど御兄妹だと思案する。

すると、鬼庭様が思わぬ提案を上げた。


「申し訳ありません、男所帯のため気が回りませんでしたね。

 専属の侍女をお付けいたします、今後の用向きは其方に頼んで下さい」


 その申し出で自己嫌悪に陥る。

自分の軽率な行動を恥じ、恐縮と頭を下げ。


「専属の侍女ですか、何やら申し訳ない気が……」


 祐筆として仕えて十三日目になる。

これまで、父上や成実様が足繁く部屋を訪れてくれた。

その度用向きを御尋ね下さる為、私は不便は感じず過していた。

けれど、喜多や鬼庭様の指摘で初めて気が付く。

父上や成実様が同席なくては、確かに私は何も出来ない。


「政宗様に了承を得てからに為りますが……。

 ですが、間違いなく私が配慮至らぬと叱られましょう」


 彼の君が御顔が浮かび、肩を落して呟いた。

声を荒げ叱咤する姿、今は思い浮かばぬが現実となろう。

だが、私の所業で父上の御名を落す要因になる。


「至らぬのは私とて同じで御座います。

 今日も登城途中、再度軽率な行動を執らぬ用に注意されたばかり」

 

「そう気を落されずに。留守殿が怒るとは、私には想像が出来ませぬが……」


 鬼庭様と、それぞれ叱られる事前提で言葉を交わす。

後先を考えると益々気が滅入るものだと、互いに思って。

ふと、近寄る気配に顔を上げたる。

思わず口を吐く。


「此方に、何か御用なのでしょうか……?」


「その様ですね。

 先ずは紙を散らしていますから、片付けなねばなりませんな」


 * *


 足高と響く音が向かう先。

確認せずとも相手が判り、鬼庭様が書類を脇に寄せ始めた。

私も続きて、己が文机の書類を調える。


「随分と湿気た面しているな……さては、この暑さで呆けたか?」 


 間もなく登場なされた御当主。

簾の下りた廊下に、仁王立ち成られている。


「これは政宗様、何用でござりましょう?」


「雛姫の仕事振りを覗きに来たんだが……。

 何だ、勤勉とは言い難い状況ではないのか、二人とも?」


 声高と咎めて、部屋に入ってた政宗様。

当主の登場に、鬼庭様が席を譲る姿へ私も倣う。

己が直ぐ側を通りて上座に向かう御姿を確認した。

居住まい正し、揺るやかと頭を下げる。

見計らいて鬼庭様が誤認を正す。


「何を申されますか、政宗様は……。

 午前中の執務が終わりました故、丁度一服しようとした処です」


 上座に腰を下ろすを見計らい、鬼庭様が一服を御勧めする。

頭を下げながら、私も習いて政宗様に事を述べた。


「水菓子も程なく届く筈、政宗様も御一服を是非」

 

 全くと秋波に艶を含まぬ、茶の誘い文句。

顔を上げて、政宗様の人相を確認しようとし……。

私は、胸元を肌蹴させ扇で仰ぐ御姿に思わず目を逸らした。

普段から身形に人一倍気を配り、洒脱な装いをなさる政宗様。

今日の暑さには大分堪えたらしく、随分な着崩し様で弛め寛ぐ。

鬼庭様の呆れた声が上がった。


「政宗様、蒸し暑いのは分かります、が!!

 寛ぐにしても、もう少し身形を御整えて出歩き下さいませ。

 片倉殿が見たら何と申しましょう、嘆かわしい……」

 

 同じ思いを鬼庭様も懐いたらしい。

私も激しく同意だ、コレは駄目だろう。

父上は基より、成実様の上半身すら見た事ない私。

この様に男性の胸板を直視する現状に、免疫など持ってない。


「綱元も小十郎と同じ事を言うんだな……。

 俺よりも、咎めるならば成実の方ではないのか?

 この暑さに嫌気がさし、上半身裸で彼方此方へ出歩いているぞ」


「何と、何と行儀の悪い……」


 米神を押さえ、呟き唸る鬼庭様の御背中。

私は苦笑いが零れ、此の情景を眺めて思うのだ。

この御方も、神経質な御気質故に更なる苦労を背負っていると。

今後も益々と難渋する様が伺える……。

少々、鬼庭殿の気苦労をおもんばかりて言葉を発した。


「米沢は盆地故に、風が動かず熱気が篭りますから。

 この暑さでは、確かに少しでも涼を求めたくなりましょうね」


「……ほう、雛姫は話がわかるな」


 同意を得たと、政宗様は更に胸元を肌蹴させる。

弛めた小袖も筒袖の単下着もが、全く用を為さない御支度。

丸見えの胸板は、汗ばんでおり過剰と色気を振り撒く。

直視できにぬ、正面から政宗様の御姿を拝見など出来はしない。

私の視界と脳内妄想がグルグルと回り出した。 

この所業を御諌めしなくては……。


「暑さゆえの着崩しは理解出来ました、が……。

 政宗様には、小粋で瀟洒な装い方が似合うかと思います」


 一瞬の空白が部屋に置かれた。

そして、鬼庭殿の弾けた笑いが部屋に響く。

政宗様の炯炯たる眼光と、私の虚を突かれた視線が直に交わる。

鬼庭様の御姿を介し。


「可愛らしい従妹殿の御願い、政宗様は必ずや聞届け下さりましょう。

 雛姫様の嗜め具合は片倉殿並み、真に見事な諫め具合です……」 


「成実といい、綱元も何故に雛姫の肩を持ちたがる?」


 政宗様の眉間に皺が生まれた。

気分を害されたのか、苦み走った表情だった。

秀麗な御顔立ちが歪むのを目に捉え、私は小さく畏まる。


「さ、差し出がましい物言いでした。

 申し訳ありません、お許し下さいませ……」


 額づく私を見下す威圧感。

視線は途切れたまま、ただ身体を強張らせた。

ふと、上座から突然立ち上がる気配。

政宗様が、勇み足で廊下へと向け歩き出していた。

部屋に背を向けたままの御姿で、硬質な声で私に命じる。


「そう……オマエが頼むのならば、着替えてやっても良い。

 休憩中ならば、此所から連れ出しても文句はでなかろう……な、綱元?」


「はい、何も申しませぬよ」


 指名を受け、促されて私は立ち上がる。

小袖の裾を払い押さえ、無様にならぬ様に緩やかと。

先に進まれた政宗様を追い、裾が跳ね踊らぬ様に注意して。

当主が御背中から、三歩半を空けて廊下を行った。


 * *


 雛姫を背後に回させ、悠々と着替える。

身形を注意され多少腹が立った……が、まあ良い。

思わぬ好機に乗じる事が出来た、気持ちがよい位だ。

着替えの手伝いなど、喜多や他の侍女等に命じるは容易い事。

だが、祐筆として仕える雛姫。

余程の用向きが無い限り、部屋からは滅多に出歩かぬ。

構いたくても、俺と成実とは立場が違う。

体裁を気にし中々足を運べずにいた。


「祐筆の仕事には大分慣れたかな?

 小十郎や綱元が口を揃えて褒めていた、女であるのが勿体無いと……」


 背後を振り返り、雛姫の目線に合わせて腰を屈め落す。

青黒く艶やかな瞳が、俺の視線を真っ向から受け留めた。

白い肌を仄かに染め笑む。

淡く紅を刷いた唇が秘めやかと吐息をもらした。


「片倉様や鬼庭様から御褒めの言葉を賜るなど、大変光栄な事です」

 

 柔らかな笑顔を浮かべる。

はにかみ恐縮し頭を下げる姿勢。

慎み深いと言うか、謙虚な物言いが彼女らしかった。

優しげな萌黄色の小袖を身に纏い、俯く睫毛が目元に影を映す。


「……はッ、成実には勿体無い」


 低く呟き、合わせ目を正して帯を受け取る。

英雄色を好むとは、よく言ったものだ。

地位に名声、富や権力を得れば、次に欲するのは美女であろう。

可憐にて華奢、風情は儚げな見本の如き女。

それが、直ぐに手の届く範囲に居る。

己の面前に存在するのに、直ぐには叶わない。

我が従弟の婚約者、成実の後妻などと納得出来ぬ。

 出し惜しみした叔父の政景を恨もうか。

為らばと、雛姫を室に迎える良案は無いか……。

悶々と邪まな思いが次々と沸き立つ。

祝言を挙げる前に、事を起こさねば手遅れとなろう。


「先日、最上様の御紹介で保春院(於東の方)様とお逢い致しました。

 父上と祖父(月舟斎)、養嗣子である義康殿と同席してで御座いますが……」

 

 思いもしない発言に驚愕した。

俺は慌てて、雛姫と向き合う。

沸き立っていた良案と思いが一瞬にして萎え逝る言葉。

我が母、保春院の名が上がったからだ。


「あー頼む、俺の前で鬼母の話をするな。

 思いっきり気が滅入る、仕事をする気力も無くなる程だ」


「あ……ですが、保春院様は激励の御言葉を下さいまして。

 私が斯波家所縁、黒川の外孫と知って何かと心を砕き下さり……」 


 心密かな思いを打ち消す、強烈な一言。

渾身の一撃とも思える事実に憂いも覚める。

雛姫の生母は、黒川氏の出身だ。

自分の母と同じく三管領職、斯波家を祖を持つ一族に繋がる。


「つまり御前は、成実より俺と血が近いって事か?」


「……そうなりましょうか」


 優越感が沸き起こる。

成実よりも、奥州の独眼竜である己と雛姫が二重に血が近しいと。

それは遠縁とは言え同じ血の道、両親に繋がるモノ。

 突と、一瞬だが身震いを起こした。

奥羽の鬼姫の如く戦場に割り入る、男勝りの武芸と才智を秘めているかと。

疑問が疑心に代わり視線を落とす。

雛姫は、俺の面前に膝を突き、一心に単の合わせを整えていた。


「はい、御支度が整いました。

 政宗様の男振りが益々上がりましたね、素敵な装いです」


 支度の出来栄えに笑み、俺を見上げる。

誇らしくらしく己を称える雛姫の姿が、酷く眩しく可愛らしく思えてきた。

秘めた蕾の存在。

姿を例えるなら、華麗な富貴花の様相だろうか。

王者の傍ら在るに何の遜色無く、誇る百花を思い浮かべた。



牡丹の別名、花王・花神・富貴草。

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