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華胥の国に遊ぶ  作者: 柴舟
壱章
13/51

百合は蒼穹を仰ぐ 05

 日暮れて涼やかな風が流れる屋敷内。

政宗様等が集う広間より退出して後、私は一息を吐く。

主の帰宅と急な来客が重なり、留守家の米沢屋敷は慌しい。

高森城から連れて来た侍女等をも駆り出し、夕餉の支度がなされている。

父上は未だ来客たる政宗様一行をもてなしていた。

先に下がった私は、今晩より住まう部屋で荷を解き始める。

私は、美津へ先程決まった事柄を伝えた。


「片倉様より正式に命が下ってね、三日後には城に上がる事になったよ。

 父上が仰られていた通り、私は祐筆として仕える……」


「それは嬉しい事で御座います。

 雛姫様が幼少の頃より熱心に書を学んだ成果で御座いますから」


「それと父上が敬愛する御当主から、直々に贈与を御約束頂いたよ。

 とても雅な物腰の御方でね、戦場で刀や采配を振るう御姿は想像出来ないか、な?」


 伴った重臣に付いて、あえて言葉を控えた。

高森から連れて来た侍女等らが、城下の雰囲気に馴染めるか些か心配し。

まあ、私としては美津の感想が直接と知りたい。

彼女は人を見る眼がある。

母上も侍女の人選や采配を一任する侍女頭。


「御姿と武勇の噂は一致しないと、姫様は申されるのですか。

 ならば、御当主の従兄弟で在られる成実様も同様で御座いましょうか?」


「……さあ、それは分からないな。

 残念な事に、本日はお会いする事が叶わなかったからね」


 そう、許婚である成実様は同席していなかった。

父上を訪ねた表向きの用件は判らない。

推測だが、其々の別途用事向きが重なっての事と思われるが…。

しかし、重臣たる伊達三傑を二人も引き連れ、城下に出るのは流石に拙いだろ。

不用心とは言わぬが、城に残された人が哀れに思える。


 *  *


 政宗様に御目通りが叶った事で、一つ試したい事が出来た。

そう、有名なアノ逸話である。

祝いの品に馬を願った事も在る、丁度良い悪戯だろう。

単なる約束の印として小指を絡める程度。

まさに、大人の戯れである。

茶目っ気を汲んで欲しいのだ。


「美津に頼みたい事がある。

 屋敷内に馴れず申し訳ないのだが、探し出して欲しいモノがあるんだ。

 父上が明日登城するまでに準備しのだが、御願いできるかな?」

 

 入手してもらいたい品名を告げれば、案の定小首を傾げられた。

しかし、害にも毒にもならぬ、我が願いを聞きて渋々了承し、楚々と部屋を出た美津。

そして、程なくして頼んだ品を持ち戻って来た。

ただ渡すにしても味気ない……。

私は、括れた胴体に青の組紐を結わえた。

うん、形に見栄は悪くない。


「あのー姫様。何故にソレが必要なのでしょう?」


「うん、明日父上が帰宅なされば判ると思うよ」


 納得が付かなぬ美津が様子だが……。

私と政宗様が理解出来れば其れで良いのだ、事足りるのだ。

一人悦に入る私を見つめ、美津は斜めと首を傾げた。

 先程から玄関先が何やら騒がしい。

そろそろ当主様一行が御帰宅なさる頃合か。


「私は部屋に留まるよ。

 美津は御当主様や重臣の方々を一目見ようとは思わないかい?

 揃って御姿を見る機会等は早々無い、良い機会だ……いってらっしゃいな」


「……よろしいのでございますか?」


「私の事は気にしないで行っておいで。

 後で皆に自慢したら良い。百聞は一見にしかず…と、思うしね」


 美津が足早に去って行く。

以外に、彼女は野次馬根性逞しい。

是非とも若き御当主の感想を聞きたいものである。

彼等の姿をどう評価するか楽しみだ。

 部屋に残り想いを馳せていたが、思い出す。

泣き虫で心配性の母上に文を書かねばと。

出立前に駄々を踏んだ母上、さぞ御心配しているに違いない。

無事に米沢へ入った事を報告しなければ。

明日にでも八房に頼もう。

文台に向かい硯箱を開け、墨を磨りながら母上宛の文面を考える。

道中の徒然、メインに伊達家御当主との対面か。

筆を持ち、父上に似た筆跡の文字を連ねる。

城に残った侍女が手を拱く前に、米沢城下や御当主の事も知らせるべきだろう。

文が大分長くなってしまいそうだと、紙に筆先を滑らす。

ふと、人の気配に私は振向むいた。


「何かありましたか?」


「御寛ぎの所失礼いたします。

 殿が夕餉を御一緒にと御呼びになっておりますが……」


 屋敷内の喧噪が静かとなっている。

既に御当主様方は御退出なされ様だった。

美津は間に合い御姿を垣間見れだろうか。


「直ぐに参ります、美津は後にでも来てくれるだろうか?」


 廊下に控えた侍女に返答し席を立つ。

文は書き掛けだが仕方ない、父上を待たせるなど失礼極まりないから。

筆を置いて立ち上がる。


「姫様は伊達の御当主様と御面会なされたのでしょう。

 どの様な御方でしたか……?

 高森から参った者は目通り叶わぬ故、憶測で御姿を想像していたのです」


「やはり、御当主様が気になる?

 私はとても優雅な物腰の御方だ……と、そう思ったけれど」

 

 高森から連れてきた侍女が聞く。

興味津々の眼差しで、私が放つ言葉を待っている。


「優雅な物腰ですか、奥州の独眼竜と称される御方が?」


「本当に見目麗しい殿方だったよ、思った以上にね」


 一見、長身で整った御容姿。

隻眼なのが勿体無いと感じる秀麗な御顔。

それは、逆にとても人目を引き印象深く脳裏に残った。

やはり父上の血縁者は美形だ。

 此は期待しても良いのだろうか?

御両親双方が全て伊達の血族の、我が婚約者殿に。

少なくとも標準以上、彼の御容姿にも期待が持てそうである。

未だ見ぬ御当主の御容姿を想像する可愛らしい侍女、傍らにて私も微笑んだ。


 *    *


 灯火で照された部屋に、食事の用意が整っている。

しかし、父上は一人廊下で佇み涼んでいた。

夜目にも判る高揚した御顔に疑問を持ったが、交わした言葉に納得する。

穏やかな父上が興奮気味と、饒舌に語る今日の珍事。


「雛姫、急な面会を強いてしまい驚いただろう…まぁ、私も驚いたよ。

 あの気難しい政宗様が、終始機嫌良く会話をなさる御姿など滅多にない事だから。

 お前との対面が余程楽しかったのか、後は益々饒舌になられてね」


「虎哉禅師と所縁ある私を、とても気に入って下さった御様子で……」


「虎哉禅師が絡んでらっしゃるのか?」


 腕を組みホウホウと頷きながら座敷へと移動する。

侍女に白湯を運ぶ様頼み、私は御給仕をする。

後ほど彼女等と一緒に夕食を取るので、私は食べない。

食膳に座る父上へ、折敷と呼ばれる縁つきの角盆に載せた茶碗を渡す。


「父上は御忙しくてらっしゃる。

 休まる暇など無いように思いますが、大丈夫なのでしょうか?」


「確かに疲労は感じるが心地よい疲れ具合だ、食も進むしね。

 心労が重なる片倉殿に比べれば大した事は無い、私よりも鬼庭殿等が心配になるよ。

 外交に内政、政宗様の世継ぎ問題で休まる暇も無いだろう」


 黙々と御飯を咀嚼する父上、その御顔を凝視した。

成実様と私の縁談が急ぎ取り決められた原因は、御当主の事遭ってか。 

 此処で、蟠っていた一つの疑問が喉を突いた。

一つしか歳の違わぬ成実様が、今更に御正室を娶る事に付いてだ。

この縁談は唐突過ぎて、訝しいモノであると。

表向き実子として嫁ぐも、母上に知らせる事なく急に婚儀が決まった理由。

示唆される事柄と符合する背景。

反対を恐れたか、何かを隠すための工作か……。

視線を感じ、箸を休め私を見つめる父上。


「納得しました、一門の繁栄と安泰を考えれば……の、意味が」


「……雛姫は本当に聡くて困るな。

 それを狙い縁談を持ち上げたのは、国分殿と鬼庭殿だ。

 しかし、私と実元殿は一門の良縁を喜んだのもまた事実、成実殿が未だ一人身だからね」


「ならば、一つ確認させて下さいませ。

 心積もりもあります故に、包み隠さず知りたく思います。

 私は成実様の後妻で御座いましょうか……?」


 空となった茶碗を父上は膳に置いた。

白湯の催促を受けて茶碗に注ぐ、その様子に眼を細め父上が息を吐く。


「……そうだ、雛姫は亡くなられた亘理氏の後に入る。

 なぜ其れを知ったのかは聞かぬが、雛姫は本当に…聡い、怖いほどにな」


 史実と微妙に違うにしても、母上の態度が最大のヒントだった。

私に婿を取り留守家を継がせる、それが約束だった……と、言い切っていた。

最も憤ったのは、私が後妻に入ると判ってからだろう。

正室であった留守氏の姫君が亡くなった為、母上は後妻として父上へと嫁がれた。

仕方無しに納得した母上の心中、約束を反故され憤った訳。

それなりの理由を考え、考え至るのは当たり前だ。

 沈黙した私を見つめ、父上が口を開く。

成実殿と亘理氏が添ったのは僅か一年。

御子は居らず、御正室が病で急逝し来年で二年経つと。


「親馬鹿故に、雛姫を祐筆に推挙したのは……私だ。

 しかし、それが成実殿との婚儀に結び付いてしまい一番悔やんだのも私」 


「……私は、父上や母上の様な、人も羨む鴛鴦夫婦となれましょうか?」


「案ずるな、断言しても良いぞ。

 成実殿は雛姫の事を大切にするだろうよ。

 私に乙竹、祖父たる黒川殿までが常に目を光らせる…。

 粗末に扱ったら直ぐにでも、手元に戻すと脅して来たからな」


 情に深い留守家当主に家中の面々。

親子の感動的な会話を、控える侍女と家臣は黙って聞いていた。

だが、ある者は堪えきれずと、着物の袖で目尻を押さえている様子。

此処に虎哉禅師が同席したのなら、間違いなく畳に突っ伏し爆笑するに違いない。

人に説法をする高僧でありながらシリアスが苦手な御方。

私は心の中で一人泣いて滑稽だと独り笑った。

 貴重な体験の数々。

混迷する私を支え、守ってくれた美津と喜助。

資福寺に匿ってくれた虎哉宗乙禅師、面倒を見てくれた寺の皆々。

私を養子に迎え、育ててくれた政景様と乙竹様。


「そうでした、私には父上や母上。

 他に、留守家中の皆々が付いています。

 なれば、心配や不安など恐れるに足りません」 


 父上に視線を置き、控える家中に心意気を唱えた。

先に侍女等が笑い出し、間を置いて父上と私も微笑む。

   

   *    *


 就寝前に美津と伊達家臣の感想を話し合った。

確かに、心一物無く御当主第一の忠臣と断言し合って。

 そうなのだ、史実でも大河ドラマでも言い切れる事。

伊達家は、政宗様は……本当に、有能な家臣に恵まれている。

その事実、その忠義が随所と。

家臣の名前は覚えていないけれど……。

確かに居るのだ、謀反を起こした実子を処罰し忠義を貫いた家臣が。

人質として敵地に残った家臣もいた。

忘れもしない、輝宗公に殉死した遠藤氏の姿。

そして、至誠の武人団が多くそろっている。  

もちろん父上の留守政景様だってそう。

史実と多少食い違うこの歴史にしても、それは疑う必要の無い事実。

御当主様は本当に、人事に恵まれている……。


成実様の御正室・玄松院(亘理重宗公の女) 

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