二、
放課後の教室。
特に用がある訳でもないけれど、この静けさが好き。
誰もいないこの空間で、私は机に座って読書をするのが日課やった。
読書に没頭する間だけは、全てから逃避することができる。
ただそれだけの理由。
開け放った窓から、ひんやりとした風が入ってくる。
1人は別に寂しいなんて思ったことはない。
むしろ、1人の方が楽や。
人になんと言われようと、1人でいい。
人と馴れ合うのは好きじゃない。
自分を作ろうなんて思わへんし、作りたいとも思わへん。
誰も信じひんし、誰も信じたくない。
裏切られるのはご免や。
だから、私は1人でいい。
パタパタパタ・・・
廊下を走る軽い音が響く。
やがて、その足音は教室の前でピタと止まり、
ガラガラとドアが開かれる。
ハアハアという可愛らしい息遣い。
私はふと顔を上げる。
「あ、えと・・・。」
篠原雪美。
小さな体で長いウェーブがかった髪。
ピンクに染まった頬。
私は再び本に視線を落とす。
誰が来ようと関係ない。
「えと・・・。」
「何か忘れもんしたんやろ。入れば。」
相変わらず目線は本の活字を追っているけれど、教室の入り口からなかなか動こうとしない雪美が気になって、思わず言うてしもた。
おそるおそる自分の机の中前に移動した雪美は、ごそごそと机の中に手を入れてまさぐった。
でも、机の中は空洞の音。
どうやらお目当ての物が見つからない様子。
「あれっ、あれっ、ない・・・・。」
困ったような声でとうとう、持っていた鞄を床に引っくり返して探す始末。
ああ、全然本に集中できひん。いい迷惑や。
はあ。
溜め息が思わず漏れる。
「騒がしい子やな、あんた・・・。何探してんねんな。」
本をパタリと閉じて、屈み込んで必死に探す雪美にやっと目を向ける。
「あのな、大事なキーホルダーがないねん。携帯につけとったんやけどな、知らんうちに千切れてしもててな・・・。」
何やこの子、今にも泣き出しそうやんか。
眉毛が八の字になってしもとる。
「携帯?そんなんどっか道で落としてしもてるんと違うか?」
何をそんなキーホルダー如きでそんな泣きそうにならなあかんねん。
ほんまにこんな子の気持ちがわからへん。
「どうしよう・・・。」
言うてる間にボロボロ泣き出しよった。
はあ。
「そんなに大事な物やったん?」
私は、仕方なく机から降りて、雪美の散らかした荷物の前まで来てやった。
雪美はこくこくと頷いている。
「一体なんやの?どんなやつ?」
「ピンクでな、これくらいの丸い石やねん。
それでな、そこにイニシャルが彫ってあるねん。」
ひっくひっくと肩を揺らしながら、雪美はキーホルダーの大きさを指で示した。
ちょうど、ビーダマぐらいの大きさか。
「きっとここには無いわ。他に心当たりないん?」
ふるふると首を横に振る。
「もしかしたら、校内でおとしてるんかもしれへんな。
一緒に探したるわ。」
雪美は目を丸くしている。
「え、いいの?」
何でこうなってしまったんやろか。
ほんまは、こんな面倒臭いこと大嫌いやねんけど、横でピーピー泣かれたら、本にも集中でけへんし、しゃあないわ。
そんなこんなで、何でか、私は雪美とキーホルダー探しをするはめになってしまった。
雪美って、なんかようわからんやつ。




