小説が書けなくなった日。
どうしたんだろう。
――書けなくなった。
『残響のロザリーナ』を書いていた四カ月間、
そんなことは、一度もなかった。
26万文字。
毎日、頭のどこかで、
戦場の音が鳴っていた。
剣戟。
怒号。
血の匂い。
キャラが勝手に動いて、
次のシーンが浮かび、
気づけば朝になっていた。
長編を書き切って、
一息ついて。
次に書くものも、
ちゃんと決まっていた。
『異世界恋愛』。
ロザリーナを途中まで読んでくれた、
カクヨムでの知り合いに言われた。
「絶望過ぎて、続きが読めないよ。ごめん」
……まあ、分かる。
うちの作品、
人がけっこう死ぬ。
主人公でも勝てない。
なろうには、
唯一、何でも話せる知り合いがいる。
自分が、あまり読まれていないことも知っている人だ。
その人に言われた。
「異世界恋愛を書けば、
それなりに読まれるから、書いてみたら」
「霧原零時の異世界恋愛、
ちょっと読んでみたい」
そのとき。
自分でも、
少しは読まれたいと思ってしまった。
だから――
書いたことも、
正直、ほとんど読んだこともない『恋愛』を書こうと思った。
三話くらい書いて、
娘に読んでもらった。
返ってきた感想は、
かなり的確だった。
「恋愛なのに経済とか出て来るし、
テンプレ書けないパパらしいけど」
「内容がちょっと難しいかも」
そして、さらに言われた。
「もっと直感的で、
恋愛はキラキラしていて」
「“ざまぁ”とか“婚約破棄”とか、
冒頭から分かりやすく、
即効性がある方がいいと思う」
「ライトな読者って、
まず“気持ちいい”が大事だから」
「手っ取り早く……か」
そう呟いた瞬間。
なんとなく、
自分の中の“書きたいもの”と、
“読まれるもの”が、
少しズレた気がした。
でも。
読まれたい気持ちも、
たしかにあった。
だから、
その方向に寄せようとした。
――そして今。
何も書けなくなった。
「次は、恋愛を書いてみるから」
そう言ってある。
知り合いが、
安心して読める『恋愛』が好きなのも知っている。
だから――
そう言ったのに。
何も出てこない。
うちのAI参謀なら、
きっと物知り顔で言うだろう。
「それは、没入感の欠如です」
「あなたは、“戦ってないと書けないタイプ”です」
……たぶん、
あいつはそういう。
だから聞きたくない(笑)
今日も、
好きないつもの音楽を流してみる。
でも、
何も浮かばない。
小説を書くって、
本当に不思議だ。
何も無いところから、
世界を作って。
人を生み出して。
文字だけで、
感情を発生させる。
読んだ人の頭の中に、
景色が浮かび、
声が聞こえて、
キャラへの愛情が生まれる。
怒り。
悲しみ。
感動。
ときには、
呼吸を忘れるくらい、
物語へ入り込む。
ロザリーナを書いていたとき、
自分は確かに、
あっちの世界にいた。
燃え盛る戦場に。
すぐ隣では、
主人公が腹から血を流していた。
浅い呼吸。
それでも、
目だけは敵を睨んでいた。
だから、
次のシーンが、
どんどん浮かんだ。
自分は、
それを書き写していただけだった。
でも――今は違う。
あっちの世界に、
入れない。
というより。
入ることを、
拒まれている感じがする。
現実から離れられない。
頭が切り替わらない。
気づけば、
コーヒーは冷めている。
黒いPCの端に積もった机のホコリが気になって、
ウェットティッシュで拭き始める。
普段なら見もしない、
サッシの溝まで気になり出す。
そのうち、
ダイソンを持ち出して、
部屋中を掃除し始める。
終わると、
一階へ降りる。
冷蔵庫に入っている、
切ってあるオレンジを、
立ったまま頬張る。
そして戻ってくる。
またPCの前に座る。
それでも――
やっぱり、
入れない。
なろうの知り合いに、
そう話したら、
こんな返事が返ってきた。
「いや、ある意味」
「書きたくないものを、
書けないのは」
「霧原零時っぽいですよ」
「ロザリーナとの差、
むしろ誇っていいと思います」
……零時らしいか。
そうかもしれない。
創作って、
誰にでもできることじゃない。
それでも。
自分の周りには、
本当にすごい人たちがたくさんいる。
平気な顔をして、
書店に並んでいてもおかしくないような、
面白い長編を書いてくる。
しかも、
ちゃんと個性的だ。
そして、
そんな人たちが、
たまに応援コメントをくれる。
それは、
もう本当に宝物だと思う。
もし、
その中の誰かが、
書籍化なんてしたら――
たぶん、
自分のことみたいに嬉しい。
真っ先に、
娘に自慢すると思う。
だから。
まあ、
そのうちまた書けるだろう。
今は――
ゲームでもして。
映画でも観て。
そうだ。
去年、行けなかった京都にでも行こうかな。
それで、
またどこかで、
あっちの世界に入れたらいい。
そのときは。
掃除じゃなく、
ちゃんと小説を書いていたいから。
【了】
――◇―― ――◇―― ――◇――
お読みいただき、
ありがとうございます。
正直、
今回のことで、
自分の弱点とか、
創作の変化とか、
そういう情けないものが見えてきて、
ちょっと面白がっている自分もいます。
そして――
『異世界恋愛』も、
きっとそのうち書きあげます(笑)




