後編
この作品は霊式兵器シリーズ 霊式戦闘機迦楼羅と世界観を共有していますので、そちらを読んでいると更に理解が早いと思います。
4. 救済の光
成層圏
高度1万9000m
坂本は寿命変換装置に手をかけた
(寿命、接続…高度2万……地球ってのはこんなに青くて綺麗だったんだな…ナミちゃんにも見せてやりたかった…)
マニ車が逆回転し、坂本の体から「生」を吸い上げ、機体全体が巨大な曼荼羅の光に包まれ、暗黒の空を黄金に染め上げた。
坂本の黒々とした髪が白髪へと変わっていき、身体が透けていく。
「重力も、絶望も、もう感じない。ただ、ナミちゃんが握り飯に入れてくれた梅干しの酸っぱさだけが、遠のく意識の中で最後まで鮮明だった」
白銀の髪をなびかせ、霊体へと昇華した坂本と震電廻は、ソ連の超重爆の編隊を、その魂の根源から「救済」するように貫いた。
成層圏に、一瞬だけ巨大な蓮華の花が開く。
死神たちは、その光に触れた瞬間、ようやく「死」という安らぎを与えられ、霧散していった。
5. エピローグ:風のゆくえ
朝焼けが、帝都を照らす。
人々は空を見上げ、昨日までの呪いが消えたことを喜んだ。
だが、そこには一機の戦闘機も、一人の英雄も、帰っては来なかった。
静まり返った飛行場で、ナミは一人、真っ白になった髪を風に靡かせ、マニ車を回していた。
「……坂本さん。見てください……世界は、こんなにも、綺麗ですよ……」
成層圏に残された黄金の航跡。
それは、大日本帝国という国が最後に見た、もっとも美しく、もっとも罪深い、弔いの調べであった。
(完)
あとがき
霊式過給機「廻」の演算結果について
本作に登場した『震電廻』の中枢には、従来の兵器にはない特異な理が組み込まれている。
ソ連側の超重爆『マレ』が、数万の命を「燃料」として浪費し、その巨大な質量(呪い)で帝都を圧殺しようとしたのに対し、坂本中尉の放った一撃は、計算上、わずか「薄紙一枚」の差でそれを上回った。
これは、命の尊さに貴賤があるからではない。
奪われ、バラバラのベクトルで霧散した数万の「負の積算」よりも、たった一人の意志を核として、周囲の祈りや覚悟が一点に収束した「正の指向性」の方が、霊素力学における瞬間的な熱量出力において勝ったという、数理的帰結に過ぎない。
だが、その光は単なる破壊の熱量ではなかった。
坂本が自らの寿命を鍵として因果律をこじ開けたとき、システムは彼を『救済の菩薩』へと書き換えたのだ。
黄金の曼荼羅と化した震電の光は、帝都を救うと同時に、マレの内部で呪いの部品として浪費されていた数万の魂をも、その苦しみから等しく解き放ち、彼岸へと導く「引導」となった。
救済のために、人であることを辞める。
その非情なシステムが弾き出した「薄紙一枚」の勝利。
その代償として失われた一人の若者が歩むはずだった月日は、今の我々が仰ぎ見る、この空の青さの中に静かに溶けている。
それが、この『霊式兵器シリーズ』が記録した、ある夏の日の「計算結果」である。
登場人物紹介
坂本中尉
【霊式戦闘機パイロット】
帝国海軍のテストパイロット。ひょうひょうとした性格で、死地にあっても冗談の口にする不敵さを持つ。しかし、その内面には散っていった戦友たちへの深い鎮魂の想いを秘めている。
『震電廻』の寿命変換装置により、自らの「未来」と引き換えに帝都を救う「救済の菩薩」へと昇華した。
ナミ
【霊素調整官 兼 整備員】
空技省に所属する、元尼僧の少女。マニ車が刻む「徳」を色として視認できる稀な感応能力者。
愛する坂本を死地へ送る機体を、自らの手で「棺」として組み上げるという矛盾に満ちた業を背負う。
基地司令
【震電開発計画 指揮官】
武士の矜持を重んじる古風な軍人。若き二人に残酷な運命を強いる自らの職責に深く苦悩する。坂本の離陸を見送った後、けじめとして切腹を遂げる。その壮絶な最期は、一人の若者を死地へ送った男の、剥き出しの「誠意」であった。
登場兵器紹介
局地戦闘機『震電改・戒・廻』
【帝国海軍:霊式十八試局地戦闘機】
• 特徴: エンジン後方配置のエンテ型形状。機首に高周波駆動の「人工学 結晶マニ車」を内蔵。
• 特殊装備: 増速装置(戒)空の英霊達の無念を刻み込んだ霊素合板を機体の霊素噴出孔に直結し、未練の炎で加速する業の深い装置
寿命変換装置(廻)パイロットの残存寿命を直接霊素に変換し、因果律を書き換える。
• 外観: 最終形態『廻』では機体全面に黄金の曼荼羅が浮かび上がり、成層圏において物理法則を超越した機動を見せる。
超重爆撃機『ツポレフ・マール(Т-Мар)』
【ソビエト連邦:呪力積層型爆撃機】
• 特徴: 日本側呼称「マレ」。高度2万メートルを飛行する「空飛ぶ収容所」
• 動力: 内部に収容された数万人の死霊の怨念を「燃料」として消費する。
• 脅威: その巨大な質量と怨念の防壁は、通常の兵器では接触すら叶わない。存在そのものが「動く地獄」であり、帝都を絶望の海に沈めるべく飛来する。




