夏日
これは、私が夢の中で見た情景をもとにした物語です。
夏の日差しの下に潜む冷たい影、そして「死」を告げる紙片。
予告された運命の前で、人は何を感じ、何を守ろうとするのか。
現実と夢の狭間で紡がれる一夜の記録。
静かに、しかし確実に迫り来る「三日後の死」をご覧ください。
夏日
真夏の午後、灼けつくような陽射しの下、姉と私は街角の小さなカフェに腰を下ろし、冷たいアイスクリームを口にしていた。その光景は、まるで子供の頃に使っていた朝光色のノートの表紙のように、どこか幸福な絵柄の一場面に見えた。
姉は新婚生活の話を楽しげに語り、私は相槌を打ちながらその笑顔を眺めていた。
だが、その和やかな時間は、突然現れた異様な人物によって裂かれた。
道の向こうから、氷のように冷たく、こわばった表情をした男が歩いてくる。彼は手に一枚の鮮やかな印刷物を持ち、それを無言で壁に貼り付けた。紙質は上質で、視線を逸らすことができないほど、妙に際立っていた。
私と姉は好奇心から一瞥をくれただけだったが、そこに印されていた文字を見て、心臓が凍りついた。
「香月◯◯、◯年◯月◯日、◯◯にて殺害される」
姉は冗談めかして笑い、「あんた、殺されるかもよ」と軽口を叩いた。私は「名字が違うじゃないか」と返したが、胸の奥にじわじわと不安が広がっていく。記されていた日付は、三日後。
さらに私を震えさせたのは、数日前にインターネットで偶然見つけた書き込みだった。
そこにはこう記されていたのだ。
「香月◯◯、◯年◯月◯日、◯◯にて殺害される」――その名は、まさに私の姉のもの。そして、その日付は「今日」だった。
胸に走る不安は、低空をかすめる燕の影のように心を撫で、暗雲の垂れ込める空の下で私を包み込んだ。
信じたくはなかった。世に「香月」という姓の人間などほとんど聞いたことがない。きっと他人のことに違いない。だが心のどこかでは、逃れられぬ予感を抑えきれなかった。
家業の中華食堂へ戻ると、二階から大きなお腹を抱えた姉が笑顔で降りてきた。その笑みの裏に潜む不吉な影を、私は振り払うことができなかった。
湿った風が頬を打ち、遠くで雷が鳴る。嵐の訪れを告げるように。
そのとき、食堂の入り口に一人の人影が立った。
「本当に死ぬのか……。ならば、こうするしかない」
冷たい声が、空気を裂いた。
私は絶望に駆られ、「逃げろ!」と叫びながら立ちはだかった。だが男は一顧だにせず、無造作に私を突き飛ばす。壁に叩きつけられ、視界が赤に染まる。血が目に流れ込み、ほとんど何も見えない。
その隙に男は姉へと歩み寄った。恐怖に顔をゆがめた姉の体は震え、突如として羊水が破れた。
「ここで産め」
男は無情に告げ、姉を店の卓上に横たえさせる。外では豪雨が地を叩き、轟音が世界をかき消していた。
やがて、産声が響いた。小さな命が、血と雨の匂いの中に誕生した。
だがその瞬間、男は静かに刃を抜き、姉の喉元に深々と突き立てた。鮮血が奔流となって溢れ出し、床を赤黒く染めてゆく。
這い寄るようにして私は血に濡れた赤子を抱き上げた。
全身が痙攣し、呼吸は途切れ途切れに乱れた。
そして、心の底で悟った。
――明後日、私もまた、同じ運命を辿るのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この作品は、私自身が見た夢をそのまま物語にしたものです。
夢の中の情景は時に現実以上に鮮烈で、目覚めた後も胸に残り続けます。
「予告された死」という不条理な恐怖を、少しでも感じていただけたなら幸いです。
もし感想をいただければ、今後の創作の励みになります。