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その秒針が錆びるなら  作者: 鷹羽諒
第二章 三桜晴斗
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終夏

……よし

「行ってきます!」

ドアノブへと手を伸ばしながら声を出す。

「いってらっしゃいー」

リュック越しにその声を受けながら、晴斗は腕に軽く力を籠める。時刻は6時半。まだ涼しいはず、そう思いながら晴斗は扉を潜った。

「うわっ」と思わず嫌気が口を突く。

流れ込んできたねっとりとした空気の壁に一瞬で身体は飲み込まれた。肌を撫でる不快な空気に朝の爽快感は置き換わり、6時半への希望は打ち砕かれた。

「また学校がんばるかぁ」と数十秒前よりもはるかに気落ちした声とともに、晴斗の夏休みは明ける。




 高校に着いた時には普段通り汗ぐっしょりだった。自転車をこぎ始めてすぐには感じられた冷感も、山に差し掛かるころには、強くなる陽と上がり続ける体温の前に消え失せた。雨に打たれたかのように濡れたTシャツを着替え、久々の学校生活が始める。

 朝が早いのは、早起きが好きだから。他に深い意味はない。早く学校に来れば静かな自習室を独り占めできるし、その気になればハンドボールに触れることだってできる。いいことずくめだ。

 だが今日はそのどちらもする気になれない。誰もいない教室で、7月に貰ったまま何もかけずにいる紙と睨み合うだけだった。「進路希望調査」と書かれた無機質で事務的なその紙は晴斗にとって入学後最初の進路調査だ。大学、専門学校、短大、希望の学校種を選択し、その下に三つまで志望校を書き込む。たったそれだけの簡単な用紙。それなのに晴斗は夏休みの間に何も書けはしなかった。別にここに書いた内容で決定じゃない。まだ一年だし、適当なこと書いたって構わない。なにそんなにマジになってんだよ。こんな紙に悩む自分を心のどこかが嘲笑する。そんなことは分かっているのだ。たかが紙だってことぐらい、分かっている。そう思い、夏休み中も何度もボールペンを手にした。それなのに書けなかった。なんで自分がこんなものに苦しんでいるのかを晴斗は自分自身にすら全く説明できずにいる。


提出は今日だというのに、また何も書けないまま晴斗はペンを机に放り、紙を机の中にしまって教室を出た。ほとんどの人のいない廊下へ出て、晴斗は目的もなく歩く。そのまま夏希のクラスの横も通り過ぎる。ドアの窓から教室を覗いてもそこに夏希の姿はない。


自分の心の所在も分からず、夏希もいない。そんな現実から逃れたいかのように晴斗は早足で廊下を進む。窓から見える太陽は知らないうちに朝よりずっと高い場所に移動していた。





 

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