8.久方ぶりの楽しい会話
自分にできなければ人を頼れ、そして自分にできることで返せば良いのだという教えが染み付いているアーシャは、迷いなく少年の手を借りた。それに、彼はこの国の人間にしては珍しく草原の文化に興味があるらしい。アーシャの話をもっと聞きたそうにウズウズしていたので、ギブアンドテイクの釣り合いはとれている、はずだ。
そうはいっても、答えられることは草原のことだけ。わからないものはわからない。例えば。
「やっぱり草原の魔物っていうのは手強いんですよね?」
「魔物だったらどこでも手強いんじゃないのかな。比べたことないからわかんないや」
アーシャは草原の魔物単体であれば、火吹き蛇のように倒すことができる。群れとなると正直厳しい。自分の腕前はそんな風に分析できているが、この国の魔物を知らないので答えようがない。ここまでの道中、一度も遭遇しなかったのだ。
「あ、そうですよね。まあ……僕はそもそもここから出たことがないので、魔物の強さ自体よくわからないのですが」
「確かに。あなたが戦ったら速攻で死にそう」
見れば見るほど少年はガリガリだった。何より近くで歩いていると、異様なものがよりハッキリ見える。
彼の首筋からどこかへ伸びる、黒いもやもやとした糸。それは目に見えぬ何かを吸い取っているようで、傍にいるだけで背筋がゾワゾワする。
(もしかして、これヒョロガリの原因? でもなぁ。通りすがりの私が何か言うことでもないだろうし)
そんなアーシャの視線を受けてか、彼は苦笑を漏らした。
「ははは。生きてるのが不思議って結構言われます」
自虐風の言葉。それに対して何を言うのが正解なのか。そんなことないよ、と否定するには本当に生気がない。かといって肯定するのもなんだかなぁと思う。
ので、アーシャは思いきり話を逸らすことにした。
「ところで、私はアーシャ。あなたは?」
「そういえば、僕も名乗ってもいませんでしたね。僕はセフィスと言います」
強引に名乗りをねじ込んでから尋ねると、少年もごく普通に答えてくれた。
「セフィスは草原の民のこと、差別しないのね?」
面と向かって聞くのもおかしな話かもしれないが、やはりそこが一番気になるところだ。この国の人間は皆、草原の民のことを蛇蝎の如く嫌っている。全員がそうなのか、と思っていたアーシャだが、セフィスと話していて考えが少し変わった。もしかしたらそうではない人もいるのではないかと思い始めたのだ。
「そう、ですね。差別するような理由がないので」
しかし、セフィスから返ってきた言葉は少し奇妙なものだった。声音も、どことなく自嘲するような響きを感じる。もしかして、言いにくいことだったのかもしれない。
ただ、その言葉の含みには気になるところがあった。
「てことは、この国の人達にとっては理由があるの?」
アーシャが理不尽だと思っていたこの国の人々からの差別的な言葉や態度。それらは、一応故あってのことらしい。理由がわかれば解決もできるのではと考えて、セフィスの話の続きを促すように尋ねる。
「理由と言うか……この国は魔法至上国家というのはご存知ですか?」
セフィスの問いに、アーシャは頷いた。
「それは知ってる。うちの草原に、あなた達の国から「魔法が使えないから生きていけない」ってことで逃げてくる人いるもの」
「良かった。逃げられた人もちゃんといるんだ」
ポツリと呟いたセフィスの声音は、どこか嬉しそうに聞こえた。
それから、アーシャに向き直って説明を始める。
「この国では、魔法が使えない人は人にあらず、とされています。魔法が使えて、初めて人間とされるわけです。だから魔法が使えない者やそもそも魔力を持たない者は差別の対象になるんです。草原に住む皆さんはほとんど魔法を使わないでしょう?」
「まあほとんどっていうか、魔法のない生活をしてるわね」
草原では火も水も風も土も自然からの恵みだ。魔法と言うのは、草原に侵略してくるこの国の人間が使うもの、という認識である。だから、アーシャは魔法を知らない。魔法と魔力の違いもよくわからない。
「ですよね。外の国では、そんな生活もあるんだと思ったのが、僕が興味を持つきっかけでもあったんです。ただ、この国からすると、魔法がない生活と言うのはなんていえばいいのか……原始的、というか、なんというか」
セフィスはどうにか穏便な言葉を探しているらしい。その配慮自体はとても有り難いけれど、ここは言葉を飾ってもどうにもならないだろう。
「なるほどね。草原の民ってのは魔法という文明を知らない野蛮人って扱いなわけか……」
「すみません」
「いや、セフィスが謝ることじゃないでしょ」
少なくともセフィスはアーシャに対して差別的な態度をとってはいない。彼が謝ることではないはずだ。
「あれ? ってことは……」
思わず横に並んで歩いていたセフィスを見る。
彼は、差別する理由がない、と言っていた。そして、この話の流れ。そこから察するに、彼はもしかして。
そんなアーシャの視線を受けて、彼はなんとも言えない笑みを浮かべる。
「はい。そうなんです。僕は生まれた時から魔力がないんです」
あっさりと告げられた事実。
多分、この国では相当大変なことなのだろうということはわかる。だが、それよりも前に確認しなければならないことがあった。
「……ごめん、そもそもの話、魔法と魔力の違いがわからないんだけど」
「あ、そうですよね!」
セフィスが慌てて解説を始めてくれた。
「馴染みがないので当然ですよね、ごめんなさい。まず、この世界には『魔素』という目に見えない力があるんです。その魔素に働きかける力のことを魔力と言います。魔素に働きかけ、様々な現象を起こすことが、魔法です」
「えーと、魔力で魔素に働きかけて、何もないところに水を出したり火を出したり?」
「はい、そうです!」
「じゃあもしかして、火を吹く魔物とかも魔素とやらを利用してるの?」
「うーん……その魔物の生態がわからないのでなんとも言えないですね。魔物によっては火を吹くための器官が発達しているっていう場合もありますし」
「ああ、そっか。現物を見せられたら話は早いけど、流石にそれは無理な相談だし。……それにしてもセフィスって物知りなのね」
アーシャには草原の知識はある。そこで生きていくための知識だ。それさえあれば良いとすら思っていたのだが、セフィスを見ているとなんとなく違うのではないか、と思えてくる。これはアーシャにとって新鮮な感覚だ。
「そう、でしょうか?」
「そうよ! 説明もわかりやすいし……この御恩は五倍で返さないとダメかもね」
アーシャが草原流ジョークを交えて、でも真剣に肯定すると、セフィスは嬉しそうにはにかむのだった。
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