4.トーア魔法王国
「……ここですか?」
「なんだ、文句でもあるのか?」
思わず口をついて出た言葉に、待ってましたとばかりに威圧的な声が返ってきた。草原からこのトーア魔法王国まで同行してきた兵士である。ちなみに、好感度を計る道具でもあったらお互いのゲージは地面の底までめり込んでいることだろう。そのくらい、不愉快だ。
草原を出て、この王宮に辿り着くまでに十日ほどかかった。
その十日のうちに、この男を含めた道案内役と称する監視役の兵士達はありとあらゆる嫌がらせをしてくれたのだ。そりゃあ好感度も地の底へ落ちるというもの。
そしてその嫌がらせの総仕上げが、私室だと案内されたコレである。
壁はひび割れ、屋根の一部が剥がれ落ち、隙間というには大きすぎる穴のお陰で通気性だけはすこぶる良いだろう。どこからどう見ても崩れかけの納屋だ。あまりにもオンボロすぎて、どうしてこのどこもかしこもピカピカな王宮にこんなものを残していたのかと聞きたいくらいである。
(楽しそうにイジメしやがって……見てろよ。草原の女は恨みも五倍返しなんだからな)
そんなことを考えつつ、もう一度だけ問いかける。
「ここが、この国の王の嫁に相応しい場所なのですね?」
最低限の敬意は備えていると示すために、慣れないながらも敬語なんていうものを使ってやる。ただし、表情は思い切りメンチを切っているけれど。
アーシャの剣幕を警戒したのか、男は声を張り上げる。
「蛮族は家を持たぬであろう。であれば、雨露をしのげれば御の字というものではないのか。お前たちの暮らしぶりに合わせてやったというのになんだその態度は!」
「あなたこそ、仮にも王の嫁としてこの地に来た女に対してその態度ってどうなんでしょうね。まあ、あなたの今後なんざどうでもいいんですけど」
最後にそう告げて、しっしと手で追い払う仕草をする。どうせ使いっ走りの下っ端兵士だ、話したところで埒が明かない。
(こんなクソ野郎どもにいつまでも監視されるよか、納屋のが天国なのは確かなのよね)
この場所に辿り着くまでの旅路は酷いの一言に尽きた。
アーシャとて、初めて見る草原以外の景色に少しは心を躍らせていたのだ。だが、かの国から迎えにきた男達は、そんなアーシャの気持ちに冷や水をぶっかけるに留まらず氷塊をドカドカとぶつけてきた感じだ。
アーシャが旅立ちの日に選んだのは、伝統的な民族の衣装である。ウルナ族の長の娘の名に恥じないものを用意した。一応の心遣いはしたのである。だが、それに返ってきたのは嘲笑だった。こちらの文化をひとかけらたりとも理解する気のない態度。予想はしていたけれど、腹はしっかり立つ。
行き交う人々の態度も酷かった。無遠慮に眺め回すくらいならまだマシで、指をさしては「蛮族だ」「魔法の使えない下等生物だ」と言いたい放題である。
兵士も兵士で注意するどころか一緒になって嘲笑う始末。そんな奴等と一緒の道中など推して知るべし、だろう。
例えば、馬車。
アーシャは四足歩行の動物には大体乗れるという自負があったが、馬車は初体験だった。しかも初めて乗るアーシャにはわからないことだったが馬車の造りが粗雑でかなり揺れる上、普段何を運んでいるのか変な臭いが染みついていた。そのため馬車酔いを起こしてしまったのだ。
「申し訳ないけど、馬を貸してほしい。騎乗したい」
と願い出たのだが、兵士達はこれを無視。仕方なく具合が悪いのを我慢して、我慢して、我慢して、最終的に胃の内容物を盛大にぶちまけてやった。それでようやく騎乗を許されたのである。
一事が万事そんな調子だったから、本当にここまでの道中はキツかった。やっとそんな境遇から解放されるかと思ったが、どうやら王宮に着いても似たようなものらしい。
そもそもアーシャは国王の嫁、という体裁で来たはずだ。それがこの扱いとは。
(早く帰りたいな。めんどくさい)
本当に本当に面倒くさすぎる。だが、引き受けてしまったことは仕方がない。それにアーシャ以外の、例えば気の弱い女性だったならば、この仕打ちに心を病んでしまっただろう。そう考えると自分で良かったかもしれない。
(隙間風が吹き込むボロい納屋だけど、寝られないことはなさそうかな? けど、ご飯これ絶対持ってきてくれないわよね)
人間が生きるにあたって必要なのは水と食料。しかしながら、中を覗き込んでみてもそんなものは見当たらなかった。あるのはボロボロの筵だの錆びついて壊れた農具だの、ガラクタばかりだ。時間になったら持ってきてくれる可能性もないことはないが、今までの扱いを考えるとあまり期待しない方がいい気がする。
「とりあえず周囲の状況確認でもしようかな」
井戸でもあれば儲けものだが、ここは魔法大国。伝え聞いた話だと、大体の作業を魔法で済ませてしまうらしい。となると、食料も飲料も魔法で作り出すのかもしれない。
そんな想像を膨らませながら、アーシャは敵地の散歩を始める。
(なんだろう。透明人間みたいな扱い、なのかな?)
この王宮において、アーシャの格好は目立つようだ。それもそうだろう。アーシャの部族であるウルナ族のカラーは鮮やかな赤。民族衣装にも赤い布がふんだんに使われている。対してこの王宮は白を基調としており、行き交う人も白や灰色の衣装が多い。真っ赤なアーシャは明らかな異物である。
なのに、人々はアーシャに目もくれない。
話しかけようにも最初から距離を取られているようである。
「うーん、参ったなぁ」
攻撃でもしてくれたら反撃できるのに、と物騒なことを考えながら、アーシャは散歩を続けるのだった。
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