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3.ピーイン

 ピーイン。

 それは、この広大な草原に住む遊牧民が「草原の守り神」と呼ぶ存在だ。

 優美な羽を持ち、この広い草原の空を飛び回る鳥型の魔物。遊牧民には友好的で、かつては外敵をともに倒したこともあるのだとか。実際、年齢を重ねている人達ほど「今火吹き蛇が繁殖しているのはピーインがいないからだ」と口を揃えて言う。草原の暮らしに根付いた魔物、らしい。

 信仰の度合いの差はあれど、この草原に住む民はたいていピーインを示す羽飾りをつけている。


「いや、知ってるけどぉ……見たこともないしさぁ」


 アーシャの特殊な目は、同じ部族の皆、特に年齢が上の者達からは『守り神からの贈り物だ』などと有難がられているフシがあった。けれど、アーシャにとってピーインは彼らほど思い入れのある存在ではない。


「そうか。お前さんは今15だったな。それでは見たことがないのも無理はない」


「ピーインってずっとグルグル輪廻転生してるとか言われてるけど、私が成人するまで見たことないわけじゃん? そりゃあ輪廻転生失敗したのかなー……とかさぁ」


 婆様はピーインを信仰している派なので、一応言葉を濁しておく。本音では「ピーインって、もう絶滅してるんじゃない?」ってなところだ。たまたま婆様達の時代では助けてくれる良い魔物という位置にピーインがいた。そして、それが滅びた。それだけの事だと思うのだが。


「ピーインはちゃんと実在するよ。アタシも見てるんだ。……ただ、そうだね。お前さんにこれを頼むからはきちんと順序立てて話そう」


「あ、はい」


 長い話になりそうだ、と思いつつ居住まいを正す。


「まず、お前さんに頼みたいのはピーインの捜索だ。ただ、これは出来なくてもかまわん」


「捜索? それも南の国で?」


 頭の中が?マークでいっぱいになる。草原の守り神が、草原の外で迷子にでもなったのだろうか。


「ピーインはお前さんの言う通り、輪廻転生をしている、と考えられている。そして、その方法は卵に戻ることなんだ」


「えっ、それまた無防備な」


 卵の状態はとてもか弱い。栄養がたっぷりなせいで外敵に狙われやすいのに、自衛の手段がないのだから。ピーインほどの存在の卵なら、狙う輩はうじゃうじゃいるだろう。味はともかく、力がつきそう、と人間のアーシャですら思う。


「そう、無防備になる。だから守護者がいる、はずなんだ」


「そこらへんは曖昧なのね」


「ピーインの秘密を探るのは禁忌とされていたからね。草原の守り神を、どこかの部族が独占なんかしたら覇者もなにもないだろう?」


「ははぁ。なんか読めてきた。婆様はその守護者に心当たりがあったわけね?」


「そういうことだ。かつて、この草原の民にも拘わらず洞窟に定住し続けた部族がいたんだ」


「えぇっ!?」


 この草原にはいくつも部族がある。ほとんどが恵みを求めて草原を移動するが、中には居を定めて腰を落ち着ける者達もいる。ニーア族もそのうちの一つだ。

 だが、どの部族も草原から離れたりしない。それが洞窟とは。

 アーシャにとって洞窟とは陽が射さず薄暗い、狭くてジメジメとした場所という認識だ。広大で光に溢れた草原とは対極のイメージである。とても草原を好む遊牧民が居住地として選ぶ環境とは思えない。


「ああ、でもそうか。卵の守護者であれば定住するしかないのか。ピーインの卵の大きさとかわかんないけど、バカでかそうだし、そんな荷物がある状態で移動なんかヤバいよね。最悪、運んでる最中に割れちゃいそうだもん」


「それに洞窟でなら孵化に必要な温度を保つこともさほど難しくはないはずだ」


「なるほど! それで洞窟かぁ」


 草原は昼と夜の気温差が激しい。魔物の卵とはいえ孵るには厳しい環境だろう。


「ただし、確証はない。それを確認しに行くほどアタシは罰当たりじゃなかったのさ。……そういう気持ちが、仇となっちまったんだろう」


「そういえば、私が生まれた頃に南の国からの大規模侵攻があったんだっけ? いくつかの部族がやられたって聞いたけど」


「うむ。まさにそれだ。皆殺しにされた部族のうちの一つが、その洞窟にいたやつらだったのさ。……だから、アタシは疑っている。あの国は我らが守り神を盗んだんじゃないかってね」


「あーまぁそれが事実だと取り返したいよねぇ」


 アーシャ自身、ピーインに対する特別な思いは繰り返しになるが、ない。でも、こうやって聞いてしまえば、やはり取り返したいと思う。


「アタシらは、この草原の覇権を巡って幾度も戦ってきただろう」


「そうねー。草原の恒例行事っていうか」


「覇者というのは、そもそもはピーインのことなのだ。この草原で一番強いのはピーイン。そして、一番強い生き物は弱きものを守る使命がある。本当はね、覇者になった一族の長が、ピーインから特殊な能力をもらうってのが代々の習わしなのさ」


「特殊な能力って……私の目みたいな?」


「あぁ。だから年寄連中ほど、お前さんの目を有難がる。因果関係が逆になっちまってるから、アタシはそれもどうかと思うんだがね。ただ、ピーインが姿を消してから長い時間が経ってる。……そう考えたくなるような者も出てきちまうのさ」


「んー共感はできないけど、理解はできたよ。今の状況よりは、ピーインが帰ってきた方が健全っぽいもん」


「わかってくれて何よりだよ。ってことで、これを持っていきな」


「羽飾り?」


 差し出されたのは、大ぶりの羽飾りだ。微かに、柔らかな緑のオーラが見える。


「草原の覇者が決まった時に使われる羽飾りさ」


「へ? そんなん持ってってもいいわけ?」


「お前さんならそれを役立てられるんじゃないかと思ってね。何か見えるかい?」


「……私にはこの羽本体の周りに、緑の何かがクルクルしてるように見えるよ」


 アーシャの返事を聞いて、婆様は大きく頷いた。


「これはピーインの羽が使われてるらしいんだ。実際、こんなバカでかい羽なんて大型の鳥系魔物じゃないとないだろうしね」


「そりゃそう」


 アーシャ達ウルナ族は、頭に羽飾りをつけることが多い。しかし、この羽はご立派過ぎて上手くつけられなさそうだ。失くさないように帯の中に入れておいた方がいいかもしれない。


「長々話しちまったが、あまり気負わなくてもいいさ。何せ、全て憶測に過ぎない。まずは、お前さんがあのくそったれな国で無事生き抜いて帰ってくること。それが第一だよ」


「その割に期限とか曖昧だよねー。ま、いいけど。精々頑張ってくるよ」


 少しばかり憔悴した婆様を安心させるために、アーシャはニカっと笑ってみせたのだった。


このお話をここまで読んだ記念に!

是非評価とブクマをお願いいたします!


また、この作品は「カクヨム」にて【6月9日完結予定】で先行配信中です!

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