20.ピーインの目覚め
明日完結です!
「こっちがアーシャさん用の弓で、あとはロープに、非常食、それから魔道具も少しあります」
「いっぱい持ってきたんだね……」
どこに隠し持っていたのやら次々と並べられる道具を見て、アーシャは呆れにも似た声を上げるしかなかった。並べた物を今度は大きな袋にしまい込みながら、セフィスは得意げな笑みを浮かべている。
「ほんとセフィスってば能あるナントカってやつね。牙を今まで隠してたわけか」
セフィスは今まで耐え忍んでいただけで、色々と実力はあるのだと再認識するアーシャだった。
これから二人は、この王宮からの脱出作戦を決行する。
「そんな……足りない物はまだまだあります。でも、僕達には時間がありません。だから、決断しましょう」
「十分よ。無ければある物で足りるよう工夫すればいいんだから。草原には魔道具なんてないしね」
「では、最終確認です。まず、アーシャさんが卵に魔力を注ぎ、ピーインの孵化を促す」
この脱出作戦は、正直行き当たりばったりの出たとこ勝負だ。卵を孵化させてピーインとセフィスを繋ぐ黒いモヤモヤ——隷属魔法を解除するのが第一の目標である。
「了解。でも、卵が孵ったらきっと大騒ぎになるよね。だからさっさとトンズラする、と」
「はい。バレずにこちらの態勢が整うまで余裕があればいいのですが、多分そうはならないと思います。だから、すぐに脱走を試みましょう。ピーインもやる気はあるみたいですから」
アーシャが魔力を扱う練習をしていた間、セフィスはピーインに協力を要請していた。といっても卵の傍に立って呼びかけただけだが。ただ、今までのように独り言めいたものではなく、明確な意思をもって語りかけてみた。
「僕達に協力してほしい。一緒に草原へ帰ろう」
セフィスの話だと、喜んでいるような反応が返ってきたらしい。元々セフィスはピーインの意思を朧気ながらも感じ取ることができていたのだ、その感覚を信じるしかない。
「ダメなら私が戦って正面突破よね。とはいえ、ピーインは草原の覇者だもの。絶対戦力になってくれるはず」
草原は過酷な土地だ。そこに暮らす魔物も動物も、産声を上げたと同時に立ち上がり、翼があれば飛翔する。全てを他者に委ねるのは人間くらいなものだ。
あの草原で『覇者』とまで崇められているピーインなら、きっと。
「僕も魔力の供給が止まれば少しくらい魔法は使える……はず、です。目くらまし程度なら、たぶん」
セフィスの瞳が揺れる。その指先は小さく震えていた。
ピーインが孵化すれば、隷属魔法は解ける。そうすれば、自分の魔力を全て使うことができるようになるのだ。ただし、どれほど理論に精通していようとも、実戦経験は全くない。
セフィスのことは信頼しているけれど、やはり物事には適材適所というものがある。
「どっちかっていうとセフィスはピーインへの指示と、道案内をメインにしてもらいたい。私やピーインは本能的に草原の方向がわかると思うんだ。でも、そっちに兵士の詰め所なんてあったら目も当てられないじゃない」
アーシャ自身は戦う気構えはできているが、それはまず集まってくるであろう研究員達が相手のことであって、本職の兵士がたむろしているような場所で戦うのは流石に御免蒙りたい。
セフィスは一瞬不満そうな表情を浮かべたものの、それが最適な役割分担だと判断したのか最終的には頷いてくれた。
「じゃあ、いくわよ」
自分の声が少し震えて聞こえた。
緊張か、期待か。それとも、その両方か。
手のひらにまとわりつく汗が、緊張をさらに際立たせる。
(ピーインは草原の守り神だもの)
草原の覇者を示す羽飾りを纏い、アーシャは練習通り手のひらの少し先に魔力を集めた。今までの練習から、魔力は自分の体の延長線上に出すとなんとなく通りが良いとわかっている。
魔力を込めながら、草原の清冽な風を思い出し、無意識に涙が滲んだ。
「ピーイン、受け取って!」
様々な願い、思いを込めて、アーシャは魔力を卵に注ぐ。緑色の光が卵を包み込むように広がった。
——ピシリ
岩にしか見えなかった卵に亀裂が入った。
「ピーイン、頑張って!」
セフィスの声援がどこか遠く聞こえたが、構わず魔力を注ぎ続ける。
「きゅあ……」
その瞬間、空気が変わった。風が祠の中を吹き抜ける。鳴き声が思っていたよりも可愛らしいのは雛だからだろうか。
最初に見えたのは嘴、次に見えたのはフワフワの羽だった。幼毛なのかもしれない。一瞬「飛べるのだろうか」という不安がよぎる。だが、次の瞬間、そんな不安は吹き飛ばされた。
ゴッという鈍い音とともに、岩のような殻が蹴り崩される。
硬い殻が砕け落ちる音と共に、ズシリとした重圧感が伝わってきた。その中から現れたのは——。
「蹄……鹿?」
セフィスの呆然としたような声が聞こえる。
「伝承そのままだわ……鹿みたいな体に、鳥の翼と嘴。本当にいたんだ……」
それは、胸の奥を強く掴まれるような感情だった。物語の中でしか聞いたことのなかった存在が、今、目の前にいる。
初めて見たというのに、泣きたくなるほど懐かしい気持ち。草原の守り神をむざむざと奪われた無念。そして何より、故郷と同じ風の匂い。
気付けばピーインに向かって手を伸ばしていた。
「帰ろう! 草原に!」
私達の故郷へ。そう続けようと、一歩踏み出して。
「あ、れ……?」
眩しいほど満ちていた緑色の光が奇妙に揺らぎ、体が水面に吸い込まれるようにゆっくり沈んでいく。
「アーシャさん!?」
全てが緩慢に遠ざかる中で、セフィスの声だけが耳に残った。
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