19.五倍返しのために
「アーシャさんならきっとできます。頑張ってください」
そう手放しでセフィスに激励されているアーシャは、今必死に魔法を学んでいる。
なぜなら、アーシャの魔力こそがセフィスを解放する鍵だからだ。
「ここからは僕の推測になるのですが——」
そう前置きした上で、セフィスは研究室から得た情報を元に話を進める。
そもそも、本来のセフィスの魔力はかなり強力であるはずらしい。その点はアーシャもすんなりと納得できる。
彼はこの国で一番魔力を持つとされる、先代ではあるが王様の子なのだ。魔力の才は血に宿る、というのが真実ならば当然だろう。
そんなセフィスが十四年間ずっと魔力を与え続けていたのに、ピーインは孵化していない。
「ピーインは十年周期くらいで生まれ変わるって聞いてる。私が生まれる前から草原に現れていないらしいから……卵の時間が長すぎるんだよね」
「はい。草原の民の皆さんが代わる代わる魔力をあげていたとしても、僕の魔力総量より上、とはちょっと考えづらいんです」
「うん、それはそうだと思う」
草原の民としてそれは激しく同意する。もし、草原の民の魔力量が豊富なのであれば、もっと魔法が普及していたはずだ。
それよりも、なけなしの魔力をピーインに全て与えていた、という方がしっくりくる。
「魔力が十分だとしたら、何故孵化しないのか。それは、魔力の質が関係あるんじゃないかって思うんです」
セフィスの見解にアーシャも頷いた。
「質とかはわからないけれど、私の目には同じ火の魔法を放つ時でもちょっとずつ違う風に見えた。だから、違いがあるっていうのはそうなんだと思う。……でもさぁ」
アーシャはこの国に来て、二度も兵士から魔法で攻撃されそうになった。どちらも火の魔法だったらしいが、モヤモヤの色や動きはずいぶん違って見えた。この国の人間同士でも違いがあるのならば、草原の民の魔力なら相当違うのではないか、というのがセフィスの推論だった。
「だからって、今すぐ魔法を使えるようになれってのは無茶じゃない!?」
ここで、冒頭に戻る。
セフィスはその推論から「アーシャが魔力を与えれば、ピーインはすぐにも孵化するのではないか」という仮説を立てたのだ。
仮説を実行すべく、アーシャはセフィスから魔力のイロハを習うことになったわけだが、これがめちゃくちゃ難しい。
「アーシャさんは魔力が見える目を持っていますから、多分すぐに使いこなせるようになると思うんですよ」
とセフィスは言ってくれるものの、今まで全く馴染みのなかったものにチャレンジしているのだ。今のところ草原の風を捕まえるような感覚である。
「すみません。でも、ピーインが孵化してしまえば、僕が魔力を吸い取られることもないと思うので……」
セフィスの首から出ている黒い糸のようなモヤモヤは「ピーインが孵化するまで魔力を与え続ける」という契約の隷属魔法というものらしい。
本来であれば、術者に魔法を解かせれば済む話なのだが、その術者がどうやら先王本人らしいのが問題だった。まず、先王の居場所がわからない。なんとか調べて会うことができたとしても、ここまでピーインに執着している相手が素直に魔法を解くとは到底思えない。
話し合いが無理なら腕ずくで、という選択肢もあるだろうが、相手は腐ってもこの国の王だった人物。魔力は膨大だろうし、今も警護の者が付いていてもおかしくない。この案は二人とも納得して却下した。
となると、別の方法で解除するしかない。
「安心して。草原の女は恩は五倍返しするものよ」
この国でセフィスに出会わなければ、アーシャはもっと荒んでいただろう。勿論、むざむざ人質として飼い殺しにされるつもりはなかったけれど、もっと殺伐としていたはずだ。
でも、セフィスに会えて、知識を得た。腕っぷしだけじゃない強さを知った。
(恩もあるけど、何よりセフィスに死んでほしくなんかないもの)
このままだとセフィスの寿命はあと数か月、というデータもあったらしい。それを見た時のセフィスの衝撃はどれほどだっただろうか。だから、アーシャは一刻も早く魔力の扱いをマスターしなければならないのだ。
そんなアーシャの決意とは裏腹に、じりじりと時間だけが過ぎていく。
その間にも、遠巻きに嫌がらせをしてくる兵士らや、部屋を用意したと再三言ってくる女官長との攻防があったりもした。
「魔力の制御はコツさえ掴めば簡単だそうです。だから、あまり気負わないでくださいね」
自分自身の命が今この時にも燃え尽きるかもしれないのに、セフィスはいつもと変わらぬ優しいトーンでそんなことを言う。
(もう! ここで応えなきゃ草原の女が廃るってモンよ!)
そうして三日が過ぎた頃、唐突にその時が訪れた。
何度も何度も手のひらから魔力なるものを出してみようと試行錯誤をしていたところ、いきなりその手のひらから見覚えのあるモヤモヤが出てきたのだ。
「セ、セフィス!!」
「はい! どうしましたか!?」
「できたわ! ほら、見て!」
そう言って手のひらを見せ、思わず抱きついてしまう。だが、大興奮のアーシャとは対照的にセフィスは慌てるのみだった。
「わ、わわ。あの、ご、ごめんなさい。僕、見えなくて」
「そうだった。忘れてた。ごめん! でも嬉しくって」
セフィスも喜んでくれているようで、顔が赤い。
アーシャははしゃいで言葉を続ける。
「これでセフィスは解放されるのよね! じゃあ、早速……」
「あ! ちょっと待ってください!」
一刻も早くセフィスを隷属魔法とやらから解放したかったのだが、それを当人に止められてしまった。不満をあらわにした顔でセフィスを見つめると、真面目なまなざしが返ってくる。
「恐らく、魔力を与えるとすぐにピーインが孵化する、と思うんです。でも、その時に高確率で邪魔が入るとも思っています」
「あー、それはそうよね。私達が魔力の練習をしている間にも、研究員ってやつが顔を見せてたし」
兵士のように嫌がらせを仕掛けてくるでもなく、女官長のように直接顔を出すでもない。遠くからこちらを観察しては去っていく、その繰り返しだった。ただ、その頻度が聞いていた話とは明らかに違う。二人が気付いただけでも一日に数回。もしかすると交代でずっと見張っていた可能性もある。まず間違いなくアーシャが祠に住み着いたのが引き金だ。となれば。
「何の対策もせずにピーインを孵化させるのは危険だわ」
「はい。なのでしっかり準備をしましょう。まずはアーシャさんは体を休めておいてください」
「えぇ?」
「結構無茶してるでしょう? 僕ハラハラしながら見ていたんですから……」
「うっ……」
恩返しの約束を違えたとあっては族長の娘の名が泣く、そう思って我武者羅に頑張っていたのはバッチリ見られている。それは仕方がない。生活空間がほぼ丸かぶりなのだから。
「アーシャさんはしっかり体を休めてください。準備は僕がしますから」
「でも……」
セフィスの、ガリヒョロの体を見る。
確かにアーシャが来てから食事量は増え、安眠できると喜んでいた。顔色が出会った時よりもだいぶ良い。けれど、隷属魔法は依然として彼の体を蝕んでいるのだ。
心配である、というのを隠しもしないアーシャに、セフィスは悪戯っ子の笑みを浮かべた。
「僕、今までかなり大人しくしていたので、王宮の皆さんも僕が動くとは思っていないはずです」
「そりゃまぁ……」
それに、とセフィスは続ける。
「僕も草原で役に立つ男だと証明したいんです。ね、いいですよね?」
そんなセリフを甘えるように言うものだから、アーシャは苦虫を噛み潰したような顔をするしかなかった。アーシャはどうもそんなセフィスに弱いらしい。
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