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18.セフィスがここにいる理由

「アーシャさん」


 決意を込めた瞳でセフィスはアーシャを見つめてきた。

 研究室から無事脱出し、祠まで戻ってきてから結構な時間が経っていた。すぐにでも事情を聞きたかったのだが、セフィスに「頭の中を整理する時間が欲しい。それにもうすぐ朝食が届くだろうから、話はそのあとにしたい」と言われてしまった。そのため、アーシャは暫くの間祠に座って大岩の手入れをするセフィスを眺めているしかなかったのだ。

 結局、女官長が自ら食事を持って現れたのは、セフィスが一通り手入れを終えた頃だった。来るなり遅くなったことを詫びてきたが、セフィスの目の腫れも引いていたし、結果的には問題なかったと言えるかもしれない。

 その後、女官長は「部屋へ移るように」と言い出すこともなく去っていったので、食後ようやく時間をとることができたわけだ。

 アーシャに声をかけてきたセフィスは、少し緊張しているのが見て取れた。ふぅ、と一度大きく息を吐いてから、言葉を続ける。


「誇り高きウルナ族に申し上げます。どうか、トーア王国が王子、セフィスの願いをお聞きください」


 セフィスの口上は、草原の民が他部族に願い事を申し出る時の流儀だった。

 部族単位で覇権を争っている草原の民は、基本的に他部族への願い事などしないし、聞き入れたりもしない。しかし、緊急事態とはいつだって起こりうるもの。だから、そんな時のために専用の口上があるのだ。


(セフィスが知ってるとは思わなかった……)


 トーア王国民の彼が、草原の流儀に則ってくれた。その誠意にアーシャは応えなければならない。


「ウルナ族、族長が娘、アーシャ。まずは話を聞きます」


 セフィスが草原の文化に理解を示してくれたことに喜びを覚えながら、アーシャは頑張ってそれらしい顔を整えた。


「ありがとうございます。あの……端的に言うと、僕を助けてほしいんです」


「出来ることであれば、よね。まずは順を追って説明してほしいの。……私が理解できるかがちょっと不安ではあるけどね」


 少し場を和ませつつ、セフィスの話を聞く態勢をとる。


「では、まず一番アーシャさんに関係がありそうなことから」


「うん」


 セフィスは、助けを求めているにもかかわらず、まずアーシャが最も欲していた情報を差し出すつもりらしい。信頼できる人物だ、と思うと同時に、情報の出し方が上手いなぁと感心する。こうやって親切にされると同じだけのものを返したくなるのが人情というものだ。


「アーシャさんが言っていたピーインという言葉が、研究室の資料にありました。やはりこの大きな岩は卵らしいです」


「やっぱりそうなのね」


 羽飾りが光った時点で確信していたが、こうして言葉にされるとズンと胸が重くなる。


(婆様の言う通り、ピーインを守護していた一族は皆殺しにされて、草原の象徴はこの国に奪われていたんだ……)


 アーシャはピーインに対する熱心な信仰心は持ち合わせていない。というより、育むことができなかった。だからこそ、だろうか。ピーインと共に草原へ帰りたい、と強く思ってしまう。

 けれど、その時が来たらセフィスはどうするのだろうか。

 ぼんやりと考え込んでしまっていると、セフィスが心配そうに覗き込んできた。


「アーシャさん、大丈夫、ですか? その、ショックでしたら少し時間を置きますが……」


「あ、全然大丈夫! 続けて続けて!」


 草原の風のように、あるがままに吹くしかない。そう腹を決めて、改めてセフィスの話に向き合う。

 だが、そんな風に軽く促したセフィスの話の先は、思っている以上に重たいものだった。


「ピーインの卵が孵化するためには、魔力が必要なんです。……本来は、代々の守り手が少しずつ与えていたようです」


 セフィスの口調が、僅かに濁った。


「でも、この国の人々はそれを『蛮族の迷信』だと切り捨てました。……実際は、蛮族に従って自分達の魔力を与えるのを皆が嫌がったということなんでしょうけど」


 魔力、と聞いて自然と目がセフィスと卵を繋ぐ黒い糸にいく。

 この先を聞くのが怖い、と思ってしまった。だが、目を閉じていては先に進めない。アーシャは先を促した。


「……それで?」


「だから、ある提案がなされた。『この国で最も魔力の強い者が、卵のために子を作ればいい』って」


 アーシャの眉がぴくりと動く。


「……その『子』って……」


「——僕です」


 セフィスは、どこか人形のように、ぽつりとそう言った。


「先王が、お金と引き換えに、魔力の強い女性を買った。そして……僕を作ったんです。ピーインを育てるための、『魔力タンク』として」


 笑っていないのに、笑っているような顔だった。張りついたような微笑。声には笑みの抜け殻が残っているだけで、少しも温度が感じられなかった。

 その瞬間、アーシャの心が音を立てて軋んだ。


「……ふざけてる……!」


 絞り出した声は酷く掠れていた。それでも構わず続ける。


「ふざけてるわよ、そんなの……! そんな扱いを受けて、どうしてあなたは、そんな顔でいられるのよ……!」


 気づけば、怒りで震える指先が膝を強く握りしめていた。

 セフィスは目を伏せて、ほんの少し肩をすくめた。


「アーシャさんは……怒ってくれるんですね」


 その声には寂しさと安堵が混じっていた。


「当たり前でしょ……!」


 滲む涙をこらえ、アーシャは叫ぶ。


「草原の民はね、思想を否定しない。違う価値観も受け入れる。だけど、これは違う! 人を作って、使い捨てにして……それでいて、あなたに頭を下げさせるなんて……!」


 胸が痛かった。怒りじゃない。悲しみでもない。


 ——嬉しかったのだ。


 この人が、助けを求めてくれたことが。けれど、それを言葉にするのが怖かった。

 続く沈黙を破ったのは、セフィスだった。


「……僕には、草原の戦士達のような腕力もないし、仲間をまとめる力もありません。でも……」


 まっすぐに、彼はアーシャを見た。その瞳は、揺れていなかった。


「このピーインへの隷属魔法が解ければ、魔法が使えます。そして、王宮の図書館をすべて読み尽くした知識がある。……これを対価に、アーシャさんに、助けてほしい」


 静かな、けれど確かな意思を持った声だった。


「誇り高きウルナ族の、族長の娘、アーシャ様に」


 その言葉に、アーシャの胸がじん、と熱くなった。形式的な言葉に込められた敬意が、誠実さが、まっすぐに伝わってきた。


 (こんな王国の人もいるんだ……)


 その時。

 セフィスの顔が、ふっと綻んだ。


「……草原の女は、五倍返し、ですよね?」


 気恥ずかしそうな、それでいて期待に満ちた視線が、こちらを見ている。


「アーシャさんが言ってました。『この御恩は五倍で返さないと』って」


 セフィスは、あの時と同じ調子で笑った。けれど、その笑みの奥に滲むものをアーシャは見逃さなかった。


「だから……今度は、僕がお願いする番です。助けてくれますよね? 草原の女ですものね?」


 くしゃりと、どこか甘えるようなその笑顔に、アーシャは胸がじんわりと熱くなるのを感じた。

 もう何も言えなかった。

 これ以上何を聞いたって、答えは変わらない。


【お願い】


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