17.一方その頃
「報告は以上になります」
トーア魔法王国の王宮。国の太陽と崇められる人物が女官長から報告を受けていた。
「現状は把握した。下がれ」
「……はい」
女官長は表面上は従順に、その実何の指示もなかったことに一瞬だけ表情をこわばらせた。だが、それ以上表に出すことはせず、指示通り執務室を退室する。
残されたのは国王とその側近だった。
「どう思う? っつか、どうすればいいと思う?」
先程の女官長に見せた威厳はどこへやら。王は側近に対して情けない声で尋ねた。
側近はと言えば若干疲れた表情で眉間を揉みながらも、生真面目に応える。
「先王の負の遺産、ですね。緊張状態にある草原の民相手に喧嘩を売るだなんて正気とは思えません」
「実際正気じゃなかったんじゃないのか、あの人は」
先王と現国王は当然血がつながっている。ぶっちゃけ親子だ。だが王の言葉からは肉親のぬくもりというものは感じられない。
「玉座を預かるよりは研究者として一生を終えた方が幸せだったでしょうね」
「それを周囲が許してくれるなら俺だって王なんざやってないよ。あーあ。もうほんとどうすんのこれ。気付けば見知らぬ嫁ができていて、その嫁が厨房に押し入っただと? 一体どこの王だよ、俺は……」
「いまだ先王の支配下ということでしょうね。私達にはまだ力が足らぬようです」
側近は悔しそうに唇を噛んだ。王も、自分も知らぬ間に大事が進められていたのが余程腹立たしいのだろう、苦々しい口調で続けてくる。
「せめて弟ぐらいは、俺の手で救いたいんだがな……方法はないか? ついでに親父殿の力を削ぐことができれば一石二鳥なんだが」
いつの間にか生まれていた異母弟。気にかけてはいたが、どうあがいても時間も手駒も力も何もかもが足りていない。まして弟は、先王肝いりのプロジェクトによって作られた。おいそれと近寄ることができなかったのだ。
名も知らぬ、不憫な弟。できることならば先王の枷を外してやりたいし、ついでに先王の力を削ぎたい。
「優先順位が逆です」
厳しい指摘をよこすものの、側近も救い出す手立てを画策してくれていた。
「ですが、そうですね。顔も名も知らぬあなたの嫁がいい仕事をしてくれているようですよ。いっそのことこのまま連れて逃げてもらえば良いのでは?」
「ははは、そりゃいい。脱出の支援でもするか? 弟がいなくなれば親父殿の計画も潰れるだろうしな」
口から出てきたのはただの夢物語である。報告を聞くに、草原の娘はそこらの貴族の娘とは全く毛色が違うらしい。魔法は使えなくても十分腕は立つようだし、頭の回転も悪くない。何より度胸が据わっている。
それでも、無力な弟を抱えて王宮から、更にはこの国から脱出できるほどではないはずだ。むしろ、そんなことを成し遂げられてしまった日には、小娘一人も抑えられないこの国の警備が心配になる。
「あなたなら警備に穴をあけることはできるでしょう?」
「そりゃ命じることは簡単だ。だが、そんなことをしたら親父殿の息がかかった連中に不審に思われる」
王宮内のパワーバランスは現王が3、先王が5、様子見が2の割合だ。様子見を全て味方につけても五分の戦いであり、かなり不利だ。何かを起こすにせよ、もう少し先王の力を削がなければ難しい。
「……だが、弟と名も知らん嫁が逃げおおせたら、その責任を親父殿におっかぶせるのは可能だな」
「可能でしょうね。何せあなたはその嫁のことを公式に聞いていない。王妃様もそうでしょう。でなければ女官長が慌ててあんな報告をするはずがない」
側妃や妾を迎える場合、王妃が音頭をとる。後宮を整え、世代を継ぐ者が健やかに育つように。そして女官長は、その補佐を務める。後宮内の采配は王妃がとり、女官長がその意に沿って実務に当たるのだ。
だが、王妃からもそういった話は聞いていない。例えお互いが多忙を極めているとしても、会う機会がなかったわけではない。そして、会えば当然そんな話題も口に上るだろう。政略結婚だったとはいえ、王妃との関係は穏やかだ。公務の合間に交わす言葉には、確かな信頼がある。
となると、王妃すらも知らぬ嫁とりだったというわけだ。
これは、明らかな越権行為である。先王の責任を追及し、力を弱める絶好の機会だ。
ただし、そこに嫁本人がいれば話は変わってくる。その責任の所在を、連れてこられただけの草原の姫になすりつけるに決まっているからだ。
「問題が起きた際に、俺が大騒ぎでもするか? そもそも嫁など知らん。どういうことだ、説明できるやつ出てこい、ってな」
「悪くないですね。問題が起きる前の動向にも目を光らせておきましょう。逃がさぬように動いている人間がいたら、事情を知る者だということになりますからね」
側近が悪い笑みを浮かべる。今まで煮え湯を飲まされっ放しだった。だが、ここにきて反撃の兆しを掴んだのだ。王も同様の笑みを浮かべた。
「その方向で根回しを進めておくか。根回しだけならそこまで負担でもないだろう」
「了解です。大仕事のためにも他の仕事は片付けておいて下さいね。もう身軽な体じゃないんですから」
最後に大きな釘を刺してから、側近は早速根回しのために退室していった。
一人になった執務室で、王は大きく溜め息を吐く。
「これが贖罪になる、とは思わんが……その日が来るまで、俺も王の仕事をしておくよ。せめて、逃げ場ぐらいは整えてやれるようにな」
小さく呟いてから、山積みになっている書類に目を通し始めた。
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