12.草原の宝
唐突に光が満ちる祠の中。何がなんだかわからずにただ辺りを見回すアーシャ。
「セ、セフィス! これ、よくあることなの!?」
「いえ、全く! 初めてです、こんなの。ど、どうすれば……」
あからさまな異常事態である。まさか自分が来た途端このようなことになるとは考えてもいなかった。
(やばい、これで「異常が起きた」って兵士が来たら面倒なことになる……!)
あちら側にとっては格好の理由だろう。幽閉される未来がアーシャの脳裏にちらつき始めた時、セフィスが声を上げた。
「アーシャさん! あなたの体が光ってます! お腹のあたり!」
「え? えぇ!?」
セフィスに言われてようやく気付く。婆様から預かったピーインの羽を帯の中に入れていたのだ。それがまるで目の前の岩と呼応するように光り輝いていた。しかもアーシャの目には、緑色の清浄な光が躍るように動いて見える。
婆様から預かった、本来ならば草原の覇者がつけるべきピーインの羽飾り。
それが呼応している、ということは——。
「まさか、あなたピーインなの!?」
大きな岩に、アーシャは半信半疑で問いかけた。よく見れば岩もまた羽飾りと同じような緑の光を纏っている。
すると、緑色の光は嬉しそうに躍り出した。
(私達草原の民の守り神が、こんなところに……)
婆様の言う通り、卵は盗まれていたのだ。
ピーインなど、見たことがないから信じられない。そう思っていたアーシャだったが、目の前で楽し気にクルクルと舞う緑の光を見れば信じざるを得ない。と、同時に、怒りがフツフツと込み上げてきた。
こんなバカでかい卵を運びながら遊牧など出来るはずがない。だから、守護者の一族は洞窟に定住していた。そして、この国に襲われ、殺され、守り神を奪われた。
どれほど無念だっただろう。どれほど悔しかっただろう。想像するだけで胸が締め付けられるようだ。
そんなアーシャとは対照的に、セフィスは大慌てである。
「ああっ、ごめんなさい! 何かお気に障ったなら、本当にすみません! また怒られちゃう……お願いです、どうか鎮まってください!」
半泣きのセフィスの声が届いたのか、まばゆい光はやっと落ち着いてくれた。
「……セフィスの言うことは聞く、の?」
思わずボソリと呟く。そのことに微かな違和感を覚えながらも、まずはピーインの卵が落ち着いてくれたことに安堵する。同時に、湧き上がっていた怒りもどうにか収まった。
「た、助かった。でも、僕これ、どうしましょう……というか、アーシャさんはこの岩をご存知なのですか? ピーイン、と呼んでいましたけど」
セフィスに尋ねられてアーシャは返答に詰まった。
彼自身はとてもいい子だ。何かあれば協力してくれるだろう、ということは今までの会話で想像がつく。もし協力してくれなかったとしても、こちらを困らせたり敵に回るようなことは絶対にしないに違いない。
しかし、彼が置かれている状況が問題である。
彼はこの国では人間として扱われていない。王子という輝かしい出自ながら、この国では認められない魔力なし。むしろ輝かしい出自だからこそ、魔力がないという落差で差別が増長している気さえする。
もし、アーシャの憶測を話してしまえば、彼に害が及ぶかもしれない。殴ってでも何があったかを言わせようとする兵士の姿が容易に想像できた。
そんなアーシャの葛藤が透けて見えたのだろうか、セフィスは困り眉をしながら再度話しかけてきた。
「何か事情があるみたいですね。もし、話せると思ったら話してほしいです。けど、無理はしないでください。世の中には知らない方がいいことがあるっていうのわかってますから」
やはり、セフィスはとても頭がいいみたいだ。
アーシャの戸惑っている様子から色々と察してくれたらしい。アーシャは心からの礼を言う。
「ありがとう、セフィス。今はまだ話さない方がいいかもしれない。……でも、ムシのいい話でごめんなさい。私、この岩のことが知りたい。あなたはこの岩をお世話しているのよね? 何か知っていることがあったら教えてほしい」
「知っていること、ですか? 実は僕もあまり知らないんです。あんな風に光るのも初めて見ましたし……ただ、毎日できるだけ傍にいるように、丁寧に扱うようにと言われています」
「それは誰から?」
「この岩を研究している人達ですね」
研究と聞いてこの国らしい、と思ってしまう。草原の民の思いなどお構いなしに奪いとり、己の利のために動くところが。
「どんな研究をしているの?」
「えぇと……僕が小さい頃はもっと研究する方もいっぱいいたし、その頃は優しい人もいたんです。けれど、最近ではもう数人しか残っていなくて……」
「ということは、残っている人達ってその……あの兵士みたいな」
「残念ながら……。で、でも、この岩の傍に一番長くいるのは僕なんです」
セフィスは知っていることは包み隠さず話してくれた。物心ついた頃からこの岩の番人を任されていること。幼少期は何か変化がなかったかと繰り返し聞かれていたことなど。
「たまに、僕の話を聞いてくれているんじゃないかな、と感じる時があるんです」
そんなセフィスの台詞に合わせるように、卵の周りの緑の光が躍る。なんとなく、ピーインの卵がセフィスを気に入っているように見えた。
「それ、勘違いじゃないかもよ」
「え?」
思わず口にしてしまったけれど、それにしては彼の首から繋がる気持ち悪い黒い糸が気になる。何にせよ、今はまだ確実なことはわからない。もっと情報が欲しい。
「えっと、まぁそんな気がしただけ。それよりちょっと聞きたいのだけど、その研究している人達っていうのはどこにいるの?」
「ここからもっと王宮へ近い方、ですね。遠くはないです。研究室みたいな小さな施設があるんですよ。そこでデータとかをまとめているらしいです」
「私、そこに忍び込めるかな……?」
アーシャは一廉の狩人であるという自負がある。それに、身軽な方だと自分でも思う。だが、アーシャの言葉にセフィスは首を横に振った。
「あの、アーシャさん、やめておいた方がいいと思いますよ」
「どうして?」
「実は……僕も過去に色々知りたくて調べようとしたことがあるんです。でも見つかって、仲の良かった研究者さんにもこっぴどく叱られて『あそこだけは絶対に入るな』って言われていました。知りたいことがあるならって図書館に行かせてやるからって」
「としょかん……?」
「あ、書物がたくさんある場所のことです。そこには確かにいっぱい情報があって……お陰で色々調べることはできたんです。ただ、あの岩のことは何もわかりませんでしたけど」
「そう。ならやっぱり私は研究室とやらに行かなきゃだわ。私はこの岩のことを知らなきゃいけないの。私の思っている通りだったら、厄介なことになるから」
決意を込めてそう宣言する。
だが、アーシャは重大なことを忘れていた。
「でもあの……失礼ですけれど、アーシャさんって……文字は読めない、ですよね?」
アーシャは凛とした表情で意気込んでいたのだが——。
「あ……そうだ。読めないじゃん」
そんなアーシャに、思わずセフィスも吹き出していた。
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