10.魔法王国の価値観
「この国の人間なら誰でも知ってるようなことを、得意げに蛮族相手に教えてるあたりで哀れだよな」
ずんぐりとした男が茂みの向こうから姿を現した。鎧を着込んでいるところを見ると兵士なのだろう。巡回中なのかサボっていたのかは知らないが。
それにしてもこの国の兵士にはまともな人間がいないのか。人を蛮族呼ばわりしておきながら、自分は立ち聞きしていたことを隠そうともしない。とんだ恥知らずだ。
(兵士だけじゃなく、この国の人間ってまともなのがいないのかも。セフィス以外)
アーシャが隠しもせずに嫌な顔をしているのだが、こちらのことは気にも留めていないようだ。セフィスに向かってべらべらと話を続けてくる。その顔つきがなんとも醜い。
「全く、この国の輝かしい太陽の血を引いていながら、まさかの出来損ないだもんな。人にあらず。ただの穀潰しだよ。にもかかわらず、知識でもあればこの国の役にでも立てると思ったのかね? 全部無駄だけどな」
どや顔の兵士と対照的に、暴言を吐かれているセフィスはなんの表情も浮かべていなかった。さっと表情を消したとでも言えばいいだろうか。諦めているという表現が合っているかもしれない。
(……ちょっと待って? 輝かしき太陽の血を引く?)
この国の知識が乏しいアーシャではあるが、その言い回しは聞いたことがある。輝かしき太陽というのはこの国の長、つまり王様のことを示すはずだ。その血を引く、ということはセフィスはいわゆる王子様、という身分ではなかろうか。
(一番偉い人の息子なのにこの扱いってことぉ!?)
魔力がない、というのはこの国では本当にあり得ないことのようだ。
「血も涙もないのか、この国」
草原では子は宝である。特にアーシャのウルナ族は、生まれた命は一族全員で慈しみ、面倒を見る。大人となるその日まで皆で育てるのだ。そこには族長の娘だろうと差はない。
そんな環境で育ったアーシャからすると、この国のやっていることは意味がわからなかった。そんな気持ちが思わず漏れてしまう。
「あぁん? 蛮族風情が何を生意気言ってやがる!」
アーシャの呟きが聞こえたらしく、先ほどまで鼻高々にセフィスをこき下ろしていた兵士がこちらにも言いがかりをつけてきた。
「や、やめてください! アーシャさんは関係ないじゃないですか!」
「蛮族同士つるんで本当に哀れだなぁ? だが、こいつは国を批判しやがった。これは正当なお仕置きってヤツだよ。なぁ、お前。謝るなら今のうちだぞ?」
力を誇示したいのか、拳を手のひらに叩きつけてパァンと音を鳴らす。
「自分の子どもが危害を加えられても気にしない——そんな人でなしが長なんだ。……って、本当のことを言っちゃったこと? それとも、その人でなしの長の、仮にも妻になる女に喧嘩売ってるあなたの脳みそが可哀想って思ったこと?」
正直、この国の長の嫁というのがどのくらいの立場にあるかはわかっていない。ただ、草原に比べるとこの国は身分階級が厳格にある、と聞いている。ちなみに、国外の蛮族は最下層扱いだ。
だから自分が最下層扱いされるのはまぁそうだろうな、という覚悟はあった。しかし、その最下層が長の嫁という立場を得るとどうなるのかというのはわからない。ただ、厨房で出会った女官長の言葉を聞くに、そこまで低く扱っていいということもなさそうだ、というのがアーシャの読みなのだが。
「ふざけやがって! 何かの間違いに決まってるだろうが! どっちみちお前が人にあらずってことには変わりねぇんだよ!」
アーシャの言葉に、兵は逆上した。醜い言葉で散々こちらをこき下ろしたのに、自分が少し言われると頭に血を上らせる。なんでこんなにも幼稚なのだろうか、とアーシャが呆れていることも理解したらしい。
「魔法が使えない蛮族の癖に! 目にもの見せてやる!」
そう言うと彼は手のひらの上に赤いモヤモヤを発生させた。
(この国の兵士ってワンパターンなの!?)
アーシャは素早く辺りを見回すと、落ちていた小石を拾い、すかさず発生源に投げつける。するとモヤモヤは消失し、兵士は厨房のときと同じように調子を崩した。
「うわっ!? く、くそぉ……なんだこれは……」
「……アーシャさん、あなたはいったい」
苦しんでいる兵士の隣で、セフィスが何やら驚いていた。
「セフィス。こんなのと関わってないで、さっさと行こう」
と、そこまで声をかけて気付く。アーシャはこの男くらいなら撃退できる。けれど、セフィスには無理だろう。もしもアーシャへの怒りを一緒にいたというだけでセフィスに向けてきたら。
「……こいつの心へし折った方がセフィスが安全かぁ」
本当ならあと腐れなくさくっと命を刈り取ってしまった方がいい気がするけれど、それは流石に五倍返しだとしてもお釣りが出そうだ。実際、今のところ言いがかりをつけてきただけなので、その対価が命というのは重すぎる。
さりとて、この男が粘着しないとは言い切れないわけで。
落としどころを考えながらキョロキョロしていたところ、思わぬ人物を発見した。
「あ、女官長さーーーん!」
厨房でコトを治めてくれた女官長の姿が見えたのだ。思いきり手を振って主張すると、真っ直ぐこちらに来てくれた。
「……一体何事ですか」
「…………」
女官長の到着まで逃げられなかった兵士は、何も答えない。答えられない、というのが正しいのかもしれない。
「えっと、厨房と同じで喧嘩ふっかけられたかな。でも今回は私、蛮族行為を働いたわけではないです。セフィスと話してたら「役立たずと蛮族風情が」って言いがかりつけられた挙げ句、魔法で攻撃されそうになった、って状況です」
「……おおよそ、理解はいたしました。この者に代わり謝罪いたします」
「厨房でも言ったけど、あなたの謝罪に意味ないですよ。この人が謝らなきゃ。っていうか、謝罪よりも再発防止してほしいとこだけど」
「それもそうですね。あなた、階級と名前を」
女官長に問い詰められた兵士はモゴモゴしながらも一応答えた。その態度は先程の偉そうなものとは別人である。
「不敬罪は当然として、王宮内での攻撃魔法の使用も十分処罰の対象になります。追って沙汰があるでしょう、覚悟なさい」
「そんな……そのくらい、皆やってるじゃないですか!」
「その『みんな』とは、誰のことか……名前を挙げて下さい」
「それは、その……」
もしここで彼が誰かの名前を挙げてしまえば、その相手から恨みを買うだろう。しかし言わなければ彼はまた嘘を重ねたことになるわけで、どちらを選んでもいいのだが、その辺り自分達には関係のないことなので。
「女官長さん、その話はそっちでしてもらえませんか? てか、罰とか興味ないから私達が帰ればいいのか」
「お待ちください。私はあなたに用があって参りました」
確かに彼女は忙しい立場だろうし、わざわざアーシャを探しでもしない限りこんな風に会うことはないだろう。
とはいえ、だ。
(めんどうごとの気配しかしないんだけどなぁ……)
一難去ってまた一難。思わずうんざりとした顔になるアーシャだった。
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