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86空き缶
空き缶のような
風が吹く
空き缶のような
軽すぎる胸のところに
空き缶のような
渇いた音がなる
空き缶のような
空き缶のような
空き缶のようだ
満たされる予感もない
明日が刻々とやってくる
87やさしさ
やさしさは
ババ抜き
裏があるときと
表しかないときと
やさしさに
触れたところで
どちらかは
誰にもわからない
なぜなら
やさしさは
表裏とは
別のところから
やってくる
偏西風のようなもの
だから
天気予報だって
ババ抜きは当たらない
88苦いコーヒー
神聖な悪魔のために歌う
賛美歌の中の孤独
ひっそりと行われる
邪な地団駄
邪悪な天使が飛ぶ
羽の中に慈しみ
翼の中に悪事
悪循環で繰り返される
悲劇と喜劇
偽りの聖歌隊が合唱でハモる
嘘と本当が交じり
本当が嘘になり
嘘が本当になる
苦いコーヒーに溶けた
甘い生クリームの味がする
89ただの木
ただの木である
かつては桜と呼ばれていた
ただの木である
葉が生い茂り
小鳥がさえずり
公園の少し外れた真ん中で
静かに佇む
ただの木である
ただの木に興味を抱く人はいない
ただの木はどこにでもある
ただのひとである
ただのひとに興味を抱く人はいない
ただのひとである
ただ詩を描いている
誰も立ち止まることのない
ただの詩を描いている
ただのひとである
ひとはただのひとのフォルムである
折り紙でしかなくて
90ライオンとシマウマ
アフリカのサバンナで生きる
ライオンは捕まえたシマウマを食べようとしていた
食べる前にライオンは思った
このシマウマちょっと可愛いかも
食べられる前にシマウマは思った
このライオンちょっと格好いいかも
そうして食べる食べられるのを躊躇った
二頭は少し会話をした
会話の内容は大したことなかったが
気が合った
また会う約束をして
それからというもの話し込んでは
会う約束をしての繰り返し
そうこうするうちに
二頭は愛し合うようになっていた
ライオンはシマウマと結婚したかった
シマウマはライオンと結ばれたかった
しかし厳然たる種別の差を乗り越えられない
そこで神様に祈った
ライオンはシマウマになりたい
シマウマはライオンになりたい
それぞれ
互いを思って
お祈りした
その甲斐あって
ライオンはシマウマに
シマウマはライオンに
変貌した
ようやく番えると
会いに行ったものの
愕然とした
これでは自分たちの子孫を残せない
しかしシマウマとライオンは思うのであった
わたしたちは互いを愛し合えるという
幸せという名の子を授かった、と
なんて上手いこと言うと思った?