情報屋の力試し6
お師匠さまが助けに来てくれた……?
「いた! 大丈夫か、フィリー!」
ーーいえ、この声は……レイバーです。
そこには必死な顔をしたレイバーと会長達の姿がありました。
ドアを蹴破ったらしく、会長は足を上げています。
「皆さん! どうしてここを!」
「会長さんにアルマ君の家を教えてもらったんだ」
レイバーが答えた後ろで、会長はデリックを一瞬にして拘束しました。ニカッっと歯を見せてこちらを振り向く姿が大変頼もしいです。
「ありがとうございます……!」
「間一髪っといった感じだったね」
後ろ手に捕らえられたデリックは悔しそうに舌打ちをしました。
◇◇◇
時は過去に遡ります。
レイバーと足跡探しをしたあの日、私はその足でアルマに靴底の型をもらいにいきました。
「アルマくん! お願いがあるのですが、協力してくれますか!」
「いいけどどうしたの?」
「靴を貸してほしいのです!」
「靴?!」
驚くアルマを差し置いて、私はアルマの靴を脱がしました。そして、型を取り始めます。アルマは私がおもむろに靴底にインクを塗り、紙を当て始めたので、レイバーと同様に怪訝な顔をしました。
「これは……靴底の形? そんなのどうするの?」
「それは勿論、犯人の……」
と言いかけて私は言いよどみました。今後犯人候補が現れた際に、足跡が証拠にあるなんて迂闊に話せないでしょう。
私はとっさに、「現場の薬品がついていたかもしれないので、検出するか確認しようと思って」と苦し紛れな理由を使いました。
アルマは自分には理解できない領域だと悟ったのか「ふぅん、まぁいいけど……」と、腑に落ちない顔ではありましたが、それ以上の追及はしませんでした。
それからアルマに現場付近にいた人を教えてもらい、知人のつてを使って数人の足跡を集めて回りました。アトリアに戻ると、すぐさま足跡の照合を始めます。
照合して程なくのことです。
なんと現場にあった足跡と一致するものが見つかりました。二つの足跡の内、小屋ではなく山の中でのみ発見された、片方の足跡と形が同じです。
悦ばしい気持ちになるかと思いきや、私は達成感や喜びとは違う感情を抱いてしまいました。
だって、一致したのは……不運にもアルマの足跡だからです。
ーーまさか、アルマ君が犯人の一味?
信じられませんでした。私は胸がきゅっと締め付けれられるような感覚に陥りました。
さっきまで仲良く話していたのに? 火災の知らせを必死に教えてくれたあの表情が忘れられません。さらに、爆発があった時、私と共にいたはずなので、アリバイがありそうなものです。
しかし、足跡はアルマのものと一致しているので、関与は否定できなさそうです。
ーー今までの行動は演技だったのでしょうか?
これはより正確な確認が必要となるでしょう。
私は気を取り直して調査を再開し、小屋の方に残されていた足跡……私の小屋に火をつけたであろう実行犯の方の割り出しを開始しました。
実行犯は足跡のサイズから、成人男性だと予想できます。
しかし、今回は一致する足跡はありませんでした。
そもそも、アルマ君が嘘の証言をして、現場付近の人物として犯人を候補に出していない可能性がありるので、この候補の中にいないのも当然でしょう。
ーー仲間であれば隠すのが普通ですからね。
アルマが共犯に至った原因は、実行犯は余程親しい者の頼みか、誰かに脅されて実行したかの二択だと思います。
では、どうしましょう。アルマ君を捕まえて犯人の名前を吐かせますか?
いえ、そんな暴力的なことをしてはいけません。
考えた挙句、アルマの身辺調査に取り掛かりました。
アルマはガラス職人の弟子をしています。
まず私は、親しい者から攻めるべく、工房関係者を尋ねることにしました。
工房から少し離れた所に、職人や弟子たちの宿舎があります。
翌朝、私が宿舎に訪れると、「わざわざ来てくれたんだ!」と、アルマは嬉しそうに歓迎してくれました。共犯者の割には警戒心がありません。改めて観察してみますが、表情や行動からは私を警戒している素振りはありませんでした。
ーーもしや騙されて犯行に至った……?
杞憂だといいのですが。ただ、演技が上手な可能性があるので、こちらは気を抜かずにいきます。
「アルマ君、昨日の薬品の件ですが……やはり検出されました。あなたが薬品を靴につけて宿舎に持ち込んでいる可能性があるので、確認をしたいのです」
「え、そうなの!?それは大変!」
全く疑うことなく、聞いてくれます。
「つきましては、住民の皆さんの靴についているか確認したくて……協力してくれますか?」
「勿論! 皆に危険があったらだめだもんね」
宿舎は複合住宅となっているらしく、10人ほど住んでいるそうです。
「大事にしたくないので、こっりとサンプルを取ってほしいのです。深夜皆さんが寝て靴を脱いでる隙に、この液と二種類の紙を使って、以前私がしたようなことをしてほしいのです」
「わかった。やってみるね」
素直にお願いを聞いてくれます。共犯であるのが嘘のようです。
少し疑いつつも、私は一式をお渡ししました。
翌日、私が再び宿舎を訪れると、アルマは私の心配が杞憂だったかのように全員分の足跡を渡してくれました。
◇◇
時は今に戻ります。
会長がデリックを取り押さえ、その周りにレイバーを含め数人が集まっています。顔なじみの皆さんが私を心配して、探しにきてくれたようです。
しばらくすると上の階から、アルマも連れてこられました。同じように取り押さえられ、デリックの横に並ばされます。
「アルマ君、お手伝いをお願いしたのに逃げるなんていけませんよ。最後まで責任を持ってくださいね。まあ、共犯の身で心底怖いと思いますが」
私は微笑みを浮かべ、アルマに近づきました。
アルマを見下ろします。アルマの肩が少し小刻みに震えているのが見えました。
「一体、どういうことですか」
会長が真剣な顔で、私とアルマ達を見回します。
私はアルマの足跡が共犯者のものと一致した旨、薬品が検出された可能性があると嘘のお願いをして、アルマ君に工房全員の足跡をとってもらったことを、この場にいる皆さまにお伝えしました。
途中まで聞いたところで、アルマがハッとした顔をしました。私は構わず続けます。
「あの時はありがとうございました、おかげで私は最小限の労力で工房メンバーの足跡を手に入れられました。貴方には足跡ではなく薬品の検出と言っておいて正解でした。」
私が嬉しそうに言うと、アルマは迂闊だったという顔をしました。
「あれから、照らし合わせて、すぐに犯人が見つかりました。わざわざ名前付きで報告くださったので、楽でしたよ?」
「もしやその犯人が……」
会長はそう言いつつ、目線を手元に移します。
「はい、……この方が犯人であると突き止めました」
皆の目線が、会長に取り押さえられたデリックに向かいます。
「この方はデリック。ガラス職人の弟子で、アルマ君の兄弟子に当たります」
デリックは俯いたまま聞いているようです。
「想定通り、姿を見せてくれて助かりました。アルマ君がうまく案内してくれましたね」
「そういえば先程、何か紙を渡してましたね?」
「はい、それが関係しています。デリックと足跡が一致した当時、彼の犯行の動機がすぐに思い当たった上に、犯行の再現性もあって、犯人の可能性が非常に大きいと踏みました。ただ、犯人が私の前に姿を表せてくれるか懸念があったので、私は賭けにでたのです」
「賭け?」