情報屋の力試し5
◇◇◇◇◇
「会長さん、すみません。急にお呼び建てしてしまって」
「いえいえ、フィリーさんのお呼びとあらばいつだって飛んできますよ」
街の中央広場には、事件当時に居合わせた近隣商会の会長とレイバー、アルマ、さらに数人の市民が待機していました。
「先生、ご要望通り中央広場を集合場所としましたが……他の市民にも聞こえる場所で話すということは、あの事故について何か進展があったのでしょうか?」
私はニコリと微笑むと、自信を持って答えました。
「はい、問題はすっかり解けましたよ」
すると、会長が驚いた顔をしてみせてきました。
「なんと! では今日はそれをお聞かせいただけるのでしょうか?」
「はい、勿論です。この前の爆発のことで、私はそろそろくたびれていますから」
「ああ、先生も大変そうですよね。街は爆発のことで話題が持ち切りです。フィリー先生に同情する声がある一方で、爆発物を所持し、危険な実験をしているなどど悪い噂を流す輩も出てきましたね」
「そうなんです。そろそろ私もけりをつけたいと思って、今日こうして街の再有力者である会長さんや、事情を知りたいであろう皆さんに集まっていただきました」
「けりをつける……ということは解決もするんですね?!」
「はい、正確には”これから解決”します」
「これから解決?」
「結論から申し上げますと、犯人は分かっております。ただ、一筋縄ではいかなそうなので、ちょっとお力添えをいただきたくて」
私はそう言うと、集団の中からアルマを呼び、紙きれを渡しました。
「まずはアルマ君。お手伝いをしてくれますか? そこに、犯人の手がかりが書いてあるのですが……」
アルマはきょとんとした様子で紙を開きます。しかし、紙の内容を見たと同時に、目を見開きました。そして私のことを驚きや動揺を含んだ顔で見るやいなや、突然取り乱したように走り出しました。
「アルマくん?!」
アルマはチラリと私に目をやると、また前を向き一目散に走っていきます。この場から着実に離れていくので、私は急いで後を追いました。
「待ってください!」
それからアルマは、こちらを振り返りもせず、ただ走り続けました。
ただ、しばらく走ると、アルマは街の中心から少し外れた所にある、古びた建物に入っていきました。これは……アルマの所属する工房横の複数階建の建物ですね。
私も続いて建物に入ります。
中に入ると、アルマはやっと私を見てくれた……かと思えば、すぐに入り口付近の階段を駆け上がり、姿を消しました。
「アルマ君! どこに行くのです!」
そう声を荒げた時です、バンッと大きな音が鳴り、急に扉が勝手に閉まりました。私は警戒の姿勢を取ろうとしますが、一歩遅かったようです。
何かが背中に触れたと思った直後、身体に衝撃が走りました。どうやら壁に打ち付けられたようです。
「どこだっていいじゃん」
背後から、少しせせら笑うかのような男性の声がしました。私は咄嗟に体勢を整え、壁を背にして立ちました。
薄暗い部屋で目を凝らすと、黒くボサボサの髪の青年が立っています。赤い瞳を長めの前髪で隠しており、暗闇で見ると少し薄気味悪い印象を与えます。
私はこの青年と初対面ではないと、一瞬にして察しました。
「ごきげんよう……デリックさん」
青年……デリックは私がそう名前を呼ぶと、嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべました。窓からウッスラと、差し込む陽光で、赤い目が不気味に光ります。
ーーやはり現れましたか。
デリックは静かにこちらへ接近してきました。
私は後ずさりしますが、迂闊でした。後ろは壁です。私は壁とデリックの間に挟まれ、逃げ場を失ってしまいました。
咄嗟に辺りを見渡そうとします。しかし、少し目線を外した直後、一瞬にしてデリックの手が私の肩を掴み、身動きを封じました。顔が至近距離に迫り、額が付いてしまいそうです。
デリックは目が合うとニタァと歯を見せ、嬉しそうに私の顔を覗き込みました。
「やっと会えたねぇ、フィリー」
そう話すデリックの吐息がかかり、不快に思った私は思わず顔を背けようとします。
しかし、顎を捕まれ正面を向けさせられました。
なんでしょう。お師匠さま似のレイバーの顔が近かった時はそこまで不快ではありませんでしたが、今回は嫌悪感を抱きます。
「俺はね、君にずっと会いたかったんだよ」
デリックは楽しげに微笑みを浮かべつつ、そう告げました。私は押さえられつつ、抵抗して嫌味を返します。
「あら、私も不本意ながら会いたい、いや会うべきだと認識していましたよ」
「本当? それは嬉しいねぇ」
嫌味は華麗に受け流されてしまいます。
埒が明かなさそうなので、私は精一杯睨み、こう言いました。
「単刀直入に言います。……あなたですよね? 私の小屋を爆破させたのは」
デリックはそれを聞いて、目をゆっくりと細めました。
「ふーん?」
「しかも、私がここに来ることまで想定してましたよね? 弟弟子のアルマ君を利用してまで」
デリックはくふふと笑いました。
「で? もしそうだった場合どうするの?」
「え?」
「君が俺に会いに来てくれた事実だけで良いじゃん」
そう言うとデリックは私の両腕を掴み、耳元でこう囁きます。
「……やっと俺を見てくれたね。凄く嬉しいよ」
私は背筋に冷たいものが走りました。それと同時に危険や恐怖といった単語が脳裏をかすめました。
さらに驚くべきことに、デリックの唇は自分の唇に向かっています。
ーーこのままでは唇に触れてしまう。
お師匠さまに接吻の仕方を教えていただいた時は不快さなどなく、むしろ嬉しく思いましたが、今の私は非常に不快と恐怖を感じています。
私は咄嗟に抵抗をしてみましたが、身動きが取れません。私はぐっと身体に力を入れました。
ーー逃げなければ。
その時です、少し外が騒がしくなったと思えば、「ドン」と耳をつんざく大きな音が響きました。周囲が急に明るくなります。
眩しい光の中、目をしばたたかせると、そこにはお師匠さまの顔がありました。