情報屋の力試し3
私が先ほど見つけたのは「緑のガラスの破片」でした。
特に何の変哲もない、ただのガラスでしたが、私にとっては大きなヒントでした。
あの小屋に実は緑のガラスは置いていません。即ち、ガラスは外から……犯人から持ち込まれたと考えるのが妥当でしょう。
ガラスの側面は少しぬめりがあり、油がついていました。これは、容器状のガラスに油が入っていたことが推測されます。
おそらくですが、油の入ったガラス瓶のような物を建物に複数個投げ入れたのでしょう。ガラスが割れて油が飛び散ったのを確認し、なんらかの方法で着火したのだと思われます。
ということは……
柵の外から物を投げ入れるのを想定して、人の投擲距離を察するに、この辺りでしょうか?建物からの一定の距離を取りつつ周回します。
「あった!」
予想は的中しました。
柵があったであろう場所の付近に、明らかに男性の物と思われる足跡がありました。近くに沼があって助かりましたね。
恐らく、これが犯人の足跡でしょう。
すると、突然前方から声がしました。
「何があったって?」
私の声を聴いてでしょうか、帰ったと思っていたはずのレイバーがどこからともなく現れました。私は突如現れたお師匠さま似の顔にぎょっとしてしまいます。
神出鬼没とはまさにこういうのでしょうね。完全に気配を消していたようです。無視するわけにもいかず、私は作り笑いを浮かべます。
「えっとですね……」
犯人が誰であるか分からない今、話すのを躊躇しましたが……声を上げてしまった以上、秘密にするのも不自然かもしれません。素直にお答えすることにしました。
「足跡ですよ」
「足跡? ……もしかして犯人のかい?」
私が足跡を指差すと、驚きつつも少し嬉しそうにレイバーは覗き込みました。
「はい、恐らく。ただ、これが誰のかはまだこれから調べる必要がありそうです」
「いやあ、さすがの観察力だね。この短時間でよく見つけられたものだ」
「恐れ入ります」
「でも、この足跡をどうするんだい?」
「あとは……足跡が他にも残っていないか探し、もし残っていれば、跡をたどろうかと思いまして」
「なるほど、足跡を追えば犯人がどこから来たのか判明するかもしれないからね」
私が辺りを見回すと、すぐに似た足跡を発見しました。よく見ると似た足跡は裏の山の中に続いているようです。跡をたどって、山の中に入ってみます。
レイバーも私を邪魔しないようにしつつ、ついてきました。
程なくして私よりも先に、レイバーが声を上げました。
「あそこ、無駄に草が倒れて地面もえぐれてないかい?」
丁度足跡の先に、人が数人座れるくらいの小さな空間が現れました。その場で動き回ったのでしょうか、足跡がいたるところにあり、草が踏み潰されています。
「これは……犯人が一時拠点にした所でしょうか?」
「そのようだね。何かここで重たい物を下ろしたりしたんだろう。複雑な跡が残っているね」
では、ここから足跡が別に続いているはずです。私は再び足跡をたどろうとして、ふと違和感に気づきました。
「足跡が、二つあります……」
沢山の足跡に隠され気づきませんでしたが、明らかに別の人物である足跡が見つかったのです。
「本当だ。サイズが違うから別人であると分かるね」
犯人は二人組のようです。一人は現場に、一人は元来た道を引き返したかのように見受けられました。ということは、二人とも同じ所からここにやって来たということですね。
私は二人がどこから来たのか、足跡の向きを参考に引き続き追跡することにしました。
ただ、足跡追跡はあっけなく終わってしまうことに。なぜなら、二人とも整備された遊歩道で途中まで来たらしく、足跡はその手前で終わっていたからです。
「足跡を追って、最後は拠点まで上手く突き止めるってわけにはいかないんだね」
レイバーは残念そうに肩を落としました。
「はい、残念ですね……」
私も少しションボリとしてみせました。
しかし、思ったよりも残念という感情がでるほど、体が重い感覚には陥りません。なぜなら、順調に進まないことは想定済みではありましたから。
むしろ少しではありますが、不思議とさらにやる気がみなぎってきました。簡単には解決させてくれない所に、なんだか私の力量を試されてるような気がしたのです。
ーーいいでしょう。ここからは"情報屋アトリア"の力を使わせていただきます。
私はくるりとレイバーに向き直しました。
「レイバーさん、落胆するにはまだ早いですよ」
「その反応……何か策があるのかい?」
「いいえ? まだ分かりません」
「分からない?! では、なぜそんなに自信に満ちた態度でいられるんだい?」
「だって、これから分かるからですよ」
「これから分かる……?」
私がニコリと微笑むと、レイバーは意味が分からないといった顔をしました。
丁度良いので、私の情報屋たる姿を見ていただきましょう。
「私が何故、情報屋と言われているのかご存知ですか? それは、膨大な脳内事典による知恵の豊富さにあるのですよ」
「脳内事典?」
「はい、脳内に百科事典のように情報を記憶しています。私は一度得た情報を忘れない特殊な能力を持っているのです。これから、その脳内を使って解決案を割り出します」
レイバーは理解が追いつかないのか、キョトンとしています。これは実際にお見せするしかないですね。
「……少しお時間をくださいね」
深呼吸をして、私は全神経を脳内事典(脳内の記憶空間)に集中させました。
『足跡、複数犯』……
捜査方法を探します。無数の文字が脳内を駆け巡る中……該当する項目をピックアップしていきます。
しばらくして、共通するとある調査方法がヒットしました。
ーーその手がありましたか。
結果を知り、私は思わずニンマリと微笑んでしまいます。
「レイバーさん、解決方法が分かりました」
「もう?!」
「はい。でも、道具が足りなさそうです。もし私の解決方法が気になるようでしたら、ここでお待ちください」
「え? ……て、ちょっと!」
状況が掴めず再びキョトンとしているレイバーを置いて、私は急いでアトリアに戻りました。
私は早速、店舗兼家であるアトリアに入ると、奥の部屋に向かいます。アトリアは建物自体に多種多様な仕掛けがあり、機械仕掛けの情報屋の謂われの一つとなっています。特に奥の部屋は特殊な作業部屋となっていて、用途に合わせてレバー操作ひとつで、様々な形に変貌する優れた仕様になっています。
私が黄色のレバーを倒すと壁に歯車が現れ、本棚が現れました。黄色のレバーは書斎に繋がるスイッチなのです。数ある書物の中から、この街の地図を取り出します。
そして、今度は緑のレバーを倒し、工具などを収納している棚を出しました。
「確か奥のほうに……」
普段は使わない奥の箱から、私はお目当ての物を複数取り出します。
私は地図とそれらを荷台に乗せると、再びレイバーが待つ現場に向かいました。
◇◇