バレないように
私は平民街のアトリアを閉店した後、いつものように奥の黒いレバーを倒して鏡や衣装などを棚に出現させ、赤いウィッグと濃いめの化粧をします。
こっそり店を出て、慣れたように大衆酒場に入りました。
酒場は今日もいつもと変わらぬ繁盛具合で、活気にあふれています。
いつもなら周りを観察し、情報を持っていそうな面白い客を物色するのですが、今日だけは違いました。
大体いつもこの時期、この時間に来るお客様がいるのです。
そう、あの辺に座って、プカプカと煙草をふかしながらエールを飲んでいるおじ様。
ーージェールです。
今は冴えない見た目をしていますが、彼は貴族用の装飾品を生業にする商人です。
普段は身なりの良い服装をしている彼ですが、今は平民街に馴染むように少し薄汚い恰好をしていますね。ちなみに、以前はイーラとして私が変装することにより、接触に成功しています。
早速私はジェールに近づきました。
「おや、あんた今日は一人なのかい?」
するとジェールは少し怪訝そうに見上げてきました。
「なんだ、俺に用か?」
ただ、私の顔を見るなりいきなり、ぱぁっと顔色が明るくなりました。
「なんだ、ベリーじゃあないか!」
ジェールは私がベリーシャであると分かった瞬間、態度がコロリと変わりました。スッと背筋を伸ばして、横に座るように促してきました。先ほどまで深々と椅子に座って、足をこれでもかと開いた横暴な姿はどこにいったのでしょう。
ジェールはどうやらベリーシャのことがお気に入りらしく、店にくると頻繁に私に声をかけてきます。今日は私から声を掛けたのが、余程嬉しかったのでしょう。
ジェールは私の正体がフィリーだとは全く気付いていない様子なのが、なんとも可哀想ではありますがね。
まあ、私の正体がバレないのは無理もありません。だって、見た目も雰囲気も、そして頑張って声も変えているのですから。
ジェールは私が横に座るといそいそと飲み物を追加で注文し、いつものように機嫌よく話し出しました。
イーラの時との対応とは大違いですね。
なんとも単純なことです。
私はしばらくジェールの話を聞き、相手をしました。正直退屈です。だって、ベリーシャに対してはいつも自慢話ばかりなんですもの。もっと面白い話を持ってきてくれてもいいのに。
でも、今日はこの方に用があるので、我慢です。
しばらく話を聞いて、タイミングを見計らいました。
どれくらい経ったでしょうか、ジェールはお酒が回って、饒舌さに拍車がかかってきました。そろそろ良い頃合いでしょうかね。
「ねえ、ジェールさん。アタシのお願いを聞いてくれないかい?」
すると、ジェールは顔を真っ赤にして、へらへらと笑いながら答えました。
「おう、いいとも。ベリーのためならなんだってしよう」
その言葉をまっていました。
「実はね、一緒に来てほしい所があるの。一人じゃ怖くって」
すると、ジェールはボーっとした上で、下品に笑うとフラフラと立ち上がりました。
「なんだそんなことか。いいぜ、お安い御用だ」
そう言うと、「ベリーとならどこでだって行ってやるよ」と、千鳥足ながらも私についてきました。
大変単純で助かります。酔っぱらって理性を失っている間に、私はジェールを移動させることにしました。
途中、ベタベタと触ってくるので、振り払うのに必死ではありましたが。
先ずは店から出ることにしました。
そして、酔っ払いを連れて、静かな夜の街を少し歩きました。
千鳥足の酔っ払いを支えて歩くのはとても大変ですが、少しの我慢です。
しばらく歩くと、見慣れた建物が出てきました。
この建物を見て私より先にジェールが反応します。
「ここって……」
ーーアトリアです。
少し渋ったのか、ジュールが引き返そうとしました。
私は逃げられないよう、さっきよりもしっかりと腕を掴み、支えました。
もはや引きずるように歩きながら話します。
「あんた、この街の情報屋のフィリーさんをしっているかい?」
すると、急にジェールは露骨に怪訝な顔をしました。
「あぁ……奴か。……知っているが奴がどうかしたのか?」
奴とは失礼な言い方ですね。いつもあなたはこのように私を呼んでいるのですか? 少しムッとしましたが、ここは抑えて笑顔を取り繕いました。
「ええ。私は困ってね。ジェールさんを連れてこいと言われてたんだよ。これで私はお役御免となるわけだ。ああよかった。」
私はアトリアの店の扉を乱暴に開けました。すると、ジェールはやっと状況を理解したのか、顔が真っ青になりました。
「な?! おい、それはどういうことだ」
振りほどこうとするので、私は必死に腕を掴んで引っ張ります。
ここまで来て、逃がすものですか。
私は店に入ってわざとらしく「おーい、フィリー先生! ジェールさんを連れてきたよー!」と叫びました。自作自演も甚だしいですが。
そして、アトリアの奥の部屋にある椅子にジェールを座らせました。
そして、アトリアの奥の部屋にある椅子にジェールを座らせました。
「じゃあ、ここで待ってて」
そう言うと、椅子のボタンを押します。勝手に紐が出て、ジェールは身動きが取れなくなりました。
「お、おい!」
ジェールが悲鳴のような声で、私を呼びます。
「あいつに会わせるなんて話は聞いてないぞ!」
ジタバタと暴れるので、ガタガタと大きな音が部屋中に響きます。
うるさいですね。
「だって、先生があんたと直接話したいらしいけど、なかなか会えないって嘆いてて。これで先生に貸しが一つできたな」
私はわざとらしく、下品に笑うと手をヒラヒラとさせて退室します。
「ま、まってくれ!」とジェールは寄っているせいなのか、必死なのか分かりませんが、顔を真っ赤にして呼び止めました。
ただ、構っている暇はありません。私はやることがあるので、さっさと店の正面玄関から出ていきました。
そして、裏口からアトリアに入ると、急いで化粧やウィッグを外していつものフィリーに戻りました。
今の所は予定通り上手く進んでいそうです。
私は店の奥から、ジェールのいる部屋に向かいます。
これから、フィリーとして会いにいくのです。
ただ、部屋に行く前に私はふと足を止めることになってしまいました。




