あたたかい隠しごと
「いやぁ、なんだか僕はお腹いっぱいだよ」
横で歩いていたレイバーが呟きました。
「何か食べましたっけ?」
「いいや、そういうことではなくって。竜だの、隣領の人たちとの話だの、僕は色んな話が聞けて楽しかった分、情報が多くてお腹いっぱいになった気分だよ」
「ああ、そういうことですね。それなら私も驚きましたよ。あんな話になるなんて」
「僕は、君が囚われている現場に行こうとした時、本当に心臓が止まるかと思ったんだからね」
「その節は、本当に失礼しました……」
「まあ、その分面白い話が聞けたので大目に見てあげるよ」
レイバーはパチンとウインクをしました。このような場合はレイバーの優しさがありがたいですね。
「で、君は満足したのかい?」
「結局の所、解決はしてないので、少し物足りないことはありますが、竜を見た仲間がいたという事実は私にとってはとても大きかったです」
「まさか、君が竜を見たことがあるなんてね。僕はまずそちらに驚きだよ。あれかい? お仕事で見たのかい?それとも偶然?」
何も知らないレイバーは、何気なく私に問いました。ただ、ここで私は言葉に詰まってしまいます。だって、お師匠さまと竜の調査をしてたなんて言ってよいものか迷ってしまったのです。
少し歩く足取りが遅くなったのと、私の纏う空気に異変があったのでしょうか。レイバーは何かを察して、急に真顔になりました。
「聞いてはいけないことだった……?」
少し心配して、顔を覗かしてきました。
「いえ、そんなことは……ただ……」
言って良いのか? 信じてもらえるのだろうか?これらの考えが私の脳裏をかすめました。
以前、レイバーには、お師匠さまはある事件に巻き込まれて攫われたとはぐらかしました。竜にお師匠さまが攫われたなんて信じてもらえないと思っていたからです。
でも、今の状況は前回とは違います。同じように竜を見た経験がある人達にも出会った直後なので、信憑性があります。
ーーもしや、今なら言えるのかもしれない。
それに、一人よりも二人の方が、何か情報が入るかもしれません。アトリア貴族室の発見も、さかのぼればレイバーがいてくれたから発見できたのです。
不思議と、レイバーなら真実を言っても良い気がしました。いえ、言うべきだとも思い始めました。
そう、それは私の思考以前に何か、もっと直感的な所でしょうか。全くもって現実的な判断ではありませんが、私の中では何故か竜のことを話す判断が下されたようにも感じました。
でも、大切なことを黙っていたので、怒られるような気もしてきました。もし、その場合は黙っていた私が悪いのです。イチかバチか、私はレイバーに言ってみることにしました。
私は歩く足を止めると、恐る恐るレイバーを見上げました。
「あの、話しても良いのですが……その前に私は一つだけあなたに隠していたことがあり、謝らなければなりません」
「隠し事?」
「はい。以前、お師匠さまが行方不明になった件について、お話しましたよね? あの時は事件に巻き込まれたと言いましたが…………実は竜が関係していたのです」
「そう、なのか?」
「ええ、お師匠さまは事件に巻き込まれたのではなく……竜に攫われてしまったのです。」
「……」
レイバーは驚いた様子で歩く足を止めます。
私は、ポツリポツリとですが、あの日の出来事を話していきました。今度は包み隠さず、その時の様子まで言いました。
絶句していたレイバーは、段々と真剣な表情にかわり、一生懸命私の話に耳を傾けてくれていました。
「……という訳で、私は竜についての情報が何としてでも欲しかったのです」
「そんなことが……」
レイバーは想定外の話に、口元に手を当ててまた黙ってしまいました。
「大事なことを黙っていて、すみませんでした。」
私は大きく頭を下げました。
どうしよう。せっかく協力者となっていたのに、大切な部分を黙っていたことに怒るでしょうか。それに、竜の話をまだそもそも信じていない可能性もあります。気まずくなって、しばらく頭を下げたままにしていました。
少しばかり経った後、上から「顔を上げて」と声がしました。
言われたとおりに顔を上げると、丁度レイバーの手が私の頭の上に置かれました。ポンポンと頭を撫でられます。そこには、いつもの茶目っ気のあるレイバーではなくて、優しく、それでもってとても同情したような表情のレイバーがいました。
「よく話してくれたね」
「……怒らないのですか?」
「なんで?」
「だって黙っていたんですよ?」
「それは、黙っていたのではなくて”言えなかった”の方だったんでしょ?」
レイバーが私を覗き込みました。
「何かありそうだなとは思っていたけど、そういうことか。まさか竜が絡んでいたなんて」
「……信じてくださるのですか?」
「ん? 信じるよ。だって君が言うんだろ?」
ーー信じるよ。
なんてあったかいんでしょう。私は胸にから何かが込み上げるような感覚を覚えました。
「どうしたの?!」
レイバーが何故か慌てています。
直後、水が私の頬を伝って、ぽとりと落ちました。
ーー水?
頬を触ると、水がついています。水は……私の目から流れてきているようです。
これは……涙?
暖かい水が、私の目からとめどなく流れ出ています。
「……わ、わたし……」
何か言おうとしますが、上手く言葉が出ません。目から涙が溢れ落ちて、息も上手く吸えなくなってきました。
涙を止めないとと思っても、私の体はいうことを聞きません。鼻をすすっても、目を押さえても濡れてしまいます。
「う……ぐっ……」
気付けば私は、その場で必死に服の袖で自分の涙を拭うしかできなくなってしまいました。
涙を止めれなくて悔しい、でも何故か悲しくない。むしろ嬉しいのに涙が止まらない。そんな矛盾した感情が出てきます。
しまった、レイバーにこんな姿は見せれません。
思わず俯くと、急に身体が暖かくなりました。
額が何かに当たります。顔を押さえていて前が見えなかったのですが、それがレイバーの胸であると分かりました。だって、背中に手が回されて、ぎゅっとされている感触があったから。
「レ、レイバーさん?」
しゃくりあげつつ、私は声をだしました。すると、レイバーは背中にあった片方の手を今度は再び私の頭の上に乗せて撫で始めました。
「大丈夫。大丈夫」
そう声をかけるレイバーの声色は優しく、とても心地良く感じました。
「僕には分からないんだけど、きっと、大変だったんだね」
私は何も返事が出来ません。
「大丈夫、今は僕の胸を貸してあげる。信頼して、ゆっくりしてていいよ。だって、僕たちは仲間じゃないか」
信頼……そうか、そうです。私はきっと、悲しくても悔しくてもなくて、嬉しくて泣いているのですね。
私の話を信じて聞いてくれた。私はそれがとても嬉しかったのです。
そう考えると、何か胸につかえていたものが、少し消えたように感じました。
今まで、幾度となくお師匠さまが竜に攫われたことは街の人々に言ってきましたが、ことごとく信じてもらえず、聞く耳を持ってもらえませんでした。ショックのあまりにそういう妄想に囚われているのではないかとも言われてきました。
だから、信じてもらえて、話を聞いてもらえて、嬉しかったのでしょう。
お師匠さまがいなくなってからは必死で、絶望で、こんなにも感情というものを出すことはありませんでした。
久しぶりに私は声を上げて泣いてしまいました。
レイバーは何も言わず、ただ私を受け止めてくれていました。




