となりの領地
「頻繁に現れる……ということは、竜は何か目的があるのでしょうか?」
私が問うと、青年は続けました。
「それが、分かりません。特にまだ被害は出ていませんが、いつ何時襲われるか分かりません。俺達は普段、恐怖に苛まれつつ暮らしているのです。」
「それはお気の毒です。違う所で被害が出ていなければ良いのですが……ちなみに、人間を連れていたことはありますか?」
さりげなく、お師匠さまの存在をほのめかします。
集まっている人々はうーんと思い出す素振りをしましたが、皆それぞれ首を横に振りました。
「見たことはないですね」
竜によって攫われたお師匠さまが隣領に連れてこられた可能性を少し考えていましたが、当てはまる確率は低そうです。内心大変ガッカリとしましたが、表情に出さないよう一生懸命自分を律しました。
「それならば、人の被害がまだないようで安心しました。竜は、近くで見た時に何か特徴がありましたか?」
「特徴ですか……」
再び、各々腕を組むなどして思い出す素振りをすると、思い当たる部分を口に出します。
「大きい、多分人1人運ぶのなんて片手で充分だろう。」
「ああ、身体は銀色のような光沢がややあるな」
「鳴き声なんかは聞いたことがない」
「あ、あと首元に飾りがある。柄はあまり見えないがな」
首元の飾りですって? 聞き逃しませんでした。
「首元に飾りとは、もしかしてこのような……」
私は常に持ち歩いていた、紙を取り出します。お師匠さまを攫った竜の首元にあった装飾のマークをメモしたものです。
彼らにそれを見せました。
すると全員目を見開くと、「それだ!」と声を揃えました。
私は胸の奥に何か熱いものを感じました。決して目には見えませんが、微かな光が自分を照らしたようにも思います。
ーーあの竜だ。
あのお師匠さまをさらった竜です。こんな所にいたなんて。
やっとお師匠さまについての手がかりを一つ掴みました
私は不謹慎な状況にも関わらず嬉しくて、一生懸命笑みがこぼれそうになるのを我慢しながら話を聞きました。
「この印が分かるってことは、お嬢さんが見た竜も同じ奴なのか」
「はい、数年前に見たことがあります。同じ個体でしょう」
「数年前……そんな前からいたとは。どこにいたんだ?」
これは話すべきか迷いましたが、おおよその位置なら問題ないでしょう。
「私は、領地境にある岩場にて確認しました。ただ、すぐに飛んで行ってしまい、それ以降同じ場所には現れていないので、場所を移動したのだと思われます。」
何度も何度も同じ場所に行き、待っていた日々を思い出しました。
少ししんみりしそうになりましたが、そんな私の様子とは真逆に、アレンが食い気味に聞いてきました。
「その時はどちらに向かっていきましたか?」
目が真剣です。私は少し勢いに押されつつ思い出しました。
「えーっと。確かあの時は……隣領の方に飛んでいきました」
そうです。隣領に向かったため、お師匠さまの消息調査を断念することになったのです。この領地では、基本的に領地外に出ることが許されていません。
だから、悔しかったことを覚えています。
「なるほど、では竜は始めはそちらの領地にいて、後にうちの領地に来た可能性があるということか」
アレンは一人納得したように頷きました。そして、視線を周囲に向けます。
ふと、私もつられて周囲に目を向けると、何故か周囲の全員が同じように納得したような反応を示しているのに、私は気付きました。
どうしたのでしょうか?
私が不思議そうな顔をしたからでしょうか。
彼らは、各々で目配せのようなことをしました。
一番年配と思われる方が、頷くとアレンは私に再び向き直ります。
「あなたの話を聞いてよかった。やっぱり、俺達の考えは合ってたんだ」
「考え?」
私が聞き返すと、アレンは横にいた隊長を気のするかのようにチラリと一瞥してから、少し真剣なトーンで話を続けました。
「俺達が何故今、捕まってまででもしてここ……領地境にいるか分かりますか?」
「い、いいえ?」
「俺達は、竜があなた達の……この領地から来ていると考えていた。だから、今回俺達は領地境であるこの場所に来たんです」
「ここから竜が?」
「はい。先ほど、この近くの街の上空を竜が飛び回るといいましたが。なんせ得体の知れない相手だ。今はまだ被害が無くても、今後何か起こるか怖くて怖くて……でも、俺達の領地では訴えたところで何もしてくれない。いや、人的被害がまだ出ていないのを良いことに、後手に回っていると言ってもいいかもしれない。だから、俺達自身で解決できないか、探しにここまで来てしまったんです」
「それで領地境に?」
「領地境まで来れば、何か手がかりがあると思って探し回っていた所で、そちらの警備班に捕まってしまった……という訳です」
そうだったのですね。
「驚きました。そちらの警備班達に竜の話が通じなくて焦っていたら、さらに警戒されまして。意味不明なことを言っていると思われて、拘束されてしまい……」
私はちらりと遠くの警備班たちに目をやりました。
向こうでは、こちらが何を話しているのか気になっているようでチラチラと何人かと目が合いました。
あの人達は警戒するのが仕事ですしね、仕方ない部分はありそうです。
「捕まった時も、俺達は一生懸命説明をしました。ただ、相手にしてもらえず困り果てていたのです。そっちの領地から竜が来て日々恐ろしい思いをしていることや、調査をしているをことを訴えても、話が通じなくて。でも、こうやって話が通じる人がいて心強いです」
「まあ、確かにうちの領地でも竜はおとぎ話の存在として考えている人しかいないので、信じて話を聞いてくれる人はいませんでしたね。だから、お気持ちは分かります。」
私がこう話すと、アレン達は今度はドミニク隊長の方を見て懇願し始めました。
「あなたが、警備隊の偉い人なんでしょう? 今の話を聞いていただろう? 今の話だと、竜はあなた達の領地から来たはずなんだ。何か知ってないのですか?」




