竜の話?
「あの、竜のことをしっているのですか?」
声と共に急に現れた私の姿を見て、境界警備隊の方々がギョッとした顔をしました。
「誰だ! 止まれ」
一人が私を制止しにきました。
私は構わず進みます。
「竜という言葉が聞こえたのですが」
「何もない。帰れ」
「あの、少しだけ。少しだけでいいのです。竜の話を聞かせてほしいのです」
「関係ない。今すぐ立ち去れ。さては貴様も偵察の者か?」
警備隊の一人が、私を捕まえようとしました。
その時、集団の方から声が聞こえます。
「まて。」
見ると、そこには見覚えのある顔がありました。
「あなたは、もしかしてフィリー殿ではありませんか?」
そこにいたのは、以前狼煙について伝授したドミニク隊長がいました。
「何故あなたがここに?」
ここで、私は正気に戻りました。
しまった。私はなんてことをしてしまったのでしょう。今更後悔をしてしまいましたが、後戻りはできません。
それに、知り合いがいるとは……
でも、領地境の緊急時に隊長がいるのは当然です。どうしましょう。
大変まずいことになった様子です。
私は困ってまいました。
しかし、こうなってしまったら仕方ありません。一か八か言ってみることにしました。
「……実は、狼煙が挙がっているのが見えたので、実際に使われている光景を見に来たのです……」
それから、私は正直に話しました。
レイバーについても話しました。隠れていたレイバーも安全と判断したのか、申し訳なさそうに姿を現しました。
「大体、事情は分かりました。お仲間と一緒に様子を見て帰るだけの予定だったと」
「はい。でも、竜の話がでたので、つい興味が出てしまって今に至ります。お恥ずかしいことに……」
「で、竜の話とは一体?」
「この、囚われている方々がしきりに竜を口にするので、話を聞いてみたいのです」
「いや。聞くだけ無駄だとは思いますよ。そのような空想の生物がいるはずないでしょう。いくら好奇心旺盛なフィリー殿とはいえ、聞いて損をするだけだとは思いますが?」
たしかに空想の生物のはずでしたが、私は実際に目にしています。
「それでもいいのです。私にあの方々と話す時間をいただけませんか?」
ドミニク隊長は少し渋りましたが、私の必死な様子を見て。「特別ですよ」と許してくださいました。
◇◇◇
安全のため、レイバーとドミニク隊長のみ同席することになりました。
「改めまして、私は隊長のドミニクともうします」
「よろしくお願いいたします」
囚われている人は5人でした。10人程度だったはずなので、一部は逃げ切ったのでしょう。
私が近づくと、恐怖と諦めなど各々厳しい表情をこちらに向けてきました。
何を言っても警戒されそうなので、単刀直入に聞いてみるとにします。
「あの、突然ごめんなさい。皆さんは竜について何かご存知なのですか?」
私がそう言うと、急に全員が目を大きく開きました。
そして、途端に態度を改め、こちらに身を乗り出してきました。
目には光を灯しているようにも感じます。
「あなたは?」
「私はこの領民の一人で、フィリーといいます」
私は警戒されないよう、ゆっくりとお辞儀しました。
「あなたは、竜の話を聞いてくれるのですか?」
一人が、身を乗り出してきます。
私がコクンと頷くと、その場の全員がワッと笑顔を見せてくれました。
「やっと、話の通じる人がきた」と喜びはじめました。
「りゅ、竜について何かご存知なのですか?」
私がおずおずと訊くと、その内の一人がこう言いました。
「単刀直入に申し上げますと……この辺りに竜がいたのです。私達は見ました。でも、その話をしても、兵士たちは竜は架空の生き物だと言って信じてくれないのです。」
「竜がこの辺りにいたのですか?」
「はい、それはそれは大きな竜で……」
「もしかして、銀色の……」
「そう銀色の」
とそこまで言うと、全員が息を飲んだように感じました。互いに顔を見合わせます。別の一人が恐る恐る聞いてきました。
「失礼を承知でお聞きしますが、もしやあなたも竜を見たことがあるのですか?」
横にレイバー達がいるので、一瞬言うのを憚られました。
でも、なりふり構ってはいられません。私は「はい」と頷きました。
すると、人々の目が見開きます。空気がもう一段階明るくなったようにようにも感じました。
レイバーと隊長が、驚いてこちらを直視してきます。特にレイバーが身を乗り出してきました。
「僕はてっきり、おとぎ話を信じるフリをして、何か聞き出すのかと思っていたのだけれど……まさか君も実際に竜を見たのかい?」
「はい。私も信じてもらえなかった過去があるので、仲間が出来たと思って嬉しくて……」
あえて、お師匠さまが竜に攫われた話はここで触れないようにしますがね。
「だから、私も竜の話が出た時は驚きと共に嬉しかったのです」
「信じられない……本当に竜がいるっていうのかい?」
すると人々の一人、一番若めの青年が「それが本当にいるのです」と答えました。
「申し遅れましたが、俺は隣領で農家をしているアレンと言います。実は俺達も最近までは竜なんて架空の生き物だと思っていました。しかし、一年ほど前から頻繁に姿を現すようになり、現実の生物だと実感するようになったのです。」
「竜がそちらの領地にいるのですか?!」
「はい、初めは信じられませんでした」
驚きの情報が出てきました。竜が隣の領地に現れた? なんと、竜はこの国だけの存在ではなかったようです。それに、私のように一瞬見た程度ではないときました。
お師匠さまが攫われた時に竜を見た以降、私は竜を見ていません。何度か個人的に調査しましたが、痕跡もなく、巣があったであろう場所も跡形もなくなっていました。
全く手掛かりがないまま、今に至っており、私はとても悔しい思いをしてきました。
やっと、あの時以来初めて竜についての情報が、手に入りそうです。
そう思うと、俄然希望が湧いてきました。この気を逃しまいと、私は色々聞いてみることにしました。




