情報屋の力試し
少年は走りながら必死に私達に何か伝えようとしているようです。
「大変だ! 火が!」
ーー火?
近づく少年の声が、僅かに聞こえた直後です。
「ドォン」と突如大きな爆発音がしました。
「何?!」
私は咄嗟に姿勢を低くします。
あまりに突然のことで、私達は互いに顔を見合わせました。
ひとまず防御姿勢をとりつつ、状況の把握を即座に開始します。音から推測するに、爆発したのは少し離れた地点でしょうか。爆発は連続して起こっているらしく、爆発音が複数回に亘って街に響いています。爆発自体は大規模で無さそうですが、迂闊に動けないため、これ以上の状況が掴めません。
程なくして、続いていた爆発音はピタリと止まりました。
ーー何が起こったのでしょう?
私達は辺りの様子をそっと確認します。丁度先ほどの少年が私達のもとにたどり着いたらしく、息を切らしながら私を見下ろしていました。彼は黒髪に茶色の瞳をした可愛らしい少年アルマでした。私は思わず、アルマに怪我はないかと聞こうとします。しかし……私が口を開く前に、アルマはこう切り出しました。
「大変なんだ! フィリー先生の小屋が火事なんだ!」
「……火事?! わ、私の小屋で火事が!?」
「そう! 先生の物置小屋! だから急いで報告に来たんだっ……!」
なんということでしょうか。私の所有する小屋で火災が発生?!
「で、ではもしや、先程の爆発は……」
「先生の小屋だと思う」
アルマは恐怖で泣いており、しゃくり上げつつ頷きました。
ーーまさか私の小屋で火災なんて……
私は街外れに小さな保管庫を所有しています。ここでは主に、備品や市街地で扱うには危険なものなどを保管しています。どうやらこの小屋で火災が発生したようです。
私は先程とはまた違う……腹部にヒヤリとした感覚を覚えました。
火災対策はしていたはず。でも管理が甘かったのでしょうか?
先程の少年アルマが私の顔を不安そうに覗き込みました。
「先生……?」
ここで考えこんでも埒が開かなさそうです。
「……火事を教えに来て下さってありがとうございます。今の爆発音が本当に私の小屋であれば、大丈夫。小さな建物なのでこれ以上は被害は拡大しないでしょう」
といざという時のために、街外れに小屋を置いたのが功を奏しました。それに、残念ながら爆発物についてだけは思い当たる節があるのですが、爆発と保管数から推測するに、これ以上爆発はなさそうです。
「状況の把握を始めようと思います」
私はふとお師匠様の言葉を思い出します。
『非常時こそ冷静にね。やるべきことがあるはずだから』
お師匠様の教えに従い、私は冷静になるべく深呼吸をしました。ドキドキと激しく脈打つ鼓動が少し落ち着きます。
現場付近に目を向けると、遠目ではありますが煙が出ているのが見えました。何故火災が発生したのでしょうか?やはり私の管理体制が甘かったのでしょうか?
ーーひとまず現場を見に行く必要がありそうです。
立ち上がると、傍にいたレイバーと目が合いました。レイバーは少し厳しい面持ちで私に問いかけてきました。
「君の小屋と言ったね。君は……この爆発について何か知っているのかい?」
その目は警戒心からか、鋭い目をしていました。お師匠様に睨まれている様にも感じ、何もしていないのに少し怯みそうになります。ですがレイバーの反応は同情できます。知らぬ土地でいきなり不可解な爆発が発生し、全てが不審極まりない状況ですし。
「はっきりとは……分かりません」
私はこう答えるしかできませんでした。現段階では憶測でしか話せません。
「ひとまず現場を確認すべきでしょう。こうしている間に状況が悪化する恐れもありますし……」
いち早く現場で探るしか、状況を知る術はなさそうです。
レイバーは少し逡巡する素振りをしました。
「ふむ……ならば僕も現場に同行させてくれないか?」
「別に構いませんが……危険ですよ?」
私が躊躇すると、レイバーは「構わないさ。だって僕は行くべきだから」と呟きました。
◇◇◇
「やはりですか……」
現場の惨状を確認し、私は自分の予想が的中したのを確信しました。
現場は街外れの山麓にありました。ここは普段、広い空き地になっており利用する人が少ないため、一部敷地を私が実験用に借用しています。今回はその実験用のエリアが被害にあったようです。そして、主な被害は小屋。備品を格納するための小さな小屋を建てていましたが、その小屋が跡形もなく消えていました。
私は現場を一目見て、大きなショックを受けたのか、立ち眩みのような感覚に襲われました。無理もありません。私の倉庫が丸焦げどころか破壊されているのですから。
「これは酷いね……」
そばにいたレイバーが私の心中を察したかのか、ため息をつきました。
私達と一緒に同行し、様子を伺いに来た近所の商店の会長に至っては「これはけしからん」と喚き、私以上に憤慨して、顔が真っ赤になっています。
私も怒ればいいのでしょうが、感情が希薄な私にとって、動揺と怒りを並行させるのは難しいようで、そんな気力は出てきませんでした。先程のアルマは恐れて声も出ないようです。
ひとまず私は被害状況を把握することにしました。
小屋は消失し、焦げた瓦礫が散乱。小屋の不燃性の備品も爆発で粉砕。あとは……
「怪我人はいますか?」
私が問うと、アルマは「いない」と首を横に振りました。どうやら爆発の前に周囲にいた人たちは逃げていたようです。
とりあえず爆発に巻き込まれた人がいないと知り、私は安心しました。まぁ、私の小屋の惨状を前にして、素直に安心など出来ませんが。
はてさて、どうしてこうなったのでしょう……
「まずは状況を整理しなければなりませんね」
私は気持ちを切り替え、今後の対応について考えを巡らせます。事故直後の状況の今、片づけはいつでも出来そうなので、真相の解明が急務になりそうです。まだ、証拠がどこかに残っているはずですから。
何より、実は爆発のおそれがある物を保管していた自覚はあるので、他人に干渉されるよりも早く解決し、事後処理をしなければなりません。
私は鞄に常備していた手袋とレンズを取り出し、早速足元の破片を拾います。現場のチェックを始めました。
しかしその矢先、レイバーに肩を叩かれました。