脳内の事典
レイバーはワクワクとした様子で、私に問いました。そういえば、以前脳内辞書を使った際、とても興味深そうに見ていらしゃっいましたね。
「ええ、使います。やっと、アトリア貴族室に保存されていた資料のほとんどを記憶しました。新しい知識もあって、なんだかさらに脳内が複雑になったような気がします」
「そういえば、君はすぐに覚えられる特技がそういえばあったね。特技がここで活かされたようで何よりだ。では……今から脳内辞書を行うのかい?」
私が頷くと、レイバーはいそいそと私と自分用に椅子を用意しました。
ここで、私が脳内辞書を使っている姿を見たいのでしょう。
仕方ないですね。
私は少し苦笑いをしてしまいましたが、勧められるまま椅子に座り、脳内辞書を使い始めることにしました。
「それでは開始します」
深呼吸をして、私は全神経を脳内辞書に集中させました。
『伝達方法、速さ、持ち運び……』
無数の文字が脳内を駆け巡る中……該当する項目をピックアップしていきます。複数の言葉や、兵士たちの持っていた荷物も思い出します。
今の領地でも行えるような方法にしなければなりません。それに隊長に見せていただいた荷物でも活用できるものが無いか探します。
今回はあまりにも検討すべき項目が多いので、とても時間がかかりました。
どれだけ時間がたったでしょうか。
しばらくして、やっと方法が一つ思い当たりました。
「レイバーさん、終わりました」
「本当?」
レイバーは私の邪魔をしないよう、息をひそめて静かに見守ってくれていたようです。終わったのを確認すると、急に身を乗り出してきました。
私は一度立ち上がったものの、脳への負荷が大きかったのか、疲労で意識が朦朧としてきます。力が抜けてしまい、その場に倒れそうになったところをレイバーに抱き止められました。
「おっと、大丈夫?」
「すみません、ちょっと疲労が……」
「落ち着いてからでいいよ。方法が思いついたんだろう?」
そう言うと、レイバーはひょいと私を持ち上げると、膝に座らせました。私はレイバーに横抱きされているような体勢になります。
「レ、レイバーさん?!」
この状況はさすがに恥ずかしいのか、赤面してしまいました。私は思わず「あ、あちらの椅子に……」と自分の椅子を指差します。しかし、レイバーは「だめ」と言うと、私を支える手に力を入れました。
「だって君、今にも倒れそうなのに。自分の身体も支えられそうにないから、僕が支えておいてあげる。ほら、それより、はいどうぞ」
レイバーは私の様子など気にも留めず、私を膝に乗せたまま水を手渡してきました。
私はおずおずと水を受け取ります。見上げるとレイバーは心配そうに、でも優しく微笑んで私を見下ろしていました。
ーーお師匠さまみたい
ここで私は不覚にも、レイバーにお師匠さまの顔を重ねてしまいました。
だって、お師匠さまにも過去に同じようにしてもらったことを思い出したのです。
あの時も、確か脳内を使用しすぎて疲労が溜まった時でした。お師匠さまの膝の上で紅茶を飲みつつ休憩し、結果について相談をしていたように思います。私を支えている方とは別の手で、頭を撫でながら話を聞いてくださっていて、あの時はとても心地よく感じていました。
「で、結局何か分かったのかい?」
レイバーは上から、ワクワクとした目線を送ってきています。
「結論としては、境界警備隊の荷物にとある工夫をする予定です。持ち物自体は変えないのですが、少し種類を増やすので結果的に少しだけ荷物が増えるかもしれませんが……」
◇◇
後日、宰相のサイモンが貴族街のアトリアにやってきました。
「どうやら、何か良い方法が見つかったそうですね。今日はそれの実証実験を……ということでしたね?」
サイモンは嬉々としています。
「はい。実際に再現しようと思っています」
「手紙で知った時は本当に以外でして……まさかそんな方法があるとはいささか思いつきもしませんでした。今の荷物を活かせる所も良い着眼点ですね」
「お褒めに預かり光栄です。でも、私も軽く実験しただけなので、ぜひ今回の実際を想定したシチュエーションで実験し、実用可能か試してみたいと思っています」
「良い結果になることを願っています。荷物は平民街の方のアトリアに送っておきました。城の塔の上には衛兵を待機させています。貴方から連絡が来る旨と、連絡の受け取り方は伝達済みですので、私は通常業務をしつつ貴方の連絡を待つことにしますね」
「ええ。ご協力ありがとうございます。では、私は早々に実験に向かわせていただきますね」
私はペコリとお辞儀をすると、急いで平民街に戻りました。
平民街のアトリアに戻ると、サイモンからの荷物と共に、レイバーが待っていました。レイバーは私を見るやいなや、満面の笑みで駆け寄ってきます。そして、私は何も言ってないのに、「僕もいくからね」と言いました。その目は実験に自分もついていくと言っています。
今日実験をするので興味があればついてきても良いとはお伝えしましたが……、案の定ついて来るのですね。でも、手伝ってくれる人がいるに越したことはないので、今回は許可しましょう。
私は苦笑いしつつ「良いですよ」と返しておきました。
私とレイバーは山の麓にある広場に行きました。正確には、以前に私の実験小屋があったところです。建物があった痕跡はありますが、広々とした何もない空間になっているので、今回の実験にはもってこいの場所でしょう。
「ねえ、本当にできるのかい?」
レイバーは荷車の中から、荷物を取り出しつつこういいました。その目はいつにも増して、好奇心に満ちていました。
「ええ、理論上は出来るはずです。再現性を確かめるために、実験をしてみるのは大事です」
「まさか、従来の方法を工夫するなんてね」
「意外でしたか?」
「うん。だってもう少しインパクトのある新しい物を開発するのかな?なんて思っていたんだよ。あ、勿論今回も方法だけは画期的だと思うよ?」
「そんなものですよ。だって兵士さんの荷物を増やすわけにもいきませんし。大がかりな物は運ぶだけで大変ですからね」
「だから、今回は荷物は少し増やす程度で、伝達方法に特化したってことだね」
「ええ。では、実験を始めましょう」
そう言うと私は地面にしゃがみました。
「さて。今日は領主様の協力を得て大規模な実験をします。内容ですが……遠くの城にて衛兵が一人、常にこちらの方向を監視して下さっています。あちら側に伝達方法は伝え済みです。今回の実験はその方に、こちらが想定している敵のおおよその人数が伝われば成功です」
「そして、その衛兵がサイモン閣下に人数を伝えて実験は終了ということだね」
「ええ。では早速はじめましょう。今回は敵が何人来たという設定にします?」
「実際に使うことを想定して50人程度ということにしようか」
「ではその想定で進めましょう」
「えーっと、今回の方法は結局……あれを使うのだよね?」




