領主様とお師匠さま2
視線が私の顔の後、頭の先から足元まで少し観察するように動きます。
「ああ、君が噂の弟子か。挨拶がまだだったな。私は領主のアルフォンスだ。ついに貴族街デビューだと聞いたが……今後はよろしく頼む」
「フィリーにございます。若輩者ではありますが、精一杯務めさせていただきます」
「ああ。よろしく。して、君は何故そのような意外な反応をしている?」
領主は疑っているというよりは純粋に疑問に感じているようでした。
「お師匠さま……クラートは、アトリアでは貴族関係のお話をほとんどしていませんでした。そのため、領主様との関係性を存じ上げていなかったのです。まさか、領主様と親密な関係とは思っておらず……」
「なるほどな。貴族街でのことは口外禁止にしているので、君にさえ関係性を言わずにいたのか」
なるほど、極秘扱いだったのですね。ならば、私にも黙っていたのは少し理解ができそうです。
「クラートは、幼少期から主に世話になっていたんだ。主に私の情報係としてな。平民街と貴族街の偵察をしてたせいで、神出鬼没な存在ではあった。まぁ、現れては面白い話をしてくれる半面、よくからかわれもした」
「お師匠さまがそんなことを? 」
「ああ、こいつくらいだ。私のことをぞんざいに扱えるような奴は」
領主は「な?」とでも言いたげにレイバーに目配せしました。察したレイバーは斜め上を見ています。うまく誤魔化そうとしていますね。
「そういえば、弟子ができてからは平民街を拠点にして、ほとんど顔を出さなくなったな。可愛い弟子に付きっきりだったのは想像に難くないが」
「そ、そうだったのですね」
お師匠さまが私のために平民街にいてくれたと思うと、愛されていたのを実感し、胸が暖かく感じました。
「まあ、弟子にお前の悪事の数々をばらしてやりたいところだが、立ち話もなんだ。座りたまえ。一緒に茶をしよう」
領主はそう言うと、先ほどまで自分が座っていた席の方向を指差しました。
「では、お言葉に甘えまして……」
私達は頷くと、席につきました。
優雅に座りつつ、私は少しだけホッとします。だって、まさかここまで近距離に領主が来るとは思わなかったのです。一瞬、偽物のお師匠であるとバレたのではないかとハラハラしましたが、杞憂だったようです。……私のメイク技術とレイバーの演技力の賜物ですね。
私が席に着いたのを確認すると、領主は指をパチンと鳴らしました。
すると、テーブルには細部まで装飾が凝られた可愛らしいお菓子が、次々と運ばれてきました。
「年若い女性が来ると聞いたので、菓子も用意した」
領主は長い足を組みなおしつつ、私に微笑みかけてくれました。
真顔の時は低い声も相まって怖く、少し身構えたのですが、意外にも優しそうな方です。領主だから、常に威厳が出るようにしている半面、実は気さくで仲良くなろうとしてくださっているのを感じました。
「お気遣いありがとうございます。どれも平民街では見たことがなく、素敵なお菓子で……何をいただこうか迷ってしまいます」
私が嬉しそうに笑って見せると、領主は満足したように頷きました。
それから私達は茶会を楽しみました。
といっても、話せないレイバーのせいでほとんど私と領主の交流会になってしまいましたが……。以前の竜に関する危険な案件についての謝罪に始まり、今の平民街の様子や、私とお師匠さまの普段の暮らし、お師匠さまの貴族街での様子など……話は多岐にわたりました。重要な情報を得られて、とても有意義な時間になりました。
特にお師匠さまの貴族街での活躍はもっと聞いていたいくらいでした。やはり、あの隠し通路を使って貴族街に行き、サイモンから依頼を受け取っていたことが多かったようです。
その情報だけでも大変ありがたいです。
サイモンが領主に時計を見せつつ耳打ちしました。どうやらそろそろお開きのようです。
領主は少し名残惜しそうにしつつ、私に「そろそろ時間のようだ。……そういえば、君はもう一人で貴族の案件に対応できるのか?」と問いました。
お師匠さまがいない今、今後はきっとお師匠さま宛ての依頼も私が対応することになるでしょう。
「はい。まだまだ未熟ではありますが……可能な限り全て引き受けて、お師匠さまにはゆっくりとしていただく予定です」
こう言っておく他ありませんでした。
「ほう、これは心強い」
領主はそういうと、関心したように頷きました。
すると、何故か立ち上がります。
そして、お師匠さまのフリをしていたレイバーの肩をポンと叩くと、「では……クラート。お前は先に帰って良いぞ」と言いました。
予想外の言葉に、思わず「え?」と私の方が反応してしまいます。レイバーもキョトンとしていました。
領主はそのまま驚く私に顔を向けると、こちらにやってきます。
そして、私を見下ろしたかと思えば、そっと手を差し出し、「では、お言葉に甘えて……お嬢さん、少しお時間いただいてよろしいかな?」と言いました。
ニコリと微笑んではいますが、領主アルフォンスの銀色の瞳は鋭く、逃すまいと私を捕らえています。私は緊張で身体がこわばるのを感じました。
助けを求めようとレイバーに目線を送りますが、サイモンが間に入ります。
「ささ、ではクラート様はこちらへ」
サイモンはレイバーに退出を促し始めました。
レイバーの背後にはいつのまにか別の使用人もいて、「お部屋までお送りいたします」と言いだしています。
困惑するレイバーでしたが、そうこうしているうちにサイモンに促されるまま、レイバーはこの場から連れていかれてしまいました。
私はただ呆然と、一部始終を見るしかありませんでした。




