師匠が残したもの
なんとそこには地下に通じる階段が出てきたのです。
「さあ、どうぞ。長らく使用していませんが先生の部屋はちゃんとそのままにしてあります。ご安心ください」
……部屋?
同じ疑問を感じたのか、レイバーと目が合いました。
男性はそんな私達の様子を気にも留めることはなく、「さあいってらっしゃいませ」と言うと、グイグイと中に押し込みます。
そして、階段に私とレイバーが入ると扉を閉めながらこう言いました。
「そうだ、フィリーさんは初めてですよね? 少し距離があるので光で前方を照らしつつ足元に気を付けてくださいね。先生の部屋まで行けば灯りはつきますから」
そう言うと、階段の入り口をバタンと封じてしまいました。
「閉じ込められてしまいましたね……」
「とりあえず、この階段を降りてみるしかないか……」
ゆっくりと足元に気を付けながら階段を降ります。
階段を降りると、小さな地下道が現れました。
「この道を歩けということかな?」
「さっき、男性は少し距離があると言っていたので、歩いた先に何かあるのかもしれませんね」
「では、歩いてみようか」
私達は周囲を警戒しつつ、ゆっくりと歩き始めました。
「にしても、先ほどの男性は大変個性的な方でしたね」
「ああ、僕をクラートさんだと思ってくれたおかげで迎え入れてくれたのは好都合だったが……あの男性の勢いが凄すぎて、あんまり状況が掴めなかったよ」
「お師匠さまや私に友好的な方だったのは分かるので、おそらく仕事に関係した方でしょう」
「君が把握していない雇われの存在ってところかもしれないね。恐らくだが、クラートさんはあの人にこの入り口を管理させているのかもしれない。今回は何かしらの方法で、僕達の接近を知って待ち構えてたんだろう」
「一理ありますね。お師匠さまの背後の人間関係は未だ把握しきれていませんもの」
「では、その可能性が濃厚だね。そして、仮に管理人だったとして、さっきのあの人の”先生の部屋”という言葉が気になるね」
「はい、私も思いました」
「クラートさんの部屋は把握しているのかい?」
「教えていただいているものは……。ただ、さっきの管理人の小屋のように、まだ把握しきれていない場所はあるかもしれないとは思っています」
一生懸命思い出しても、何から何まで把握しているつもりでした。お師匠さまに関することで把握していないものがあるなど、正直悔しいくらいです。貴族の隠し通路は唯一私が知らないことでした。
「もしかすると、まだ何かあるのかもしれないね」
だいぶ歩いたと思われる頃、やっと扉らしきものが出てきました。
「ただの扉……のようですね」
「そういえば、鍵があったよね? 開けてみよう」
鍵穴があったので、お師匠さまの化粧台にコンパスと共に入っていた鍵を刺してみます。……なんとピッタリと当てはまり、いとも簡単に鍵が開きました。
そっと開けると、中は真っ暗でした。人の気配はしません。安全を確認し、私達は入ると「灯り」のスイッチを押しました。
一気に室内が照らされます。室内は地下にあるとは思えないほど、明るくなりました。眩しくてゆっくりと視界が明瞭になる中、私は見えた光景に大変驚きました。
「これは……」
目の前にはアトリアそっくりの壁。
機械仕掛けのあの壁が再現されています。その横には作業台や鏡などが並び、いつでも仕事を行えそうな様子でした。
「驚いた、既視感があるとは思ったけど、アトリアそのままじゃないか!」
レイバーも同じことを思ったようです。
私は思わず本棚に向かい、一冊の本を手に取りました。
開いてみると、そこには懐かしい文字が。
「お師匠さまの字……です……!」
この形の整いすぎた癖のある字はお師匠さまのものに違いありません。
ここが、間違いなくお師匠さまに関係する部屋だということが瞬時に分かりました。
すると、背後からレイバーが私を呼びました。
「フィリー、どうやらビンゴらしい」
「どうしました?」
「この扉、少し開けて外を見てごらん?」
レイバーのもとに行くと、傍らに人が一人通れるほどの扉がありました。そっと開けて覗いてみます。
「え? ここって……」
私の視界には、絵画が至る所に飾られた、とても豪華な廊下がありました。
さっきまで地下にいましたよね? てっきり別の部屋かと思いましたが、どう見ても貴族の屋敷の中です。
「見たかい?」
「ええ。ここって……」
「聞いて驚かないでよ? なんと、領主の城の中だ」
「?!」
「領主の紋様の調度品が至る所にあるからね。それに、他の貴族とは段違いに豪華だ。廊下でここまでの規模は領主一族でしかありえないよ」
「それはまさか……」
「僕たちは、貴族街に繋がる通路を通ってきたってことだろう。それも、城に直通のね」
「では、今通った道がお師匠さまの隠し通路……? 」
「可能性が高いね」
ええ、私も限りなく可能性が高いと思います。先ほどの筆跡からこの部屋に師匠さまが関係していることは間違いありませんし。
そうとなれば、のんびりはしていられません。私は棚の中を探り始めました。
本を開くと、どれも貴族に関する本ばかりが出てました。アトリアには無いものばかりです。さらに、一部の本にはお師匠さまのメモまで挟んであります。
壁を切り替え、変装などの収納を確認すると、お師匠さまのサイズの貴族服が沢山現れました。
驚くほどアトリアに似ている上に、お師匠さま専用の物が揃っているようです。
これだけ調べたのですから、間違いありません。……ここはお師匠さまの部屋です。
作業台に私とお師匠さまの写真が飾られているのに気付きました。それには、”愛弟子、フィリー”と書かれています。私は思わずそれを抱きしめました。
自然と涙がこぼれてきます。お師匠さまに一歩近づけた嬉しさもある反面、胸の苦しさ……寂しさも思い出してしまいました。
写真を抱きながらポロポロと涙を流す私を見て、レイバーは優しそうに頭を撫でてくれました。
「さだめし、ここは貴族関連用の仕事場で、クラートさんの第二アトリアだったかもしれないね」
「貴族用……」
確かに、貴族用は極秘任務が多いため、あんな下町ではセキュリティが甘くなってしまいます。
そのために、貴族関連の物は全てここに隠していたのでしょう。
「しかも、城ほどセキュリティが高いところはないからね。にしても、君のお師匠さんはこんなところに秘密基地を作ってしまうとは、余程確固たる地位にいたんだろうね」
「そういえば、領主からの依頼をもってこられることがありました。貴族関係は城の使いの者がアトリアに依頼を持ってきている印象でしたが、たまに出所不明の依頼が来る時がありました。この城の部屋で受け取ったのかもしれませんね」
「そう考えるのが妥当かもね」
私が涙を拭い、「もう大丈夫です」というと、レイバーは撫でていた手を下ろし、ニコリと微笑み返してくれました。
「いやぁ、でも驚いたな。コンパスが本当に道しるべをしてくれるとは……」
レイバーは好奇心が刺激されたのか、ウキウキとしながら部屋をもう一度見て回ります。
「あれは貴族街へ向かうコンパスの役割を担っていたということですね」
「これで事実上、貴族街への道を手に入れたというわけだ。素晴らしいじゃないか。 これで僕も君もいつでも貴族の所にいけるよ」
「管理人の方に気付かれないようにすれば、ですがね」




