不思議なコンパス
「なるほど、クラートさんと僕が非常に似ていると。だから僕をクラートだと誤反応して、機械が解錠したんだということか」
「……はい」
私はレイバーにお師匠さまとレイバーが酷似していることをついに伝えました。
こちらが恐る恐る打ち明けたのに対し、レイバーは驚くほど直ぐに納得しました。
「そっかそっか、誤反応するくらいに顔が酷似しているとはね」
「あの……いいのですか?」
「何がだい?」
「大切なことを黙っていたので……」
「だって、そんなことだろうと思っていたからね」
「え?」
「初めて君と会った時、君は誰かと間違えただろ? その時から、きっと誰か僕に似てる人がいるんだろうなぁとは思ってたんだ。それに、君がたまに僕の顔を見て懐かしむような、複雑そうな表情をする時もあるからね。これは何かあるんだろうなとも思っていたよ」
「そんなに顔に出ていましたか!」
思わず顔が熱くなります。自分では悟られないようにしていたつもりが、なんと表に出ていたようです。どこかに隠れたい気持ちです。
「ふふっ。隠してるけど隠せてないってかんじ。でも、それも今の話を聞いて全て納得したよ。そりゃあ最愛の人とそっくりなんだったら誰でもあんな顔するさ」
「お恥ずかしい……」
「時たま熱い視線をくれるから、少し期待したんだけど、あれはクラートさんを重ねてのことだったのかって思うとちょっと残念だけどね」
「もう、からかわないでください」
「ふふっごめんごめん。でも、これで色々見えてきたよ。クラートさんの私物を何故僕が解錠出来たのか分からなかったけど、全ては顔のおかげだったってことだね」
「まさか機械まで誤反応するほど顔が酷似しているとは……」
「びっくりだ。でもそのお陰で僕にはもう一つ分かったことがある。それは、顔認証をするくらいとても大切な物を、ここにしまっていたということだ」
チラリと化粧台とコンパスにレイバーは視線を落としました。
「そうでした! このコンパス!」
顔認識ですっかり忘れていましたが、コンパスの用途について考えている最中でした。それに、私達の目的はお師匠の隠し通路を探すことです。
すると、突拍子も無くレイバーが楽しそうに笑い始めました。
「僕は面白い実験を思いついてしまったよ」
「実験……ですか?」
「ああ。確証はないが試す価値はありそうだ」
「と言いますと?」
「僕が思うに、これはコンパスで正しいのではないかと思うんだ。しかし、これはただのコンパスでは無い」
「はい?」
「顔認証をして保管するくらいに大事な物だということは一目瞭然だ。それが、このコンパスのような物。もしや、これは大事な何かの道標なのかもしれない」
「このコンパスは、大切な何かに導いてくれる道具だと?」
「ああ。磁石を使用すれば北を向くだろう。しかし、この針は何らかの方法でずっと別の方角を示している。ということはだ、あえてその方向を指しているとしか考えられない」
「確かにその可能性は否めないですね。」
「だから僕はまず、実験としてどこまでもコンパスが示す方向に進んでみようと思うんだ。どうだい?」
「なるほど、一つずつ可能性のあることは試してみましょう」
やる気に満ちたレイバーの横顔を見つつ、私は頷きました。
◇◇◇◇◇
私達はコンパスが示す方向にただひたすら歩き続けました。
だいぶ歩いたところで、領内の境界近くの西端の山が見えてきます。
「だいぶ歩いてますが、一向に変化はありませんね。街も抜けて、このままでは西端の立ち入り禁止区域まで来てしまいます」
「うん、でもここで諦める訳にはいかないからね。西端までは行ってみようと思う」
「そうですか……」
再びしばらく歩き進めます。ところが、私はコンパスの異変に気付きました。山の麓に近づいた所で、コンパスがチカチカと光を放ち始めたのです。
「レイバーさん、コンパスが!」
「……! 光っている?! もしかしてこの辺りの何かに反応しているのかもしれない!」
私達は慌てて周囲を見渡しました。
程なくして、レイバーが「あっ」と声をあげました。その目線の先には小さな小屋が見えます。
私達は恐る恐る、その小屋に近づきました。農家で使用されている物置小屋のような外観です。少し怪しげではありますが、この小屋に近づくと、コンパスの光の点滅はさらに加速しました。どうやらこの小屋に何かあるようです。
私達は意を決して、中を覗き込もうとしました。
しかしその時、ドアをノックしてもいないのに、急に扉が開きました。そして1人の男性が飛び出してきました。小さな見窄らしい小屋に似付かわない、身綺麗な年配の男性です。
この男性は、私達の顔を見るなり満遍の笑みで近寄ってきました。
「クラート様!! お久しぶりでございます!! なかなか顔を出されないので、わたくしもうてっきり、お会い出来ないのかと思っておりました!! ……これはこれは! 今日は弟子のフィリーさんまで!!」
男性は私達の顔を見比べながら、とても嬉しそうに挨拶をしたかと思えば、勢いよくクラートの手を握ると、激しく握手をしてきました。正直ぎょっとしてしまいましたが、そんなことは気にも留めていない様子。
「いやはや、本当にお久しぶりで! フィリーさんがいるということは、ついにお仕事デビューですかな? ああ! いや失敬! 仕事に関することは口走らないお約束でしたな! 私としたことが嬉しくてつい!」
男性は驚く私達を置いて、1人何やら早口で喋り続けます。どうやら、お師匠さまの顔見知りのようです。そして、お師匠さまそっくりのレイバーを、お師匠さまと勘違いしていると分かります。
思わず、人違いだと訂正しようとしましたが、横にいるレイバーに止められました。何か考えがあるようで、ニコリと笑いかけてきたため、私はそのまま様子を窺うことにしました。
男性は、構わず話を続けます。
「さあさあ、こちらにお入りください」
そして、話してもいないのに私達を小屋の中に導きいれると、おもむろに室内の床をごそごそといじり始めました。「私は待っていたんですよ」などと話ながら、男性は床にある板を外して見せました。
それを見て、私達は再び驚きました。




