宝箱は突然に
呼ばれたため、慌ててクローゼットを閉めてレイバーの方に向かいました。
「はい、なんでしょうか?」
「いやね、クラートさんは化粧台を使うのかい?」
「まぁ……こんな仕事ですから……」
「変装でもするってことか。さすが情報屋だね。しかしなんだか台が分厚くないかい?」
「そんなものでは? 中に化粧品の入った引き出しもありますし……」
「ふーん、女性が言うならそんなもんなのかなぁ。それにしても立派な鏡だ」
そう言うと、レイバーは化粧台に備え付けてある椅子に腰かけ、鏡をのぞきました。
と、その時です。
化粧台から急に機械音がし始めました。
「え! 何!? 僕、何かした!?」
レイバーが驚いて席を立つと、化粧台の中から勝手に引き出しが現れました。
それも、化粧品の入っている引き出しではなく、その下の取っ手の無いスペースが動きだしたのです。
「なにこれ、引き出し?!」
私とレイバーは驚いて、思わず化粧台の引き出しを覗き込みました。
そこには、懐中時計のような金属製の円盤状の物体と、鍵が入っています。
「まさか、こんなところに引き出しがあるとは……知ってた? フィリー」
「いいえ。初めて見ます。まさか、長年ここにいるにも関わらず私の知らない仕掛けがあったなんて……」
驚きのあまり、口を開けてしまいました。はしたないので慌てて手で口元を隠します。
「なんだって?! 君も知らないのかい?!」
「はい、だって知っていたらこんなに驚きませんもの」
「それもそうか! ははっ……これは面白い。では、この中に入っているものが、僕も君もこれが何かは知らないというわけだ」
私は恐る恐る、引き出しの中の物を取り出してみました。金属の円盤は蓋のようになっていて、開けると時計のように目盛りのようなものが描かれています。
「目盛りか……中央に矢印の形をした針があるね。時計だろうか? いや、時計の割には芯が不安定で動く。目盛りも60刻みではないね」
「1、2……36あります。この数……もしかして、これは方位磁針ではないでしょうか?」
私が色々な向きに動くと、矢印は一定方向を常に指していました。
「ビンゴだ、これは方位磁針らしい!」
よく見ると東西南北を表すような装飾がされています。
「でも、おかしいですね。方位磁針でしたら、ずっと北を指しますが、この角度は北ではありません。西といったところでしょうか」
「方位磁針が狂っているのか? いや、君の師匠のことだ。壊れたものをこんなに厳重に保管する訳が無い」
「はい、お師匠さまは必ず修理するか廃棄するかされます。それに、見たところこれは機械で管理されています。この手の場合、何かしら重要なものを管理していると考えられます」
「じゃあ、クラートさんの貴重品であることは間違いないね」
「そうだと思います」
だとすると、これは何でしょうか?
アトリアの大抵のことは、お師匠さまから聞いていますが、これについては一切存じ上げません。
「鍵も一緒に入っているとはね」
レイバーが鍵を興味深そうに観察しています。
その間、私は化粧台を覗き込み、もう一度引き出しを開けることにしました。
しかし……鍵がかかってしまったのか開きません。
そういえば、先程レイバーが椅子に腰掛けた時に機械音がしました。もしや、椅子がトリガーになっているのかもしれません。
同じく座ってみることにしました。
ですが……化粧台はピクリとも動きません。
「レイバーさん、先程座った時に引き出しが開きましたよね? 他に何かされましたか?」
「ん? いや僕は何も。強いて言うなら鏡で自分の顔を見たくらいさ」
「そうですか……もう一度開けようと思ったのですが、開かなくて……でも、何がきっかけで引き出しが開いたのか分からないんです。同じように座っても反応しなくて……」
「うーん、何でだろう。もう一度再現してみよう」
そう言うと、レイバーは再び化粧台の椅子に腰掛けました。
するとどうでしょうか、化粧台からは再び機械音がし、引き出しが開いたのです。
「なんと! 僕だと反応するらしい。座る以外何もしていないが……」
「まあ! びっくりですね! でも……どうしてでしょう? 椅子に座るだけ、且つ、レイバーさんに該当する何かがトリガーになっているのでしょうか?」
「そのようだね。椅子で反応するもの……もしや体重かい?」
「確かに、重量の可能性はありますね。基準値以上でロックを解除するなど……」
試しに、レイバーの体重を再現すべく、私はガラクタを抱えてレイバーと同じ体重の状態で座ってみました。
しかし、化粧台はビクともしません。
「体重ではないのか? では、何なんだろうか」
レイバーが立ちながら化粧台の鏡を不思議そうに覗き込みました。
その時です、椅子に座ってもいないのに化粧台の引き出しが動き始めました。
「えぇ!? 椅子に座ってもいないのに!」
「まぁ! なぜ反応したのかしら」
「これは、椅子がトリガーではないということか! だとすると、あとは……この鏡かもしれない」
「鏡?」
「フィリー、この鏡に顔を映してみて」
「はい……?」
言われた通り、鏡に顔を映してみます。なんの変哲もないただの鏡からは私の金色の目が見ています。
化粧台は、案の定微動だにしません。レイバーはその様子を少し納得したように確認すると「代わって」と言い、私と同じく鏡に顔を覗かせました。
すると、どうでしょう。
化粧台がまた音を立てて動き出したのです。
「分かった。やはりこの鏡がトリガーなんだ。そして信じられないが、顔が鍵になっている可能性が高い」
「顔が鍵?」
「恐らく、この鏡で顔を判別しているようだ。驚いたな。顔認証なんて技術は聞いたことは無いが、この機械仕掛けの店を見る限りクラートさんなら入手していてもおかしくない」
「顔認証……」
「さらにこの様子だと……どうやら、僕の顔が何故か鍵になっているようだ」
「レイバーさんの顔が……?」
「ああ、僕の顔にだけ反応するのが証拠だ。何故僕の顔に反応したんだろう?」
確かに、レイバーさんの顔に反応しているといえば納得はいきます。しかし、顔が鍵とはどういうことでしょう?
そう思った直後、はたと気づきました。顔が鍵?
レイバーさんの顔に反応した? お師匠さまの私物が?
そんなの……
「そ……」
それはきっとと言いかけて思わず黙った私を、レイバーは見逃しませんでした。
次の瞬間には、レイバーの顔が間近に迫っています。詰め寄る顔にはお師匠さまそっくりの目が、私を訝しむように見つめています。
「その様子だと何か知っているようだね」




