何気ない景色2
「では、それらを踏まえると、何が導き出されるだろう?」
「一つは、私やレイバーさんは勿論、一般の貴族には隠されたマーク。二つは領地外に模造品としてマークが使用されている。あとは……単純にミラージュ様だけが把握していないということも失礼ですが上がりますね」
「さすが、機知に富んでいる。これは一つづつ潰していくしかないね。領地外については最終候補にしよう」
「ですが、貴族でも知り得ないことを、どうやって私達が調べましょう?」
「君は貴族については関わらないのかい?」
「この前の案件が例外なだけで、あまり関わりがありません。それに、まだお師匠さまがいらしたときは、貴族絡みはお師匠さまが専ら担っておられましたし」
「なるほど。それは仕方ないね。じゃあ貴族関係は僕がメインで……ん? まてよ? と、いうことはもしや師匠は貴族と関わっていたんだね?」
「はい、そのようです」
「そのようですって……」
「私は貴族絡みの案件には同伴していないので、どの程度貴族と関係があるかは把握してないのです。たまにお師匠さまが貴族関係の案件を貰って来られるのですが……」
「なるほどね。ただ、今の話を聞く限り、クラートさんは多少なりとも貴族と接点があったのかもしれない。もしかしたら、貴族関係の情報が残っていたり……」
「残念ながら、お師匠さまの貴族に関する情報はアトリアにはありません。それもあって、貴族関係は不明瞭なのです」
「でも、それだと余りに情報屋としては立ち行かない。何か資料なり情報を残しているというのか考えられないか?」
「探したのですけど、無いのです」
「本当に?」
「はい」
「うーん、ということは引き継ぎされていない、いや引き継ぎ出来ずに失踪しただけなのか。……いや、待てよ。引き継ぎが一つも残ってない訳がないだろう。もしかすると、隠されていて、君が知らないだけかもしれない」
「でも、ほとんどは私の脳内辞書にインプットされていますし、このアトリアの資料についても全て管理しています。知らないものは無いはずです」
「でも、それでも君が知らないことはあるだろう? 例えば、クラートさんだけの秘密の本とか秘密の金庫のようにね」
「うーん、どうでしょうか」
と、悩んでいると一つ思い出しました。
あえて引き継ぎをされていないもの……
そういえば、お師匠さまが以前こんなことを言っていました。
「貴族関係は私が扱うよ。でも安心して。フィリーもいつかこの情報を扱えるようになるから」と。
ということは、私が将来的に貴族関係の情報を扱うだろうと、あの時点で既に想定されているので……私に向けての引継ぎ資料をお師匠さまが用意しているはずなのです。でも、アトリアにはありません。そこまで考えて、ふとお師匠さまが貴族関係で外出する一連の行動や会話を思い出しました。
「もしかすると、私に引き継ぐ前にお師匠さまが失踪されたため……私が確認していないだけで、どこかに隠してあるのかもしれません……もしかして……」
「何か思い当たる節があるのかい?」
「一つだけ貴族関係で、情報ではなく、存在は知っていても実際に引き継がれていないものがあったのです」
「ほう、それは?」
「貴族街への隠し通路です」
「隠し通路だって!? そんなものがあるのかい?」
「はい。私は存じ上げませんが、お師匠さまは貴族関係の依頼があると必ずと言っていいほどその通路を使っておられるようでした。もしや、その通路を見つければ何か手がかりが掴めるかもしれません」
私には今まで貴族関係の依頼は来ていなかったので、その通路を使用する機会はありませんでした。勿論徹底的に調査はしましたが、発見は未だしていません。現状使用しないので不便には思っていませんでしたし、調査は後手後手に回っていました。
「うーむ。確かに隠し通路は気になるね。仮に見つけられれば、今後調査で貴族街に行く時に門を通過しなくてよくなるから便利だ。探してみて損はないかもしれない」
「はい、私もそう思います。ただ、長年使用している私でも、一人では見つけることが出来ませんでした。調査は困難を極めると思います」
「でも、今はそれに賭けてみよう」
「はい」
◇◇◇
それから私とレイバーはお師匠さまの貴族に関する情報を探してみました。
既に、店の奥の複数のレバーが存在する部屋と、地下の隠し通路については私が徹底的に調査しているので、それ以外の部分で調査を開始します。
先ず、怪しいと踏んだのは書物です。緑のレバーを倒して壁を本棚にした状態でレイバーを店の奥の部屋に案内しました。レバーには絶対触れないようにと厳重注意をして、互いに本を片っ端から確認していきました。多少の情報流出はあるものの、博識な方なら知っている程度の内容の本ばかりです。商売上、厳重管理すべき情報などは私が確認するので問題はありません。
しかし、めぼしい情報は得られませんでした。私は既に情報がインプットされているため、普段書物を開き直すことはありません。なので、レイバーの素人目線が欲しいと感じていたのですが、レイバーからも特に隠れた情報に気付くなどといったことはなかったようです。
「あと、調べるなら……クラートさんの個室はどうだろうか」
しばらく、レイバーは何か考えを巡らせた上で、こう呟きました。
「お師匠さまの部屋ですか? 勿論既に調べていますが……」
「まあ、そうだろうね。でも僕の目線でも一度確かめてみたいんだ」
「レイバーさんの視点でですか? いいですけれど、こことは違い特に重要なものはないとお見受けしますが……」
私としては、お師匠さまの部屋はベッドなど最低限の物が置かれた簡素なイメージで、何かあるようにはおもいません。あとは、お師匠さまがいらっしゃらなくても毎日欠かさず掃除をしているので、何かあれば気づくはずです。
でも、レイバーの意見は一理あるので、お師匠さまの部屋へお通ししました。お師匠さまと私の私室は二階部分にあります。
「うん、個室は……店舗のセンスと打って変わって質素だね」
「はい。基本的に服などの最低限の生活用品などしか置いていません」
「これじゃあまりいい成果は得られない気もするなあ……見てはみるけどね」
レイバーは少し残念そうにしながらも一応、部屋の中を一通りは見て回るようでした。
私もお手伝いします。と言いながら、少し立ち止まって深呼吸をしました。
この部屋は、私にとって落ち着く空間なのです。何故なら、ほんの少しお師匠さまの香りが残っているから。大好きなお師匠さまを未だ唯一感じることが出来るからです。
お師匠さまのクローゼットをあけると、ほんのりとまだ香りがします。ああ、お師匠さまに会いたい。私はその一心でまだあなたを諦めず探しています。
たまに、寂しくなった時はこうしてお師匠さまのお部屋で深呼吸をして自分を落ち着かせているのは秘密です。
「ねえ、フィリー。これは何?」




