指輪が見えて
「フィリーさん、ありがとう。これでわたくし、安心して暮らせます」
「いえいえ、私は仕事をしたまでです。2人分の依頼費をいただけたので、満足しています。それに、オリバー様も婚約破棄をして金輪際関わらないことを、契約書まで作成して約束してくださいましたし大事にはならないでしょう」
「ええ。本当に助かりましたわ。……ああ! なんてお礼をいったら!!」
ミラージュは私に握手を求め、手を差し出してきました。
私は手を握り返し、笑顔で「とんでもございません」とお返ししました。私自身、平和に解決できて、とても胸が熱く感じています。素直に嬉しいと思っているのでしょうね。
しかし……ふと、私は差し出された手を握りつつ、きらりと光るものに気づきました。
……指輪です。
ただ、普通の指輪ではないことは直ぐに分かりました。
だって忘れもしません。そこにはお師匠さまを攫った竜の首輪の印と、似た星のマークがあったのです。
「これは……!」
「どうされました?」
思わず声を出してしまったため、取り急ぎ平静を装いました。
「あっ、いえ。大変美しい指輪をされているなと思いまして。この印は何ですか?」
食入るように見てしまっては怪しまれかねません。私はそれとなく聞いてみました。
「あら、ありがとうございます。これは貴族の証なのです」
「貴族の証?」
「はい。星のマークは貴族の階級を表しているのです」
指輪には2つ星に、草の装飾がされています。
「この場合は中位貴族を表しています。星の数が少ない程上位なのです。そして、星を囲うような装飾は家の紋です。わたくしの場合は草が家紋を表しています」
思わぬ情報を得ることが出来ました。
私はお師匠様が攫われたあの時の竜の首輪の装飾を思い出します。調整したての望遠鏡でしっかりと確認できたので今でも鮮明に思い出します。竜の首輪には1つ星と囲うように羽のマークがありました。
ということは、星1つの……恐らく上位貴族の関与が疑えます。では、羽も家紋なのであれば竜に関与している者はすぐに分かりそうです。
「様々な家によって柄が違うのですね。では……羽の証の家なんてございますか?」
ついでに、さらりと聞いてみました。
ミラは少し考えるように斜め上に目線を上げると、眉をへの字にしてこう答えました。
「ごめんなさい、私の知る中で羽を使用している家はありませんわ」
「無いのですか?」
「ええ、植物や動物に関する証は多いのですが…羽単体となると存じ上げません」
「そうなのですね……」
これは、希望が見えたと思いきやいきなり壁にぶつかったようです。
「……羽に何か?」
「い、いえ! 興味本位で聞いてみただけです! ありそうな柄を例えてみただけで」
「あら、そうですの?」
ミラさんは不思議そうな顔をして、私を見つめていました。
「すみません、貴族の方々とは普段関りが無いもので、どんなものにも興味をもってしまうんです」
「そうでしたの。わたくしは貴方に恩があるので、できる限りお力にはなりとうございますが、他の方にはお気を付けくださいましね」
激励をくださった一方で、少し釘を刺されたようです。触れてはけないものもあるということでしょう。
「気をつけます」
しばらくすると、馬車が来たと呼びにきたので、私はミラージュに別れを言い、レイバーと共に屋敷を後にしました。
◇◇◇
「レイバーさん、ありがとうございました」
馬車の中で、私はまずレイバーにお礼を述べました。
ほとんど私とミラージュが話していましたが、私はあのお屋敷ではレイバーの部下として同伴している設定のため、レイバーがいないと屋敷に入れませんでした。
それに、そもそも今回の依頼はレイバーによるミラージュ情報の公開が無ければ成しえませんでした。旅商人の団体である上に、貴族からの介入のため、ミラージュの情報を街の就労者の情報にも載せていなかったと聞いたときは流石に度肝を抜きました。
ひとえに、今回はレイバーの協力がなければ成功しなかったでしょう。頭が上がりません。
「いやいや、僕も面白い経験をさせてもらったからね。ありがとう」
「そう言っていただけると救われます」
すると、レイバーは急に立ち上がり、私の横に座りました。そして、内緒話をするかのように、顔を近づけました。お師匠様と似た顔が近くにあるので、すこしドキっとしてしまいます。
「ところでだけど……」
レイバーはどことなく控えめに話を切り出しました。
「どうしました?」
「僕と前に馬車で話したこと、覚えてる?」
「は……い」
はい、覚えてはいます。でも、私は何が始まるのか分からずキョトンとしてしまいました。
するとレイバーはニカっと笑顔を向けました。
「……あの時、僕はピンチの君を助けた上、ミラージュの情報まで与えた。君は僕に恩がある。これはいいね?」
「はい」
「そして、君はまだ僕に恩を返していない。これもいいね?」
「実質、そうですね」
「よろしい。ということは、君はこれから僕に恩を返してくれると思っていいんだね」
「……そうなりますね」
何が言いたいのでしょうか。恩と称して何かを求めていることだけは分かりますが。
私が少し警戒の色を見せたからでしょうか。レイバーは少し目を見開くと、クスッと笑いました。
「そんなに警戒しなくていいよ! 別にとって食べたりしないから……そうだね提案があるんだ」
「提案?」
レイバーは私の手を勝手に取ると、何かを懐から取り出して私に握らせました。そして手を握ったまま、真っ直ぐ私の目を見てこう述べました。
「僕と付き合ってくれないか?」
「!?」




