令嬢の雲隠れ8
しまった。私としたことがまんまとはめられたようです。
この程度でも、きっちりとレイバーの情報はいただいてしまいました。これでは私も何か情報を与えなければ対等にはなりません。お金で解決を考えしたが、見透かしたように「お金はだめだよ」と言われてしまいました。
これは、何が何でも私があのお屋敷にいた理由を聞き出そうということでしょうね。
私が何を話すべきか取捨選択に迫られていると、レイバーは何かを察したのか、横にいる私の耳元でそっと呟きました。
「あ。そこまで黙秘されるとなると、もしかして……ミラージュ様を捜してるの?」
「……?!」
何故その名を?!
私は思わずレイバーから離れました。
まさかの名前がレイバーから出てきたため、咄嗟に驚いてしまったのです。
「当たりかな」
レイバーは嬉しそうにガッツポーズをしました。
「どうして……」
もはや否定することもできず、私はレイバーを凝視してしまいました。
「そんな怖い顔をしないでよ。可愛い顔が台無しだよ?」
「からかわないでください。 何故貴方からその名前が出てくるのです?」
「うーん。お客様だからってことが一番なんだけど。君が情報屋であること、そしてあのお屋敷にいたってことを踏まえるとそうなのかなって」
「……」
「図星、かな。君、街ではゆるいご近所づきあいの店をしているようだけど、実際は結構危なっかしいことしてない? だって、こんなところで会うなんてそうそうないよ? 」
「……」
「ふむ。迂闊に喋れない事情を抱えているとも見受けられるね。それにこの状況……結構首を突っ込んでいるようだね。さて、ここまで僕が察しているのだからもう隠しても無駄だと思うんだ。そろそろ教えてくれないかな? もしかしたら……いやもしかしてどころじゃない。君に協力できるかもしれないからね」
「え? 協力……?」
レイバーから降って湧いたよな話に、私は思わず耳を疑いました。
だって、弱みを握られ脅されでもするかと思っていたのですから。協力とはどういうことでしょうか?
「そんな、鉄砲玉を食らったような顔をしていなくていいよ」
レイバーはクスクスと笑いました。
「大丈夫。君をあの状況で助けたのにはちゃんと訳があるんだ。もしかすると僕たちの使命は一緒だからかもしれないからね」
「使命が一緒?」
「そう。だから君とは仲良くしていたいんだ。さあ、そうと分かればあとは君の状況を聞くだけさ」
すると、馬車が突然止まりました。どこかに着いたようです。
「もう着いたのか。では、話の続きは店でしよう」
そう言うと、レイバーは馬車を降りました。どうやらレイバーの店に連れてこられたようです。少し市場からは外れたところに店があるのか、人の往来は少なめです。ただ、旅商人というには立派な店舗で、貴族関係のお屋敷を借りているのが一目瞭然でした。
レイバーが店の中に入るよう促してきます。私は警戒しながらも後に続きました。
「君は警戒心が強いみたいだから、なかなか口を割ってはくれないだろうけどね。僕には既に見当がついているんだ。君のことはね」
あたかも全てお見通しのように言うレイバー。逆に私はレイバーが何を目論んでいるのか皆目見当もつきません。自分の無能さに嫌気がさしながらも、ただ、警戒だけは続けました。
その様子をレイバーはまたクスクスと笑いながら面白そうにみていました。
しばらくすると、工房と思われる空間に案内されました。
すると、レイバーは急に私に向き直りこう言ったのです。
「口で話すよりも早いと思うから、見てみるといいよ」
そう言うと、私の腕を引き中に招き入れました。
中では数人の人物が従業員として働いています。何かを一生懸命作ったりしているようです。
ぐるりを見渡したところで……私は目を見張りました。
「す、すみません。あの方は……?」
「彼女はこの領地の出身者らしいんだけど、知らない?」
「知らないも何も……あの方はもしや……」
見間違うはずがありません。ミラージュそっくりの人物が仕事をしているではありませんか。
私が驚いてレイバーを見ると、レイバーは満足げに私を見返しました。
「そう。君のお探しのミラージュ様さ」
灯台下暗しとはまさにこのことをいうのでしょうか。
「さあ、もう一度言うけど……僕にも協力させてくれないかな?」
◇◇◇◇◇◇
「これは一体どういうことなのでしょうか」
応接室で私とレイバー、そしてミラージュの三人が集まりました。
「そうだね、君には順を追って話そうか」
そう言うと、レイバーは紅茶を少し飲みつつ話始めました。
「改めてご紹介しよう。彼女はミラージュ。君が忍び込んだ家の次女でらっしゃるんだ。彼女は大変聡明で行動力に溢れた人でね。世界をまたにかけて活躍するのが夢だったから、外交官になるべく努力をしていたんだ」
「素敵な夢をお持ちなんですね」
「そう。そこにだ、オリバーという青年が現れたんだ。彼は大変ミラージュ様想いの人でね。家としては身分や人柄に申し分ないため婚約者に正式に迎え入れたんだ」
「オリバーさん……」
「その顔では知っているようだね。無理を承知で聞くが、もしや今回君は誰かから依頼があって、ミラージュ様を捜索してんじゃないのかい?」
「……」
「図星か。しかも、その依頼主はオリバーときているね?」
ここまで直球で聞かれてしまってはもう隠しようがありません。ただ、何故か私の中でこの方には言っても大丈夫だとの根拠のない安心が現れ始めているようにも思いました。そのため、私はイチかバチかかけてみることにしました。
「内密にしていただけますか……?」
私が俯きがちに言うと、レイバーはこれをYesと判断したらしく、納得したような安心したような表情をされました。
「勿論! やっと打ち明けてくれる気になったかな? 嬉しいね。ということはやはり、君はオリバーに依頼されてミラージュ様を探しに来たんだね」
「……はい」
ついに私は肯定してしまいました。依頼人の情報を流すとは前代未聞です。今更ながら後悔の念にもかられ始めました。
すると、レイバーは急に立ち上がり、私の手を掴むととても眩しい笑顔で握手を始めました。
「良かった! いや、本当に良かった! このタイミングで出会ってくれてありがとう!」
レイバーは激しく握った手をゆすりました。横のミラージュも同意するように頷いていました。