令嬢の雲隠れ2
翌朝、アトリアにオリバーが訪れました。私は何食わぬ顔で、初対面の挨拶をします。
「いらっしゃいませ、私は店主のフィリーです」
「こんにちは。噂を聞いてきたんだが」
「……噂とは?」
「……ここでは話せないんだ」
オリバーは意思を固めたかのような顔で、「機械仕掛けの情報屋へ」と、合言葉を述べました。私はニッコリと深みのある笑みを浮かべると「こちらへ」と、奥の別室に案内します。防音材が使われた重厚な扉を開けて、中にお通ししました。
物珍しそうにキョロキョロと見回しながらオリバーが中に続きます。ただでさえ機械に囲まれた異質な空間なので、気になるのは仕方ありません。
オリバーが席に着いたのを確認して、私は話を始めました。
「さて、この部屋に入るということは……即ち貴方は裏の依頼をお持ちになったということですね」
私が笑みを深めながら問うと、オリバーは少し緊張した面持ちでゆっくりと首を縦に頷きました。
「では、依頼を開始する前にこの契約書にサインをしていただきます」
私はそっと一枚の髪をオリバーに差し出しました。
「……これは?」
「今から見るもの聞くもの全てを誰にも話さないという約束です。簡単でしょう?」
「はぁ……?」
「あ、勿論私がこの裏の依頼を受けている事実、私がこれから行う行為に関しても他言無用です」
「そこまで厳重なのですか?」
「はい。だって、情報を得るにはそれ相応の対価が必要になるでしょう……?」
私はスッとオリバーと目を合わせると、口角だけ上げて見せます。そして、今まさに握っている金属製のペンをグシャッと端折りました。折れたペン先が壁の壁画にグサリと刺さります。少しオリバーの首元をかすったのか、オリバーの髪が揺れたのが分かりました。
「なお、約束を破った場合には……お覚悟は出来ておりますね?」
私が目線も逸らさずに言うと、オリバーは壁に刺さったペン先と私を見比べ、目を見開いてコクコクと首を縦に降りました。
「分かっていただければ宜しいのですよ。……あらぁ! またペンがダメになってしまいましたわ! 私のおてんばですね」
私が場の空気を明るくしようと茶目っ気を利かして、笑ってみましたが、オリバーは緊張したままです。少し脅しすぎたのかもしれません。
オリバーが契約書にサインしたのを確認して、私は早速依頼内容を確認します。
「では本題に移りましょうか。話していただけますか?」
オリバーは深く深呼吸をすると、話始めました。
「実は人を探してほしいんだ」
依頼内容は昨晩私がベリーシャとして聞いたことがメインです。しかし、依頼のためもう少し込み入った話が必要です。
オリバーがどこまで話すべきか迷っていそうだったので、私から「貴族ですよね?」と聞いてみました。オリバーはしばし驚いたものの、これ以上の秘密は無用だと思ったのか、貴族だと認めてくれました。その後は正体を隠す必要が無く気兼ねなく話してくれるようになりました。
オリバーの名前は本名だったようです。彼女のミラはミラージュという本名だとも知れました。
彼女は夜に忽然と姿を消したようです。オリバーは心配しましたが、周辺の人々は唯一居場所を知っているのか、探す素振りもしなかったとのこと。何かしら事情があるのではないかと思い、しばらく静観していたのですが、ついに音信不通で何ヶ月も経過したため見かねたオリバーは行動にで始めた。何度親族に訪ねてもオリバーに教える様子も無く、自分でついに探しはじめたようです。
貴族間でも居場所を知る者がおらず、衛兵さえも乗り気ではないらしいです。居場所を意図的に何者かが隠しているのではないかということも考えられます。
「分かりました、こちらの案件はこちらでも探してみます」
「本当に見つかるのでしようか?」
「善処します。あ、もちろん約束は守っていただきますよ?」
オリバーはまた首を縦に振りました。
指輪について触れたい衝動に駆られましたが、不審に思われないよう今は触れないことにしました。今日も星の証がチラリと見えています。
依頼主が帰るのを見届け、私は店の窓口に戻りました。
すると、待っていたのでしょうか。レイバーがこちらにやってきました。