令嬢の雲隠れ
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私の『情報屋』の仕事は、夜、アトリアを閉店した後にも続きます。
私は奥の部屋の黒いレバーを倒しました。壁が動き始め、鏡や衣装などが現れます。私はその中の一つの箱を取り出しました。地毛の長い金髪をまとめ、赤いウィッグを被り、黄色の目の周りや唇などに濃いめの化粧を施します。普段着ないようなやや露出の多い服を着て、その上からマントを羽織ると、外にコッソリと出ました。
行き先は大衆酒場です。
私は夜、大衆酒場でアルバイトをしています。その理由はずばり、情報収集です。私の営むアトリアでは情報収集には限界があります。そのため、少し込み入った話が出やすい酒場に潜入しているのです。見た目を偽り別人に成りすますことで、客は私だと知らずに心を許して話を聞いてくれます。
酒場での私の名前は「ベリーシャ」です。名前の意味は……偶然ベリーがあったからとは口が裂けても言えませんが。
今夜も客で溢れる酒場で人々が大声で会話をしています。「あそこの親父が煩い」だの「可愛い子がいる」だの。でも、私が知りたいのはそんなことではありません。
注視すべきは、このうるさい酒場で密かに話をしている集団。又は1人で来ている者です。そういう人達に限って重要な情報を握っていたりするのです。
そう、ちょうどあそこにいるお客様のような。
角の席で1人酒をしている男性のお客様。平民服を来ていますが、酒場には似合わない服装。それに余り服の汚れが目立たないことから、あの服は普段着では無い。即ち、私達平民ではない身分の方でしょう。
私は店員としてさりげなく話しかけます。
「やぁ、1人で呑んでるのかい? 寂しいねぇ。私が横に座ってもいいかい?」
普段の話し方からは想像出来ないでしょうが、これがこの酒場での私の話口調です。見た目も色気に比重を置いた形にして、少し妖艶な女性を演じています。
「こんな人間にまで気にかけてくれるのか。優しいな」
「仕事だからね。で、うかない顔をして何を悩んでいるんだい?」
男性はしばし私の顔を驚いたように見つめると、感心したように言いました。
「驚いたな、分かるのか」
「どれだけのお客さんを見てきたと思ってるんだい?」
私がニヤリと笑って見せると、男性は少し微笑んでため息をつきました。
「さすがだね」
時々バイトに入ってる程度なので、私が相手したお客様なんて限られていますが……上手く騙せたようです。
お客様はオリバーと名乗りました。本名かは微妙なところですがね。
そんなオリバーはゆっくりと話を始めました。
「実は、恋人を探しに来たんだ」
「なんだい、喧嘩別れでもしたのかい?」
「いや、仲は良かった。ある日、急に何処かに消えてしまったんだ」
「行方不明なのかい?」
「ああ、突然散歩に出かけると言った後、行方をくらましたんだ」
オリバーによると、恋人のミラが夜に散歩に出かけたきり、帰って来ないらしいのです。軽い貴重品など最低限の物は持っているそうですが、何日も過ごすには足りないようで。オリバーは酷く心配をしているそうです。
「じゃあそのミラって子を探しているのかい?」
「まぁ、そうだな」
時間を作ってはこの平民街に人探しをしているとのこと。
ここで、ふとオリバーの手元に目が行きました。
キラリと光る金色の指輪がついています。
オリバーが手を動かした時、その指輪の柄が目に入りました。
柄を見て、私は思わず息を呑みました。
だって、忘れもしないお師匠さまを攫った竜の首輪と、似た模様が入っていたのですから。
「指輪……!!」
咄嗟にオリバーの手をつ掴んで、声を発してしまいました。
不覚でした。オリバーはとても驚いた様子で私の顔を見ています。
すぐに冷静さを取り戻したものの、自分の行動の軽率さに憤りを感じました。
怪しまれたでしょうか?
相手の反応を見るようにゆっくりと手を離しました。少し緊張からか、心臓がドキドキとします。
「……さすが、こういった貴金属には目がないね」
どうやら私が金目のものに興味を示したのだと思われたようです。
少し安心しました。上手く切り抜けたようです。
そこでふと、今の展開は少し都合が良いかもしれないと、思い切って聞いてみることにしました。
「ああ、珍しい貴金属だと思って。この柄はなんだい? 星……がついているんだが」
すると、オリバーはバッとおもむろに指輪を隠しました。
「こ、これは気にしなくていい」
星の柄について触れた途端、態度が変わったオリバー。急に口数が減りました。
実に怪しいです。私の探究心がくすぐられます。
オリバーとはもう少し込み入った話をすべきでしょう。
それに、今まで探し求めていた大好きなお師匠さまへの手掛かりを、手放す訳に行きません。
この方と繋がりを作るべきだと即座に思いました。
先ほど止めてしまった話に戻ります。
「話を脱線させてすまないねぇ。それで、あんた1人でその彼女さんを探すのは大変じゃないのかい?」
「あ、あぁ。衛兵も動いてくれないからね」
「衛兵?」
「おっと、雇い人だ」
どうやら、周囲の人々はミラの搜索には乗り気でないらしいです。ミラはお貴族様間のイザコザにでも巻き込まれたのでしょうか。
「周囲の人々との関係の悪化で、事件に巻き込まれたんじゃないのかい?」
「いや、それはない」
オリバーはキッパリと返しました。
「人間関係は良好だったほうだ。唯一思い当たる節は、この街に最近来るのが多くなったことくらいなんだ」
と、いうことは、この街を出入りしていたお貴族様が、なんらかの事件に巻き込まれた可能性が少なからずあるということですね。
ここで少し引っかかるとすれば、この街に関して詳しいはずの私がミラのことを知らないという事実でしょうか。
お貴族様の出入りなど門番経由で情報が来そうなものですが……
この街で私に秘匿された情報がまだまだあるということですね……これは探る必要がありそうです。
そこで、私はオリバーに提案をしました。
「それなら、情報屋アトリアに行くといい」
「情報屋……? 何故情報屋に?」
「おや知らないのかい? 情報屋は依頼を出せば人探しも対応してくれるらしいよ」
「存在は知っているが、あそこは薬屋のようなもので、そんな探偵の真似事はしないと聞いているが……」
「大丈夫、表向きはそうなんだけどね。噂では裏の仕事をする人もいるらしい。店主は裏の仕事について口外していないが……私が仕入れた話によれば、ある合言葉で裏の依頼を開始するらしい」
「本当か?」
オリバーは、少し興味を持ったのか、食いついてきました。正直なところ、お貴族様のイザコザには巻き込まれたくないですが、お師匠さまへの手掛かりを手放す訳にはいきません。それに、この街の知らぬ所で動く情報には静観できません。なによりお貴族様だから報酬が良さそうです。
これは、アトリアのフィリーに託しましょう。私は早速フィリーへの接触方法を教えました。
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