前世で救国の聖女だった私、今は魔力0の無能令嬢と判定されたので自由(腐)を謳歌します 〜元弟子が大魔導師なんて聞いてないし、溺愛なんてもっと聞いてない〜
喉を焼き切るような痛み。全身を襲う、熱湯をかけられたような熱さ。息ができず、助けを求めながら倒れると、せせら笑う声が耳をかすめた。
「子爵家の女が殿下の婚約者なんて不釣り合いなのよ」
吐き捨てられた言葉で状況を理解する。
(あぁ、毒を盛られたのね……)
強大な魔力持ちのため聖女として祭りあげられ、人々を救うために言われるがまま奔走して、気が付けば皇太子殿下のお飾り婚約者になっていた。
傀儡のように生きるだけ。自分の意思を持つことは許されず。
その人生もやっと終わる。
ホッとすると同時に、一つだけ心配事が過ぎった。
(私が死んだら、あの子はどうなるのだろう……賢い子だから、大丈夫だろうけど。どうか、私のようにはならないで……自由に……)
救国の聖女、享年20歳。あっけない終わりだった。
~※~
「シルフィア! ドレスの裾が破れたままじゃない!」
「申し訳ございません、お義母様」
「さっさと直しなさい!」
投げつけられたドレスを慌てて拾う。そこにバシャリと水が降ってきた。次にバラバラと花が落ちてくる。
「花瓶の水を替えときなさいと言ったでしょう? お父様がくださった花が枯れたら、どうするの? まったくノロマなんだから」
腹違いの妹の声が廊下に響く。
私は頭をさげたまま、濡れてしまったドレスを抱きしめて声を出した。
「すぐに替えてきます」
俯いたまま散らばった花を集め、絨毯に転がる花瓶を持ってそそくさと立ち去る。
「魔力もなくて無能なのに、仕事も遅いなんて」
「それでも家に置いているんですから、お母様の優しさに感謝すべきですわ」
「シルフィアもあなたぐらいの聡明さがあれば、良かったのに。そういえば、あなたが食べたがっていた流行りのお菓子が届きましたのよ」
「嬉しい! さっそくお茶にしましょう」
華やかな笑い声を背中で聞きながら、私は濡れたまま使用人の控室に飛び込んだ。
「まぁ、お嬢様! 早く拭かないと風邪をひかれますわ」
そう言ってすぐにタオルを持ってきたのはメイド長のマギー。母が存命だった頃から屋敷に勤めていて、私にとっては母というより祖母のような存在。
「大丈夫、すぐに乾きますわ」
パチンと指を鳴らせば濡れていた髪も服もドレスも一瞬でふわふわに。ついでに空だった花瓶にはたっぷりの水。
その光景にマギーが頬に手を当てて首を捻る。
「お嬢様ほど巧みに魔法を使われる方はおりませんのに、どうして判定の儀の時に魔力が検知されなかったのでしょう?」
「魔法の詠唱もいらないほどの小さな魔力ですから、検知できなかったのでしょう」
「そういうものなのでしょうか?」
「そういうものです」
私はマギーが魔法に疎いことを逆手に納得させた。
この国では魔力がある子どもを見つけるため、貴族は幼い頃に判定の儀という魔力測定をする。前世の記憶と魔力を引き継いでいた私は、再び聖女として祭り上げられるのを防ぐため根性で魔力を隠した。
結果、魔力0で適応なしの無能と判定。
このことに父は落胆して私を放置。ちょうど生まれたばかりの異母妹を可愛がるようになった。魔力が強い女は魔力が強い子を産む可能性が高いので、それだけで婚約を申し込まれることが多く、高位貴族との繋がりもできやすい。
そのため、魔力0の無能な私ではなく、少しでも魔法の適性がある異母妹に期待をかけるように。
「やはり旦那様にお伝えするべきでは……」
マギーは私の現状をどうにかしたいと考えているのだけど。
「私は大丈夫ですわ。こうしてマギーや、使用人が優しくしてくれているから。それより、みんなが私に良くしてくれていることが義母の耳に入ったら、そちらの方が危ないと思いますの。暇を出されて、私に冷たくする人しか雇われなくなりますから」
こう説明すれば心優しい使用人たちは納得して、私を庇うことなく接してくれる。
魔力のことが発覚して再び聖女となり自由を奪われるぐらいなら、今の生活の方がずっと良い。なぜなら……
「お嬢様! 続編です! 続編の本が出ました!」
本を高々と掲げて飛び込んできたのはメイドのリリィ。年が近く、共通の趣味のおかげで友人のように気さくに会話ができる仲。
心待ちにしていた報告に、私は胸の前で両手を合わせて振り返った。
「どの続編ですか!?」
「大魔導師様と騎士団長様のお話です!」
「まぁ! お互いの立場から反発し合いながらも、実力は認め合い、いつの間にか惹かれているのに、最後のところで素直になれずジレジレな関係が素晴らしい作品の続編が! たしか、前作では敵国との戦争で騎士団長が捕まり、敵の将軍から関係を迫られているところで終わりという! ここから大魔導師がどう助けるのか、という展開を想像するだけでパンが三つは食べられる美味しい状況の! その続編ですのね!」
興奮とともに息継ぎなしで一気に語る。これも、すべては作品への愛が生せる技。
「その通りです。まさか、こんなに早く続編が出るとは思っておりませんで、私はまだ心の準備ができておりません」
頬を紅潮させたままララがスッと本を差し出す。
「どうぞ、先にお読みください」
「よろしいの?」
「はい。その間に心の準備をしておきますから」
私はどんな宝石よりも輝いている本を大事に両手で受け取った。
「ありがとう。ネタバレしないように気を付けますわ」
「そこは、重々にお願いいたします」
本を胸に抱いて、リリィとしっかり握手をする。
前世では読む本も魔法書のみに限定されていたため、生まれ変わってからは様々な本を読み漁った。その中でも一番心が躍ったのは殿方たちの恋愛。見目麗しい方々の禁断の愛。
そして、私をこの道へと導いた張本人こそ、メイドのリリィ。
「早く読んで、感想を伝え合いましょう」
「はい! お嬢様の仕事は私が終わらせておきますので、その間にお読みください」
「申し訳ないけど、そうさせてもらうわ」
私は残りの仕事をリリィに任せて自室にこもった。
翌日。
「あぁ、本当に最高でした」
昨日、一気読みした本の余韻に浸りながら窓拭きをする。今はリリィが本を読んでいるので、彼女の仕事も手早くすませていく。
「まさか、大魔導師が騎士団長のためにプライドを捨てて、あんな行動をするなんて。しかも、助けた後の気まずさを隠しながらも、無事を確認した時の安堵した様子。無事で嬉しいという気持ちを素直に言えないもどかしさと、すれ違い。どれも本当に最高でしたわ。そこからの騎士団長の言葉も、もう……あぁ、この気持ちを何て表現したらよろしいのでしょう」
ほぅ、と息を吐きながら空を眺める。
「己の言葉の乏しさが恨めしいですわ」
つい手をとめていると、異母妹の声が飛んできた。
「窓ふきぐらい、さっさと終わらせなさいよ」
「す、すみません」
急いで窓ふきに戻ると盛大なため息が背中に圧し掛かった。
「あなたのようなノロマを今晩、王城で開かれる社交界に連れて行ってあげるんだから、感謝しなさい」
「社交界?」
貴族の令息令嬢は15歳になると王城で開かれる社交界に出席して、他の貴族と交流をはかる。ただ、私は魔力0の無能と判定されたため、顔を出しても家の恥になるだけだから、と父が社交界に出席することを許さなかった。
空耳かと振り返ると、義妹が意味ありげに目を細めている。
「慈悲深い私がお姉さまに世間を教えてさしあげますわ」
蔑みを浮かべた笑みに私は納得した。
(社交界で私を世間知らずと笑い者にしたいのでしょう。あと、流行おくれのドレスを私に着させて引き立て役にするつもりでしょうか)
外に出たくない、今の生活を維持したい。でも、拒否することは許されず……
「しっかり飾りましょう!」
鏡台の前に座る私より、なぜかリリィの方が気合いが入っている。
気が重い私は消えそうな声で呟いた。
「目立たないようにしてください。壁の一部になるように……」
「お嬢様は美人なのに壁なんて、もったいな……ハッ! それよりも、これはチャンスですよ!」
「チャンス?」
鏡越しにリリィを見ると、そばかすの上にある丸い目が大きく頷いた。
「はい。生の大魔導師様や騎士団長様を間近で拝見するチャンスです! いえ、それだけではありません。ガラン伯爵子息やデイオット侯爵子息など、本のモデルになられている方々を実際に拝見することができるかもしれませんよ!」
リリィの提案に私の胸が高鳴る。
「みなさま、今晩の社交界に出席されるのかしら!?」
「きっと出席されます! 今晩は新人の集まりですから、名のある方々は出席されて交流をされるはずです!」
「では、本に書かれているような場面をこの目で……そのまま、会場の壁となって見守り続けたいですわ」
うっとりとしている間にもリリィの手によって私の髪が編み上げられていく。茶色の髪に緑の瞳という珍しくない色合い。あか抜けない顔立ちだけど、使用人たちは美人だと褒めてくれる。
「ずっとは無理ですが、今晩だけでも立派な壁になれるように、ナチュラルメイクで仕上げます!」
「お願いいたしますわ!」
そんな私たちをマギーが残念そうな顔で微笑みながら見守っていた。
~※~
高い天井と煌びやかに飾られた王城にある大きな広間。
本日、社交界デビューするうら若き男女を中心に色とりどりのドレスで飾られ、華やかな会話で盛り上がっている。
そんな光り輝く世界の中で、私は別の感激に打ち震えていた。
「あぁ……あの逞しい方はガラン伯爵子息。そのお隣で笑っておられる美麗な方はデイオット侯爵子息。本の通り仲睦まじいお姿……あ、こちらにおられるのはバード伯爵子息と、護衛騎士のコリンズ様。このような場でも護衛を側に置くなんて。しかも、話しかけてくる令嬢に警戒の視線を……最高の主従関係ですわ。すべてが眩しすぎます」
意識が昇天しそうになるほど尊すぎる光景の数々。
「扇子を準備して正解でした」
緩みっぱなしの口元を隠すため、扇子を広げて顔の下半分を覆う。ちなみに、私をこの場に連れてきた妹は斜め前で私を貶めながら話題に花を咲かせている。
「ねぇ、お姉さま?」
まったく話を聞いていなかった私は答えることができず扇子の下で曖昧に微笑んだ。
「もう。私がいないと何もできないんですから。困ったお姉さまですの」
蔑みを含んだ軽い笑い声が響く。前世で何度も聞いた。腹の探り合い、建前だけのお世辞。そんな世界が嫌だった。
(今は、とても気が楽ですのに)
使用人同然の生活。でも、慣れ親しんだ人たちに囲まれ、不毛な駆け引きも、機嫌取りも必要ない。何よりも好きなことに没頭できるし、同士もいる。
「そうですわ。大魔導師と騎士団長のお姿を目に焼き付けなければ」
私は目的の人物を探すため、そっと妹から離れた。
小説では大魔導師と騎士団長はお互いの実力を認め合っているものの、魔導師と騎士という相反する立場から素直になれず、顔を合わせるといがみ合っている。
(その光景を拝見することができるなら……)
気配を消して人々の間をすり抜けていく。目指す先は燃えるような真っ赤な髪と、立派な体格の騎士団長。仕事柄、護衛として必ず出席しているはず。
すると、華々しい広間の中でひときわ賑やかな場所があった。
「もしかして」
色鮮やかなドレスに囲まれた一画。その中心に求めていた人物が。
「本の通りですわ」
炎のように逆立った赤髪。太い眉に吊り上がった琥珀の瞳。騎士服の上からでも分かる、立派な筋肉。腰から剣をさげ、完璧なほど整った体躯は彫像のように逞しい。
視線だけで敵を射殺すと言われるほどの強面だが、今は穏やかな声で令嬢たちと会話を楽しんでいる。
「素晴らしいですわ」
もうすぐ30歳という結婚適齢期はとっくに過ぎているが、いまだに独身。決してモテないわけではない。むしろ引く手数多なほど。それなのに未婚を貫いている。
一方の大魔導師も似たような状況。素晴らしく整った外見で、28歳という年齢ながらも浮いた話は一度もなく、すべての求婚を断り続けている。
そんな二人の存在が腐の心をくすぐり、想像をかきたてる小説が流布された。
「きっと大魔導師もこの光景を影から見て、嫉妬や恋慕などの様々な気持ちと葛藤しているのでしょうね。あぁ、なんて尊いの……」
意識が妄想の世界へ旅立とうとしたところで、広間がざわついた。
「めずらしい」
「どうされたのかしら」
人々が囁き、視線をむける先。
「大魔導師が来たぞ」
その言葉に私の意識が光速で戻る。
煌びやかなドアの前に立つ、真っ黒な魔導師の服を着た美丈夫。
襟足だけが伸びた艶やかな漆黒の髪。涼やかな深紅の瞳。まっすぐな鼻筋に薄い唇。精悍な顔立ちと、適度に鍛えられた体が目を惹く。
容姿端麗や眉目秀麗など、どんな言葉でも表現しきれない美しさと逞しさを備えた容姿。
「あの方が……」
と、ここで私は前世の記憶がよみがえった。
聖女として命令されるまま国中を駆けまわっていた頃。
私はある日、道で倒れていた子どもを拾った。本来なら養子先を探すところだが、その子どもは黒髪と赤目のため、不吉な子と呼ばれて貰い手はおらず。
その状況に私は周囲の反対を押し切り「私が面倒をみます」と保護。思い返せば、これが最初で最後の我が儘だった。
子どもは反発ばかりで全然、言うことを聞いてくれなかったけど、三年もすれば懐いてくれて。
私が死んだ後、どうなったのか。それだけが心残りだった。
「まさか、大魔導師になっているなんて……いっぱい頑張ったのね」
相手は自分より年上だけど、つい親目線になってしまい目尻が緩む。
拾い子だけど魔力の量が多く、魔法を教えれば次々と覚え、将来が楽しみでもあった。
遠い記憶を懐かしんでいると、深紅の瞳がこちらを向いた。そのままカツカツと足音を鳴らしてやってくる。
目的は私の先にいる騎士団長…………のはずが。
「おい、ルーカス。そんなに顔を強張らせて、どうした?」
声をかけた騎士団長を無視して、周りを囲んでいた令嬢たちを散らし、一直線に私のところへ。
「え?」
気が付いた時には黒い服に包まれていた。
「ずっと、お会いしたかった」
体が痛いほど抱きしめられる。服越しに感じる胸筋と、太い腕の感触。魔導師なのに騎士並みに鍛えられた体。
そのことに驚いていると、襟足から伸びた黒髪が私の頬に触れ、甘い香りが鼻をくすぐった。
「あ、あの……」
腕の隙間から何事かと集まってくる人たちが見える。でも、透明な結界があるように、一定の距離を開けて近づかない。
ポッカリと開いた円の中心に、二人きり。
とんでもない事態にどうすればいいのか慌てていると、私から一歩離れた美丈夫が片膝をついて顔をあげた。
とろけるような笑みを浮かべて私に右手を差し出す。
「お久しぶりです。いつかお会いできると思っておりました」
記憶にある声よりずっと低い。でも、耳に心地よく胸がくすぐられる……が、それよりも。
「……私が、わかるの?」
目を丸くしていると、ズカズカと騎士団長がやってきた。
「王族相手でも不敬な態度のおまえが、どうした? 腐ったモノでも食べたか?」
その指摘に大魔導師が片膝をついたまま顔を動かして睨みあげる。
不機嫌丸出しで怒りと殺気に満ちており、とても先程のとろけるような笑みをした人と同一人物とは思えない。
「黙れ。逢瀬の邪魔をするな」
「おー、おー。それでこそ、ルーカスだ」
騎士団長が腕を組んで安心したように頷く。この一瞬で相手が普段と違うことを見抜き、一言でいつもの調子に戻す。これぞ愛が生せる技。
息の合った夫婦のようなやり取りに私は感動した。
「立派になったのね、ルカ。これで騎士団長と幸せになってもらえたら言うことはありませんわ」
私の呟きを拾ったルカが深紅の目を丸くする。
「なぜ、こいつと幸せにならないといけないのですか?」
「心配しないで。私は壁となって見守りますから」
公には言えない関係。その山あり、谷ありの物語を壁となって見守る。それが今世での、私の生きる道。
にっこりと微笑んでいると、聞き慣れた甲高い声が近づいてきた。
「お姉さま! 何をしているんですの!?」
妹が大魔導師と騎士団長に囲まれた私の間に入り、素早く頭をさげた。
「不出来な姉が失礼をいたしました」
それから、媚を売るように騎士団長へ微笑む。
「お二人には、こちらでお詫びを……」
体をくねらせ、甘い声と表情で誘惑する妹。これをきっかけに二人とお近づきになろうという算段らしい。
(薔薇に挟まるつもりですの!? 二人の関係は壁となって見守るからこそ尊いのに!)
私が妹の愚行を止めようとしたら、轟くような低音の声が地を削った。
「誰が不出来だ?」
「へ?」
義妹の間抜けな声を踏みつぶすようにルカが立ち上がる。
「失礼なのは、おまえだ。いきなり現れて、師匠を侮辱するとは。消し炭になっても文句はないんだろうな」
感情のない淡々とした言葉とともに左手が動く。
「ダメよ!」
私は今にも魔法を放ちそうなルカに飛びついた。
「師匠……」
拗ねたような不満混じりの声。私は人差し指を立てて諭すように言った。
「こんなところで魔法を放つのはダメよ。力は正しく使いなさいって何度も教えたでしょう?」
「……はい」
どこか感動したように深紅の瞳を滲ませて私を見つめるルカ。おとなしく魔力を収めたので私は昔のように黒髪に手を伸ばした。
「いい子ね、ルカ」
よしよしと頭を撫でる。
このことにポカンとする周囲。でも、私はかまわずに続けた。艶やかな黒髪は滑らかで柔らかい。前世と変わらない感触に浸っていると、ルカも懐かしむように目を細めている。
そこに、妹の癇癪を起こしたような声が響いた。
「お姉さま! 敬称もつけずに名前をお呼びした上に、頭に触れるなんて! ルカ様に失礼ですわ!」
つい前世のクセで愛称呼びしてしまったことに私はしまったと思った。けど、それより事態は深刻だったらしく……
ドン!
妹の足元に大穴が開いた。
前を見ればドス黒いオーラを放つルカ。魔獣も逃げ出す威圧と迫力が放たれている。
「おまえごときが、オレの名を口にするな」
ガタガタと全身を震わせて顔を青くする妹。
そこに騎士団長が飄々と補足説明をした。
「ルーカスを愛称で呼んだヤツは、もれなく大怪我コースなんだよ。これぐらいで済んだお嬢さんは運が良かったな」
言葉が出ない妹がその場に座り込む。たぶん腰が抜けたのだろう。
「大丈夫です?」
助けようと手を伸ばしたところで、大きな手が私の腰を掴んだ。そのまま、グイッと引き寄せられる。
「オレを愛称で呼んでいいのは、師匠だけです」
振り返るとうっとりと微笑んでいるルカ。深紅の瞳が甘く私を見つめる。
「えっと……その、今の私は師匠ではありませんから。それに、妹を助けないと」
「その者は衛兵に家まで送り届けさせますので、心配ありません」
言葉通り素早く現れた衛兵が義妹を支えて控室へ連れて行く。焦点の合わない目は、はたして今晩のことを覚えているか怪しいほど。
「私も一緒に帰ります」
ルカの腕の中から抜け出そうとするが、まったく動けない。
困って顔をあげると、にっこりと微笑まれた。
「私の部屋で話をしませんか? いろいろありましたし」
「ですが……」
「本(魔法書)もいっぱいありますよ。お好きでしょう?」
前世では魔法書しか読むことが許されず、することがない時はひたすら読み漁っていた。でも、今はいろんな本が読めるから、魔法書にはそんなに興味がない。
それどころか、今の私が興味を持っている本と言えば……
「本(腐の小説)がいっぱいありますの!?」
「はい」
「ぜひ読ませてください!」
お互いに()の中を言葉など知る由もなく。
こうして私は王城にあるルカの私室へと移動した。
後日、大魔導師のルカから正式に婚約の申し込みがあり、父と義母が慌てふためくことになるが、それはまた別のお話。
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作者が小躍りして喜びます!ヽ(・∀・)ノ━(∀・ノ)━(・ノ )━ヽ( )ノ━( ヽ・)━(ヽ・∀)━ヽ(・∀・)ノ