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63 見舞い

『ギャイピュ ピュウィイ! ギャイピュ ピュウィイ!』


 カミーユが鞄のふたを開けると、ドラグーニがその上に鼻先を乗っけて閉める。次は前足で、その次は尻尾で、と繰り返されて、カミーユはあきらめた。


「オウジ、甘納豆はまだあるよ? また作ってあげるし、これは彼にあげなさい。配達のお仕事なの。わかる? お、し、ご、と」


 王族からの()()の品を先輩ドラグーニの鞄に詰めるのが気に入らないらしい。

 

『ピィィィユッ!』


 オウジは一声鳴いて飛び去ったかと思うと、寝床近くに置いてあった自分の鞄を咥えて持ってきた。

 作業台に落とすと、頭でぐいぐいとカミーユに押し付ける。


『ギャイピュ ギャイピュ ピュウィイ!』

「なに?」

「……もしかして、配達には自分が行くといってるのかしら?」

「まさか!」

『ピュウウ!』


 オウジは嬉しそうに飛び上がった。


「え、でも……」

「そうね。オウジ、残念だけどこの配達はアナタには無理よ」


 ギャブが頬に手を当て、ため息を吐いた。


『ピィィィユッ! ギャイピュ ピュウィイ ピュウウ!』

「我がまま言わないの。遠すぎるわ。アナタに遠方はまだ無理よ?」


 オウジは作業台にひっくり返って身体をくねらせ、さらに大きな声を上げた。


『ギャイピュ ピュウィイ! ギャイピュ ピュウ……ギャフゥッ!』


 テテテッと作業台を歩いた先輩が、オウジのお腹を踏んづけた。


『ガオグルゥゥゥ』

 

 どこかの百獣の王かと思うような低い声で先輩が唸ったとたん、オウジがピタリと黙った。

 ひと鳴きで見事な指導だ。


「おおう……。小さいのにすごい迫力。うひっ! ごめんなさい」


 先輩に睨まれた。どうやら『小さい』はどのドラグーニにも禁句のようだ。

 オウジのお腹から足を離した先輩はギャブの前までくると、鞄を閉じろと言うように首を反らした。


「ありがとう。お願いね」


 工房の扉を開けると、先輩は大きく羽を伸ばして飛び立った。


『ギャイピュゥ ピャイ…… ギャイピュウ ピャイ……』

「オウジ、今日は仕方ないでしょ。まだオウジは訓練を始めたばかりだもの」

『……』


 作業台に伏せたままのオウジをカミーユは抱き上げた。

 ピュウピュウというかわいらしい鳴き声がないと、オウジじゃない。


「今日できなくても、明日はできるかもしれないでしょ。そうやって私も訓練してるんだよ? オウジはとてもがんばってるから、すぐにたくさん飛べるようになるよ。一緒に訓練しよ?」

『……』

「オウジ、さ、今から一緒に配達いこ? それからパン爺のところにも行きましょ。そしたら次からカフェーの配達をオウジに頼めるねえ」


 胸にしがみつくオウジの背中を優しくポンポンとあやす。

 それでもオウジは動かないままだ。


「ええと、そうだ! パン爺のところはね、おいしいものがいっぱいあるんだよ。パン爺がね『これがうんめえぞ』ってオウジにもお勧めしてくれるよ」


 オウジがピクリとして小さな頭を上げた。

 どうやらこのドラグーニの性質は、クリストフがケーキを貢ぐその(あるじ)とそっくりだ。わかりやすくていいが、と思いながらも、ギャブは内心ため息をついた。餌に吊られない訓練もこれからは入れないといけない。


「ね? オウジの好きなストロウベッリーもあるし、アマナットみたいにおいしいものが見つかるかもよ」

「わたくしも行きます!」


 カミーユの目の前に降りてきたティアレが、オウジより先に声を上げた。


「へ?」

『ギャプッ?』

「本当にそうですわ。今は神々にお会いできませんが、訓練をしたらできるようになるかもしれません。その時にお伝えするためにも、調べなくてはなりませんわ!」

「え、えっと……?」


 カミーユは目を丸くし、ギャブは再度ため息を隠したが、結局全員でパン爺の見舞いに行くことになった。



 ◇



 チェルナム商会は港へ向かう大通り沿いにある。

 小売りや飲食の店が立ち並び、シルヴァンヴィルの中でも早朝から夜更けまで賑やかな場所だ。

 とくに約束もなかったのでザカエルは外出中だったが、顔見知りの店員に大旦那の見舞いと言えば部屋まで通された。


 パン爺の部屋は店とは中庭を挟んで裏手にあって、表の喧噪が聞こえない静かな場所にあった。


「じゃあ、私は隣室で待っているわね」

「はい」


 ギャブはパン爺とは面識がなく、さすがに見舞いは遠慮すると言う。

 カミーユは案内の男性に頭を下げて部屋に入ると、ベッドに起き上がるパン爺を見て声をかけた。


「こんにち…… パン爺、大丈夫ですか?!」

「大旦那様!」


 パン爺は驚くほど痩せていた。

 背もたれの枕を整えようとして、ガクリとふらついた。

 カミーユは慌てて駆けよるとパン爺を支え、枕にもたれかからせた。


「カミーユ嬢ちゃん。……ふう、ありがとうよ」


 それだけの動作でもパン爺は大きく息を吐いている。

 そして、驚いて一緒に部屋に飛び込んだギャブに目をやった。


「そちらさんは……」

「ギャブさんです。ええと、今、私のところに来てくださっていて……」


 ギャブが丁寧に頭を下げた。


「お休みのところにお邪魔をして申し訳ございません。サウゼンドの者でございます。クリストフ様のご指示でカミーユのところにおります。私は別室で控えておりますので……」


 パン爺は何かを悟ったのか、ゆっくりと頷いた。


「いやいや、別室などと。このような情けない姿で申し訳ないが、お嫌でなければここにいてくだされ」


 案内の男性は大旦那が落ち着いたのを見ると、壁際の椅子をもう一つ寄せるとギャブに勧め、頭を下げて去っていった。


「パン爺、あの、お加減はいかがですか? フィンさんから回復に向かっているって少し前に聞いて、安心していたんですけど……」

「うん……。そうじゃなあ、病は治っとると言われた……」


 声にも力がない。


「そうですか。それなら良かった。あ、これ、お見舞いです。何がいいか迷ったんですけど……」


 カミーユはわざと明るい声を上げると、持ってきた手提げ籠の覆いを捲った。

 覆いの下から四つの目が見上げている。カミーユはその目にニコリとすると、小さな花束と包みを取り出した。


「うちの庭の花がちょうど見ごろで、あと、こっちはお菓子。甘納豆です」


 出がけに摘んだもので、ゲラニウム、ローザマリ、ミンツ、カモミールなどのタッジーマッジー(ハーブブーケ)だ。フィンの庭からもハーブを少しいただいている。

 見舞いには果物か花ぐらいしか思い浮かばなかったが、大抵の果物はチェルナム商会に揃っている。まさかそこで買って見舞いにするわけにもいかない。

 爽やかな香りのハーブなら病室にもいいかと選び、それだけではなんだからと甘納豆も包んだ。

 

 パン爺は花束を抱えじっと見つめていたが、大きくため息をついた。


「パン爺、ゆっくり静養して栄養のあるものを食べたら、すぐに良くなりますよ!」


 カミーユがそう言ったとたん、パン爺の顔が歪んだ。


「嬢ちゃん、ワシはもう駄目じゃ。もう何の楽しみもない」

 

オウジ語

『ピュウピュウピューイ?』甘いのどこ?

『ピュウウ!』そう! Yes!

『ピィィィユッ!』いいえ! No! 

『ピャィ!』ない! 違う!(ピピピ、ピャィ! 小さい、ない!とかそんな感じ)

『ピュウィイ!』王子!

『ピュピュピュ?』忘れちゃったの?

『ピャィユー』カミーユ

『ギャイピュ』配達


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