59 悩ましい案件
「おい、どうするよ」
「どうするって言ったって……。どうしましょう」
カミーユは途方に暮れ、上目使いで工房のテーブルを囲む三人を見た。
あれから四人は、カミーユの工房へと戻ってきた。
「まずはちょっと落ち着きましょうか。お茶でいいかしら」
ギャブが気をきかせて立ち上がった。
「あ、コーヒーだったらここにあります。私、淹れます」
「いいわよ。座ってらっしゃい。疲れたでしょう?」
カミーユは明らかに疲れた顔をしている。
「大丈夫ですよ。少し寝不足ぐらいで……」
「ごめんなさいね。ドラグーニがわがままを言ったから」
「まあ、気疲れもあんだよな。あんなことを聞いちまったんだから」
『あんなこと』をそれぞれ脳裏に浮かべたんだろう。
四人はそろってため息を吐いた。
「どうするか、なんだが、報告を上げないわけにはいかないだろうな」
「……でしょうね。それも国の上層部に」
「あと、どこまで言うか、だろうな」
「アルタシルヴァで救国の女神と目される存在に出会った、は言わなきゃなんねえだろ? 絶対」
「ああ」
全員が頷いた。
「それが一番重要ですけど、一番問題ないポイントですよね。まあ、そこまではまだいいんですよ、まだ」
カミーユが肩を落とした。
「苦難にある民に花の女神が下された慈悲は、単にアルタシルヴァ山に躓いただけ。……これは下手をすれば大論争を巻き起こす」
フィンは眉間に皴をよせ、ギャブは反対にくすりと笑みをこぼした。
「下手しなくてもそうなるわねえ。おまけに種はばらまかれたから、グラシアーナの王都に香り高きローザが落ちたのはただの偶然だ。そんなことを『加護厚き地だから聖なるローザが与えられた』とかなんとかサウゼンドや辺境をを見下していた王都の奴らに言ったら、どうなるかしら?」
「うぎゃあ、怖くって言えませんっ。それに怖いのは調香術師もです。調香術はローザの香りを女神に捧げるところから始まってますし、術師はローザ一押しですから。その前提がすべてひっくり返ります。そしてなにより! ミラクルーズより聖なるローザといえるローザがアルタシルヴァにあった、なんて、ぶるる、怖い怖い」
カミーユが震えた。
救国神話の裏にあった真実をどこまで告げるかに、誰もが頭を悩ませたその時。
『ピィィィユッ! ピピピ。ピギャピギャピュウ』
「あら、あなたは小さいですもの。少しぐらいくださってもいいのではなくて?」
『ピィィィユッ! ピピピ、ピャィ! ピャピャピャ ピギュピィィィユゥゥ!』
「でも成体ではないのでしょう? わたくしは大人ですから」
『ピャピャピャ ピィユピピピ、ピピピピィユ、ピュイピュ ピギュピィィィユゥゥ!』
工房の裏庭から声が聞こえてくる。
ドラグーニの声が怒っているが、どうやらお互いに通じ合っているようではある。
ギャブがほうっと息を吐いた。
「……そして、アレ。どうやって、どこまで説明したらいいのかしらね?」
「私には言えそうもない」
「付いてきちまうなんてなあ。まあ、調香術がお目当てみたいなんだから、カミーユが説明するのがいいんじゃねえか」
「ええっっっ! ムリムリムリ。無茶言わないでください。下っ端も下っ端、調香術師の見習いですよ? 私」
アルタシルヴァの森で出会った神の御使いが裏庭にいる。
どうやら神々の元まで花の香を届けられる調香術がいたくお気に召したようで、わたくしも行くわ、と宣言された。
今は花に溢れる工房の裏庭に感動されて、そのまま過ごしている。
ピギャピギャ、コツコツとドラグーニが窓を叩き始めた。
「ああ、もう。……どうしたの?」
カミーユが窓をあけると、二匹、いや、一人と一匹が飛び込んで来た。
『ピピピピギャ! ピギャピギャピュウ ピュウピュウピューイ?』
ドラグーニはカミーユの胸元に貼り付き、御使いはふわふわと浮かんでいる。
「……なんか、この鳴き方は覚えがあるぞ。さっきあげた甘納豆はどうしたの。もう食べちゃったの?」
『ピ―、ピピピ、ピギャピギャピュウ! ピュウピュウピューイ?』
ドラグーニは側に寄ってくる御使いを牽制しながら、何かを訴えている。
「アマナットというのですか、蜜のように甘やかで大変好ましいものでしたわ」
どうやらドラグーニの好物を御使いが奪ったらしい。
「「「「……」」」」
カミーユは恐る恐るテーブルを振り返った。
フィンは腕を組み天井を見上げ、ギャブはすいっと視線を下げ、アルバンはお前がなんとかしろと言うように、カミーユに向かってシッシと手を払う。
「あのう、御使い様? 花蜜と花の香があれば満たされると先ほどおっしゃってはおられませんでしたか?」
「まあ、もちろんだわ。花蜜と花の香は麗しく清らかで、神々も好まれるのですよ。でも、天にはアマナットはなかったのですもの」
御使いは両手を頬にあて、恥ずかしそうに言う。
「……そうですか。それはまた、お気に召されたということで……」
カミーユは何も考えたくなく、遥か遠くの海を眺めた。
ドラグーニと御使いに甘納豆を渡せば、ドラグーニはそのまま工房のテーブルに座り込み、御使いは甘納豆の入ったガラス壺に腰を掛けた。
一人と一匹は嬉しそうに両手で抱え、噛みついている。
「ところであなた、カミーユ。御使い様は、やめてくださらない?」
「ええと、それでは何とお呼びすればいいですか?」
「あら、あなたが決めてくださらないの? この者には名を与えたのでしょう?」
御使いはドラグーニを指した。
「「えっ!」」
カミーユとギャブは声を上げ、フィンとアルバンは目を見開いた。
「ええっ、えっと、名前なんて付けてないですよ? ほら、いつもドラグーニって呼んでますし」
カミーユはギャブを見て、慌てて首を横に振る。
『ピィィィユッ! ピピピピピ。ピギャピュウピギャ! ピュピュピュ? ピュウィイ!』
ドラグーニがカミーユに向かって抗議の声を上げた。
「……どうやら名付けたんじゃないかしら?」
「えええええ」
全く覚えはないが、ドラグーニはピュピュピュ? ピュピュピュ?と鳴いて、カミーユを覗き込んでいる。忘れちゃったの?と責められているようだ。
「ドラグーニ、ではなくて?」
『ピィィィユッ! ピュウィイ! ピュウィイ!」
「自分の名はオウジだと言っているのです」
「「「王子ぃ?」」」
『ピュウウ! ピュウィイ!』
ドラグーニはパタパタとテーブルで足を踏み鳴らし、嬉しそうだ。
「あっっ!」
思い出した。
「……心当たりがあるようだな?」
「あのあのあの、一度だけ。甘納豆をウキウキと用意した自分が王子に捧げるような気分で、つい、ふざけて。でも、一度だけでしたよ! その時だけ!」
ギャブがふうとため息をついた。
「それを名前として受け取ってしまったようね」
「あああ、あの、ごめんなさい。どうしよう。本当にそんなつもりはなくて……!」
「そう……。まあ、いいわ。それについてはまた話しましょう。でも、これから、そう呼んであげないとね」
「さあ、次はわたくしの名を」
ガラス壺に腰かけた御使いが、甘納豆を食べるのも忘れて身を乗り出している。
「ええと……」
この美しい御使いにふさわしい名はあるだろうか。
「……そうですね。ティアレというのはどうでしょうか」
「ティアレ?」
「ティアレというのは遠い南の島に咲く花の名前なんですが、その島ではティアレの花の美しさと香りから、美と愛の象徴とされています。神々に創造された神聖な花としても伝わっていて、白い花びらは光に輝いて、とても愛らしい花です」
「まああ……! 神々に? 香りは? ティアレの香も素晴らしいのでしょうか」
神の御使いは壺から滑り降りて、トコトコとカミーユに近づく。
「ええ。パウダリーで濃厚な甘さがあるのに、フレッシュな透明感はそのままで。うっとりするほどエレガント、ええと、その、私の読んだおとぎ話にはそう書かれていました。神の祝福を受けた花の女王だとか」
「まあああ! ええ、ええ。神々が祝福を与えるにふさわしい花ですわ!」
御使いはテーブルに置かれたカミーユの人差し指を握った。
「おお、カミーユ! ティアレ、気に入りました! わたくしは今日からティアレです! あなたにティアレの花の加護を!」
御使いであるティアレが感激のままにそう叫ぶと、ティアレの周囲がぱあっと光輝いた。
「わっ!」
とっさに目をつぶったが、恐る恐るまた開けると、ティアレはにこにこと甘納豆に齧りついている。
「わたくし嬉しいです。この美しい名も、花蜜より甘いアマナットも、きっと神々の祝福に違いありません。ここに来て本当に良かった」
『ピュウウ!』
一人と一匹は、並んで満足そうに甘納豆を味わっている。
「そ、そう。神々の祝福。甘納豆が……」
呆然と呟くカミーユに、テーブルの向こうで顔を突き合わせている三人の言葉は聞こえなかった。
「王子に花の女王だとよ。どうする? これも伝えんのか? 不敬にならねえか?」
「……。ギャブに任せる。ドラグーニはそちらの管轄だし」
「……考えたくないわ」
ドラグーニ語録(意訳):
『ピュウピュウピューイ?』甘いのどこ?
『ピュウウ!』そう! Yes!
『ピィィィユッ!』いいえ! No!
『ピャィ!』ない! 違う!(ピピピ、ピャィ! 小さい、ない!とかそんな感じ)
『ピュウィイ!』王子!




