57 泉の秘密 ②
外からではわからなかったが、島の周囲は膝ぐらいの高さの草で囲まれていた。
アーチーが近づくと、出迎えるようにさっと左右に割れる。
カミーユはそこを通り抜ける前に足を止め、まじまじと眺めた。
「……木が歩くんだから、草も分かれるよねえ」
「まあな。さ、カミーユ、行け。アーチーが先に行ってるぞ」
アルバンに突かれて進んだカミーユは、中央に生える木に向かって一歩踏み出した。
「これです。やっぱりこれがアーチーの木なのかもしれない」
暖かくほんのり甘さのあるスモーキーな香り。アーチーと同じだ。
木に抱き着いたままのカミーユが枝を見上げて言った。
「幹の感じも、葉も同じ形だな」
「立派な木ねえ」
フィンとギャブも同じように見上げている。
カミーユがため息を吐いた。
「アーチーと同じ木があるならって思ったけど、さすがに本体をもらうのはダメでしょ……」
アーチーは首を傾げたが、すうっと木まで近づくと枝をポキリと折った。
「うえぇぇっ! アーチー! うわっ! 痛くないの?」
尋ねれば、アーチーはバサバサと腕を振る。
大丈夫らしい。
「……ええと、ありがとう。じゃあ、少しいただいていくね」
カミーユは申し訳なさそうに手を伸ばした。
「うおぉっ!」
「どうした、アルバン?」
少し離れたところにいたアルバンが、焦ったような声を上げた。
「なんか景色が変わった!」
「えっ?」
振り返れば、緑の草地だった島に色とりどりの花が咲き乱れていた。
「うぉぉ。きっれい……!」
「なんじゃこりゃ。突然変わったんだぜ」
「なんてこと」
突然変わった風景に誰もが驚き、呆然と見ている。
「……もしかしたら、光魔法かもしれないな」
「光魔法?」
「イルージョンって、聞いたことないか?」
アルバンは首を横に振ったが、ギャブが頷いた。
「幻影を見せるものでしょう? 使い手はそう多くはないって聞いたけど」
「この泉は光属性の効果があるし、それかもしれない」
「ああ、それで島の外からじゃあ見えねえのか?」
「幻影といい、あの水の仕掛けといい、ずいぶん守られた島ね」
色とりどりの花々は光に輝き、カミーユの鼻には心騒ぐ香りも届いている。
「守り手のアーチーがいるくらいですもんね。……本当にお宝があるのかも」
カミーユは香りの源に向かって、ふらふらと歩きだした。
「うーん……?」
探索者のような恰好をしていることをいいことに、カミーユは一本のローザの前にペタリと座り込んでいる。
香りはミラクルーズと似ているが、より華やかで深みがある。だからといってミラクルーズの系統だとは思えない。
どちらかというと、これこそがミラクルーズなんじゃないだろうか。
「すげえなあ、これ。どうみても一本だよなあ?」
目の前のローザの花は透き通っている。
透明だが、光を反射するのか、赤、オレンジ、ピンク、黄色、黄緑、青、紫といったように色が変わり、同じ木に何色もの花が咲いているように見えている。
「光ってるわね……」
「こんなの見たことねえよ」
「そうですよね。反射というよりは、光を放っている感じ。花も葉も香りもローザなんだけど」
カミーユは花に鼻を突っ込んでいる。
ギャブがため息を吐いた。
「今日一日、驚くことばかりよ。……フィン、そっちはどうかしら?」
カミーユの少し先に、フィンがカミーユと同じような恰好で座り込んでいる。
その前には様々な色合いの実をつけた繁みがあった。
「こちらも同じだな。葉も実も形はカラクタだが……。カラクタの実がなるのも本来なら実の季節の終わりだ。薬効は分析してみないとなんともいえないが……」
「そっちも光ってるな。ガラス玉みてえな実だ」
「なんですかねえ、クリスタロスといい、この泉、虹色を集めてるんでしょうかねえ」
カミーユの呟きに、アルバンとギャブがキョロキョロと周囲を見回した。
光りを放つ花や実。色とりどりで確かに虹のようだと言えなくもない。
他にも多くの花が咲いているが、カミーユもフィンも、最初に気になった植物の前から根を生やしたように動かない。
「私たちであの枝の採取をしたほうがいいみたいね。ドラグーニ、いらっしゃい。ほら、邪魔しないのよ」
前のめりになっているカミーユの背中を、羽をバタバタさせたドラグーニがバランスを取るように歩いている。
ドラグーニがほつれ毛をひっぱっても、背中から落ちそうになってもカミーユは全く気付かないようだ。
『ピュウウウ ピュウ』
「しばらくほって置きましょう」
カミーユもフィンも背中を丸めて、ぶつぶつと呟いているばかりだ。
「動きそうにねえもんな。あっちも、こっちも。研究者ってやつはこれだから……。お?」
カミーユが鞄を開け、瓶を取り出した。
「光あふれる神秘のローザよ。目覚めよ。仄めけ。匂い起こせ。
その虹の輝きを香に宿せ。その香を女神に捧げよ。歓喜とともに。エクストラクション」
調香術を使ったとたん、ローザから空へ向かって虹が立ち上がった。
天への道はキラキラと輝き、女神が歩くにふさわしいように感じる。
このローザは優雅でノーブルな香りだ。そして重みと深みがあって―――。
カミーユがその香りに酔いしれつつ、その一滴を逃さぬように瓶を準備していると、かわいらしい声が響いた。
「まあ、かぐわしいこと。きっと神々もお慶びになるでしょう」




